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まだ、蕾。

うちのお兄ちゃん、もう泣いてる...。まだ、教頭先生の開式の言葉なのにさ。。

お母ちゃんより先に泣くってないでしょ!ああ、やだ! また鼻かんでるよぉ!!

G線上のアリアが流れてきていた...卒業証書の授与が始まった。

島田先生が、「大木雅哉っ!」と呼んだ。佐伯くんが舞台の左端で、「はいっ!」と返事して、校長先生の前まで歩み寄ると、校長先生から雅哉くんの卒業証書を受け取った。そして、クルッと振り向き、Vサイン! 

あー!! いけないんだぁ!!


ああっ!! あの子、階段で蹴つまずいちゃったよ! あっ! 立ち上がって、ガッツポーズ! みんな拍手してる!! すごい、アドリブ力!! 感服するわぁ。

あの子はまた、すごいな! どこで買ったんだろう? あのドレスみたいなの。かわいいっ!

あっ!3組の美月ちゃんだ! 中学行ったら同じクラスになりたいなぁ。だって、鼓笛隊で、ちょ〜仲良しだったし、うちら。


もうすぐ、4組だよ。ちょっと、海斗兄ちゃん、ちゃんと写真撮ってるでしょうねぇ! あれ? なんか、カメラの使い方が分からない? ! とか、アタフタしてない? まったくぅ、ちゃんとしてよぉ!


袴姿の早苗先生がマイクの前に立った。

「遠藤龍弥っ!」「はいっ!」

ああ、遠藤くんたら、右手と右足一緒に出ちゃってるよ。しかも、蝶ネクタイしてるから、なんか、ネジ巻きのお人形みたいでかわいいわ!

おっと、こんな呑気に笑ってる場合じゃないよ!もうすぐ、わたしの番!

久住くんが呼ばれたから、立ち上がって、舞台の階段まで歩いて行って、小林さんが呼ばれたから、階段を上って、ここでストップ。

「斉藤雪っ!」「はいっ!」

わたしは、校長先生の前でお辞儀をした。校長先生が、「6年間、よく頑張りました! あとは、呼びかけだね! 雅哉くんのモノマネ、楽しみにしてますよ!」と言って、卒業証書を渡してくれた。「はいっ!」

海斗兄ちゃん? あ、ちゃんと写真撮ってる撮ってる。わたしの一張羅、可愛く撮ってよ! いとこの彩花ちゃんのお下がりなんだからっ!


音楽が止まった。島田先生がマイクの前に立った。「卒業の言葉。卒業生、在校生、起立っ!」

いよいよだ! ゴクンッ。

やだっ! 海斗兄ちゃん、すごい顔。あの顔は、やばい時だわ!!なんで、自分のことじゃないのに、そんなに緊張してるんだよぉ〜! 緊張がうつるじゃんっ!

『よろこびぃ〜に むねぇをはぁ〜りぃ おかあさんときたっけなぁ〜 あたらしぃい ふくぅをきてぇ はいってきぃ〜たぁ あのぉ〜ひぃ〜

おもいでぇの こおぅしゃとぉも〜 いまは わかれのときがきたぁ〜  るるるる〜る るる〜る るるる〜 るるる〜る ちかぁ〜いぃ〜』

え? 次もうわたしだ!!

「いつもぉ  お兄さんお姉さんにぃ 教えて頂いてたのにぃ 。僕らはぁ こんなに大きくなってぇ  今日っ この桜ヶ丘小学校を 卒業しますっ」

わたしは、兄と母の方を見た。2人とも...号泣...

佐伯くんが、グー!グー!とやっていた。萌ちゃんと咲ちゃんも!! 早苗先生を見ると、こちらを見て、大きく頷いていた。

やったねっ! 雅哉くんに似てたかどうか分からないけど、とりあえずはやり切った!!


