白雪姫になりたいが...
わたしは、最近、手鏡を持ち歩くようにしている。これは、祖母の形見なんだけれど。丸い赤い縁の鏡。ちりめん和柄のカバーがかかっていて、取っ手には、祖母の名前が彫られている。『君子』って。
母が言うには、祖母の旦那さん、つまりは、わたしの祖父が、祖母に贈ったものらしい。
「君子おばあちゃんはね、おじいちゃんのこと、とーっても大好きだったのよ」母は、祖母の話になると、いつもこう言う。
祖母より、10歳上だった祖父は、とても優しい人だったらしく、田舎のお嬢様育ちで気の強い祖母のことを、とても大事にしたそうだ。
わたしは、祖父には会ったことがない。わたしが生まれる前に、癌で亡くなった。兄は祖父に会っている。会っていると言っても、赤ちゃんの兄が、祖父に抱っこされている写真が何枚か残っているだけで、兄には祖父の記憶はないようだ。
けれど、わたしは、兄が羨ましい。記憶になくても、兄は確かに祖父に会っているのだから。
その祖父が大事に大事にしていた奥さんである、わたしの祖母に贈った手鏡を、わたしは、祖母から受け継いだ。
「おばあちゃんは、おじいちゃんから、この鏡を貰った時、どんな顔を、この鏡に映したのだろう?」
鏡の中で笑う女の子は、決して美人ではなく、丸顔で、鼻はおだんごで、ホッペはおまんじゅう。だけど、わたしの祖母に似たかわいいかわいい女の子。「おじいちゃんて、こういう顔が好みだったのね」わたしは、また鏡の中で笑った。
どんなにおまんじゅう顔でも、可愛く映る魔法の鏡を、いつも持ち歩いているのには理由がある。
それは、雅哉くんに会ったら、すぐにこの鏡を出して、雅哉くんに、雅哉くんの笑顔を見せてあげたいから。
わたしに見せる雅哉くんの笑顔が、本当の笑顔かは分からないけど、でも、わたしは、雅哉くんのあの笑顔が好き。だから、わたしが好きな雅哉くんの笑顔を、雅哉くんに見せてあげたい。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番美しい人は、だあれ? それは、白雪姫です」そんな独り言を言いながら、鏡を見てニンマリするわたしを、佐伯くんは、恐ろしそうに見ていた。
「テクマクマヤコンテクマクマヤコン、バカボンのパパになあれ!!」「うわあ?! やめてくれよー!!」「イヤミになあれ!!」「いやだってばっ!!」
「ハタ坊になあれっ!!」わたしは、鏡を佐伯くんに向けて、逃げ惑う佐伯くんを追い回し、遂には廊下まで追い詰め、「レレレのおじさんになあれっ!!!」
「僕なりたいっ!!」振り向くと、雅哉くんが手を挙げていた。わたしは、雅哉くんに鏡を向けた。「ウナギイヌっ!」「えー?!」
鏡の中に映る雅哉くんも、わたしの目の前で嬉しそうにはしゃぐ雅哉くんも、わたしは大好きだよ。だから、雅哉くんが悲しいと、わたしも悲しいよ。
どうしたの? 雅哉くん。。
雅哉くんに、わたしの鏡を貸してあげた。雅哉くんは笑いながら、「ラーメン出てこーい!! チョコたっぷりのお菓子の家出てこーい!! お花のお城、出てこーい!!」と大はしゃぎ。
みんな、わたしが好きなものばっかり言ってる。
そうか。雅哉くんも、わたしを笑顔にしたいんだね! わたしも、同じだよ。わたしも同じ。雅哉くんも、わたしと同じかな? 雅哉くんもわたしのこと好きかな?
鏡の中では、白雪姫でもシンデレラでもなく、おまんじゅう顔のわたしが笑ってる。だけど、雅哉くんが大好き!! と思っている時のわたしの笑顔は、とびきりかわいい!!
と、自分で思っちゃった!!
続く
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