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ブライスキャニオン・フーデゥーになった伝説の人々

眼下には西に傾いた太陽に彩られ、美しさが際立つフーデゥーと呼ばれる石柱の谷が広がっている。午後の陽を浴びるフーデゥ―は、草原で命を謳歌するプレイリードッグの如く、生き生きと輝いて見える。

夕暮れを待つブライスキャニオン。オレンジ色に輝く谷は、地平へと向かう太陽の傾きに合わせ、秒単位でその表情を変える。

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(ブライスポイントからの眺め)

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(写真:BBC.comより:絶滅危惧種に指定されているユタ・プレイリードッグ)

愛用のニコンの双眼鏡を覗く。レンズ越しに見えるフーデゥーの谷は、遠目に見るそれとは全く異なる。丸く切り取られたエリアを僅かに動かし、フォーカスを合わす。眺めるスポットを変えるたびに、目の前に迫るフーデゥーが古の物語を語り掛けてくるようだ。

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(逃げ惑う小動物の群れと、それを大勢で追い込む人々。
あるいは、不満があって集まった民と、壇上で説得にあたる長老たちか?)

壮大なグランドキャニオンを創り上げたコロラド川。堆積岩を削り、芸術的とも言えるザイオンキャニオンを形作ったバージン川。キャニオン、即ち渓谷と呼ばれるところには、それを作り出した河が存在する。多くは岩を浸食する激しい流れを有する。とろがブライスキャニオンの底には、大きな河はない。あるのは、雨期の終りと共に干上がってしまう程の小さな川だ。

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ブライスキャニオンの奇岩の群れは、激流によって作られたものではない。高地に降った雨や雪がクラロン層と呼ばれる、この地域特有の脆い岩でできた岩盤の上を流れる。水流は幾つもの溝を作り、やがて深さを増しヒダ状になる。


繰り返し起こる浸食で、ヒダは薄い壁のような形状になる。壁の割れ目に水が入り込む。標高2,500mを超える高地に広がるブライスの谷、冬場の冷え込みは厳しい。割れ目に入り込んだ雨水は凍り、その膨張で壁の一部が崩壊する。フーデゥーと呼ばれる石柱の誕生だ。

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(写真の奥、中央から左に向かって斜面のヒダが薄い壁になり、石柱に変わって行く過程が分かる)

水、氷、そして重力が長い時を掛けて作った摩訶不思議な谷。形成されたのは5千万~6千万年ほど前と言われている。

季節を変えて幾度となく訪れているブライスの谷だが、秋は今回が初めてだ。明日は家内と二人で谷底へ降りる。幸いにも好天に恵まれそうだ。

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(フェアリーランド・ループにて。ここから先はウイルダネス地域となる)


急斜面を蛇行するトレイルは、朝のピンと張りつめた心地よい空気で満ちている。軽快な足取りで向かった谷底。そこには、おとぎ話の世界が広がっていた。目の前に色とりどりのお菓子の家が姿を現しても、違和感はないだろう。


ろうそくの炎を思わせるような、オレンジ色に輝くフーデゥー。背後には、どこまでも澄んだ秋の青い空。松の緑がそこに絶妙なアクセントを加える。

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ところ狭しと天に向かって伸びる、先の尖ったレッドロックの石柱は、森に聳え立つ針葉樹林の様だ。高いものは45mにもなるという。まさに「フーデゥーの森」と言う表現がふさわしい。


訪れる者を魅了し想像力を刺激する、不思議な魅力を持つ美しい森。かつて、この地に住んでいた民の間に、このフーデゥーの森にまつわる言い伝えがあったという。

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(想像力豊かなアーティストの目には、こんな風景が見えている)

遡る事、西洋人がこの地に来る何百年も前。パイウテ(Paiute)と呼ばれるインディアンがこの地に住んでいた。彼らの間で語り継がれていたのが、フーデゥーと化した人々の伝説だ。

その昔、この谷に住んでいた人々は、この地の主と言わんばかりに、我が物顔で振舞い、自然の恵みを独占していた。ここで登場するのが、ネイティブ・インディアンに伝わる伝説ではお馴染みのコヨーテだ。