卒業式が終わると、みんな教室に戻り、早苗先生から、卒業アルバムと文集を受け取った。早苗先生は号泣。「みんなぁ、だいすきだよぉ!!」と言って、おいおい泣いていた。隣を見ると、佐伯くんも号泣。後ろを振り向くと、保護者の方々も号泣。その中でも際立って泣きじゃくる、わたしの兄。そんなのを見ていたら、コキンちゃんの涙みたいに、わたしも号泣。


だいたいのところで泣き終えると、みんなで、わーっ!! と校庭へ駆け出して行った。校庭の桜は満開。桜吹雪が舞っていた。

わたしは、メリーウェーブの手すりをつかんで、桜を見上げた。近くで見ると、満開だと思っていた桜の木には、まだ、蕾がチラホラ残っていた。

「まだまだ、これから咲くんだね...」

「元気出せよ!」佐伯くんがやって来て言った。「大丈夫だよ、彼女なんだから!」「彼女ねぇ...」わたしは、ちょっとだけため息ついた。「だって、雅哉言ってたんだぜ! 『彼女に手紙ちょうだい!って言ってきて』って、おまえのこと指差して『彼女』ってさ」佐伯くんが言った。

「え?」

「な、だから、おまえは雅哉の彼女なんだから、だいじょ〜ぶっ!」佐伯くんが、自信満々に腕組みして言った。

「佐伯くんさ...」「おう! なんだよ!」「そのさ、彼女ってさ...もしかして、シーハーハーハーズのシーじゃないの?」「なんだよ! シーハーシーハーって」「飛び蹴りしていい?」「え? なんで? ダメダメ!」

「佐伯ぃぃ!! テメェ!! 中学行くんだから、英語くらい勉強しとけっ!!」「うわぁ!! な、なんだよーっ!!」わたしは、桜の花びらが舞う校庭で、しばらくの間、佐伯くんと追いかけっこをした。

広い校庭を何周もしていたら、さすがに2人とも、息が切れてきた。佐伯くんが息を切らしながら、「ああ、そうだ! これ、預かったんだよ! 手紙っ」と、ブレザーのポケットから封筒を出してきた。若草色の封筒に、『親愛なるジュディ様』と書かれてあった。差出人は、『シュバルツ・ベア』

封筒の中には、一枚の紙が入っていた。四つ折りにされたその紙を広げると、そこには、わたしが大好きなくまモンの絵が。そして、くまモンの胸には、赤いハート。


卒業アルバムの中の雅哉くんは、優しい目をしていた。あの歌のとおりの。文集で、雅哉くんの詩を読んだ。そして、わたしの詩も。

『まだ、つぼみ                         斉藤 雪

わたしは まだ つぼみ

さくまで まだ いっぱいいっぱい 時間がかかるけど

もしも さいたら 

いつか むかえにきてくれますか?

むかえにきてくれるって 言ってくれたら

わたしは がんばってさきます

わたしは つぼみ                                            』


「おーい! 雪ぃ! ちょっと来いよっ!!」兄がリビングから呼んだ。「なに?」リビングに行くと、兄がテレビを指差していた。「おいっ! 大変だよ!」

兄が指差すテレビの中には、わたしと兄が大好きな、顔を白塗りにしたお殿様と、もう一人、顔を白塗りにした子どものお殿様がいた。「若君だってよっ! バカ殿に子どもいたっけ? てか、バカ殿って結婚してたの?!」兄が驚いていた。

ちょっと待って!! わたしは、テレビ画面に顔を近づけた。「おいっ! 目悪くするぞ!」「お兄ちゃんっ!!」わたしは、悲鳴のような声をあげた。「な、なんだよ!」「こ、こここ、これっ! 雅哉くんじゃないっ?!」「えっ?!」

兄もテレビ画面に顔を近づけて、さらに目を細めて、その若君をしばらく見つめてから、「雅哉だよっ! これっ!」と叫んだ。

キッチンにいた母も走ってきた。「すっごぉーい!」母は感嘆な声をあげた。「時代劇で大物俳優とダブル主演て、、、」「そういや、これも一応時代劇だよな、殿だし、、、すげぇーや! 雅哉っ!」

白塗りのおちょぼ口の雅哉くんは、父君のバカ殿と楽しそうに踊っていた。


雅哉くん...

ナイスです!!


おしまい

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