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二次創作者は理解した方がいい事

とても大事なことなのだが、

一般的な絵描きも、AI利用者も『二次創作』は公式の寛大な心があって創作を許されていることを理解した方が良い。
公式が許しているからこそ、活動できるのだ。

昨今の二次創作者は『公式』を理解していない。
オフィシャルがなんであるかを理解できていないというのは、二次創作者としては致命的であって、原作を大事に思っていないフシがある。
自身をファンだと偽り、金儲けのためだけに活動している様はただのハイエナにすぎない。
むしろハイエナに失礼だとも感じる。

公式、原作、作者、いわゆる『神』ともいえる存在だ。
それが理解できておらず、やりたい放題やるような二次創作者はファンの風上にも置けない愚か者と言える。


二次創作はあくまでオフィシャルが、
ある程度の事に対して、目をつむってくれているのだ。
決して、何もかもやっていいということではない。
むしろ訴えられないだけマシである。
それがわかっていないというのが多すぎる。


ここで公式がルールを設定したとする。
仮に、
ウチの作品はアダルト禁止だというルールの場合
で語ろうとしよう。

もうこの時点でアダルト禁止なのだ。
当たり前である。ルールを作られたのだから守らなければならない。
しかし、愚かな二次創作者は止めない。
キャラの名前を濁したり、それに『似ているキャラを描きました』などと
屁理屈を口から出し始める。

もうこの時点で二次創作者としてよりも、人間的に終わりみたいなものである。
同人作家ならば、同人作家の風上にも置けない存在だ。
幼児でも駄目と叱られれば我慢するのに、それが出来ない。

いうなれば、そういう二次創作者は幼児にも満たないという事だ。
図体ばかり大きくなった情けない存在だ。

それだけなら、まだ呆れるだけで終わるが

公式が少し肌の露出をしたイラストを掲載したとしよう。
すると、

今度は公式が露出したイラストを掲載しているのだから、
自分たちが描いても問題ないなどといい始める。

公式は公式だから許されているのだ。
権利者が権利を利用するのはルール違反ではないという事さえ
理解できないのだ。

ある作品で原作者が登場人物を一人登場させなくなってしまったとなった場合に、それは原作者だから出来ることである。
原作者がこうあるべきと考えたから出来ることだ。
前述した権利は、こういう事である。

それが理解できていない二次創作者は、こう主張するのだ。

『公式と同じように活動させろ』と。

呆れる話である。
原作者でも無い無関係者が、公式と同様の権利の行使を認めろというのである。
しかも、『ただの二次創作者 』がこれを大きな声で求めてくるのだ。
開いた口が塞がらないような状況だ。

人様のキャラを勝手にいじくり回しておいて、さらには公式がやった事と同じことを認めろと言うのだ。
もはやファンでもなんでもない。ただのクレーマーと変わらない存在だ。

そんなのが二次創作者には、ゴロゴロと居る。


最後にもう一度書くが、

『二次創作』は公式の寛大な心があって創作を許されているから創作できるのだ
暗黙してくれているから活動できる事を認識した方がいい。


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