パイウテの文化ではオオカミは山の神のような存在。コヨーテはいたずら好きな弟分、いつも決まって問題を起こす。丁度、日本の昔話でいいう狐の様な存在だ。姿かたちもよく似ている。

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自然の恵みを大事にせず、好き放題をする人間たちを見かねたコヨーテが、宴と偽り人々を一堂に集め、呪文を唱えて彼らを石に代えてしまった。フーデゥーと呼ばれるこの谷にある石柱群が、その我儘な人々のなりの果てと言う分けだ。

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パイウテの民は、春から秋にかけて木の実を取り、狩りをし、厳しい冬に備えた。そして冬になると、戒めの気持ちを込めて、フーデゥーにされてしまった人々の話を子供たちに伝え聞かせたという。今でもユタ州を中心にパイウテの人たちは、幾つかの小さなコミュニティーに別れて暮らしている。昔話は語り継がれているのであろうか。


因みに、パイウテの人々は、フードゥーを「アンカ・ク・ワサウィツ」と呼んだそうだ。「赤く塗られた顔」と言う意味らしい。

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(まさに赤く塗られた顔、赤鬼の様に見える)

一旦谷底に降りると、急勾配のアップダウンはない。息を切らすことなく歩くフーデゥーの森は、感動に満ち溢れている。少し前を歩く家内。時折、写真を撮るために立ち止まっては、周囲を見渡し、ため息を漏らしている。先ほどまでは、Hermoso ! 、Bellisimo !、Espectacular !と、目にする景色すべてに感嘆の言葉を発していた。美しさを表現する語彙が豊富なスペイン語を母国語とする家内ではあるが、そろそろボキャブラリーも底をついたようだ。

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美しさや感動を言葉にするのは容易なことではない。然し、言葉に出来なくとも、ただ歩いているだけで、これほど幸せな気持ちになれる。それは、言葉が生まれる前から存在する、自然と一体となる事によって得られる、人間の本能的な喜びのようにも感じられる。

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足元には名も知らぬ小さな木の茂み。ハーブティーのような香りが漂う。フーデゥーの森は、本能的な喜びを満足させるものには事欠かない。


暫く、何も考えずに本能のままに歩くのも悪くない。

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三方をすっかり、アンカ・ク・ワサウィツ、「赤く塗られた顔」の集団に囲まれてしまった。堂々とした体躯の巨人たち。ただ静かに人々を見下ろしている。僅かに見える青い空が眩しい。

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自然の恵みを大切にしなかった故に、フーデゥーに変えられてしまった伝説の人々。ここを通る我々に何か伝えたい事があるのだろうか・・・

遠くから囁き声が聞こえたような気がした。


By Nick D




ワンポイント・アドバイス


「少しでもいいので谷底へ降りてみてください」グランドキャニオンや他のところでも、いつも繰り返すお馴染みのアドバイス。性懲りもなく、ここでもう一度。谷の上と下では全く景色が異なります。ブライスでは、ナバホ・トレイル、そしてクイーンズ・ガーデン・トレイルが最もポピュラー。家族連れにお勧めの、他では味わえない美しいトレイルです。しかし、その分人も多いので、今回は敢えてフェアリーランド・ループをご紹介します。


1.フェアリーランド・ループ


トレイルヘッドは、ブライスキャニオン国立公園内にありますが、料金所の手前となるので、公園外のような印象を受けます。ループの名の通りぐるっと回ってスタート地点に戻るルート。距離にして7.6マイル(約12㎞)と少し長め。所要時間は途中の楽しみ方によってまちまちですが、最低5時間程度はみておくと良いでしょう。

ルートは変化に富んでおり、砂漠のようなところから、谷底の森、そしてリム沿いと、ブライスの多様な姿を堪能できます。他のトレイルでは多くの観光客がいる時期でも、ここにはほとんど人がいないのも魅力。

その一方、整備はそれほど行き届いていないので、トレイルのコンディションも“それなり”。よって、ある程度の注意が必要。初心者にはお勧めできませんが、とても楽しいトレイルです。時間の余裕と十分な水(一人最低2リットル)や食料をお忘れなく。

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2.プレイリードッグに注意
園内には絶滅危惧種のユタ・プレイリードッグが出没します。車の運転の際には十分に注意してください。

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