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#024 ヨガ哲学についてvol.5

こんにちは。
ヨガ講師のNatsumiです。

ヨガ哲学第五弾は
「プラティヤハーラ」です。

これまでの記事も
ぜひご覧ください。

今回の「プラティヤハーラ」とは、
日本語では「制感」と表現され、
感覚をコントロールすることとされています。

これを修得することにより
深い瞑想状態の入り口に立つことができると
説かれています。

よく亀にも例えられています。
自分の感覚器官を
外側ではなく
内側に全て入れることにより
外側の刺激である気温や雑音などを断ち
自分の内側に意識を向けることができる
とされています。

っと言っても
とても難しそうではないですか?

図書館などで勉強していたとき、
となりの人の筆圧がコツコツなるのが
気になった経験はありませんか?

大事な発表会のとき、
最高のパフォーマンスをするために
集中したいのに
自分の心臓の鼓動が妙に大きく聞こえて
余計に緊張してしまったことはありませんか?

わたしはこの「プラティヤハーラ」について
勉強したときに
小学生のときの体験を思い出しました。

小学4年生くらいのときです。
わたしはバレーボールクラブに所属していました。

5年生、6年生の先輩たちと一緒に試合に出た際、
絶対に失敗できない場面で
よくわたしに
サーブの順番が回ってきました。
(そんなことはないはずなので、
そういう場面が
ただ強く記憶に残っているだけかもしれません!笑)

毎回、先輩たちや監督、保護者の視線が気になり
自分の心臓の音が気になり、
体育館の空調の音が気になり、
全てが自分の敵のように感じていました。
そして案の定、失敗しちゃう。

そんなある日、
チームメイトに
「緊張するなんて、あたり前でしょ」と言われ
自分だけじゃないということに気づきました!

そして、
そのあとのことです。

それまでの
緊張の全てが敵で、
排除すべきものであるという思いがなくなり
あたり前のことだと受け入れることで
いままで見ていた世界とは
違う世界が見えました!

緊張の鼓動も、
観客の声援も、
体育館の空調も、
床のシューズの音も、
全てを受け入れることで
一気に緊張が和らいでいきました!

その経験から
「緊張は、受け入れるもの」という思いや
「わたしだけじゃない」という考えが
緊張する場面で
何度もわたしを助けてくれました!

プラティヤハーラとは
感情をコントロールすることとされていますが
まずはそう感じていることを
受け入れることではないかと思います。

インターネットの普及により
わたしたちのまわりには
自分ではどうすることもできないことや
自ら望んで探しにいったわけではない情報など
たくさんのことで溢れています!

その一つひとつに
一喜一憂することなく、
自分らしく生きるためにも
それらの情報に惑わされないことが
大切なのではないかなと思っています。

なかなか難しいですが、
わたしも
嫌なことを言われて傷ついたり
娘たちにきつくあたって後悔したり。
そんなときは
自分自身を責めるのではなく
まずはそう感じていることに気づき、
その思いに寄り添うことを
心がけています。

今日はしっかりまとめることができませんでした。
それなのに
最後まで読んでいただけたこと
本当にうれしいです!

今日もお付き合いいただき
ありがとうございました!

ヨガ講師 Natsumi

周りに対して
どれだけ気遣っているかを示す必要があると同時に、
私たちの誰もが
自分自身を大切にする必要があります
/ダイアナ妃(イギリス)

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