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忘れぬもの

MEMO
場所/〇〇峡谷に残る旧隧道工事跡地
案内/当時を知る地元の関係者
備考/案内の依頼について了承の返信が届いたが、本人の親族から後日連絡があり同行不可となる。当日は案内人不在のまま現地に赴き、送られてきた手紙と資料をもとに一人で探索を行った。現地まで送迎を頼んだ若いタクシー運転手に料金を上乗せするので同行してもらえないかと提案したが「暗い場所は本気で無理」と必死の形相で断られた。ヘッドライトを二人分用意すればよかった。


* 案内を依頼した男性の親族からの手紙 *

先日の不躾な対応、そして今回のご依頼についてご希望に添えないことをどうかお許しください。
叔父の家のカレンダーにあなたの連絡先と名前が書かれているのを発見した時、私達は高齢の叔父が怪しい詐欺や妙な宗教に巻き込まれているのではないかと危惧しました。
叔父本人ではなく親族である私が突然あなたに探りを入れるような連絡を寄越してきたこと、さぞご不快に思われたでしょう。深く反省しております。

叔父は田舎の養鶏場を長年一人で営んでおり、集落の外に親族以外の知人もほとんどおりません。
身内に対しても口数の少ない叔父が、全く外部の方であるあなたと近年になって連絡をとっていたということが私達には未だに不思議でならないのです。

しかし、あなたが電話で説明された内容は過去に私達も叔父から聞いていた話でした。
さらにあなたがメールで画像を送って下さった手紙は、叔父が入所している施設の名前が入ったメモ帳に叔父の筆跡で書かれておりました。
カレンダーに記入していた事からも、叔父があなたの依頼を受けて対応しようとしていたと考えざるを得ません。
叔父が自分の意志でそうしたのであれば、私達に今回の件について口をはさむ権利はないのですが、親族の一部は未だに懐疑的です。

叔父は一年前に認知症と診断されて以降、自宅で転倒やケガをする危険性を考慮し、私達親族と相談の上、養鶏場を閉業し、現在は地元の介護施設で引退生活を送っております。
症状に日々の波はあるものの、叔父は私を含む親族の名前を忘れ、昨日見たテレビ番組の内容も思い出せず、最近は話しかけても反応しなくなりつつあります。

そんな叔父が、一年以上前のまだ症状が軽かった時期だったとしても、あなたからの依頼を認識し、自宅カレンダーに予定を記入して、さらにその後症状が進行して介護施設に入所してから、自分でメモ帳にあなた宛ての返信を書き、施設の外にあるポストに投函した…とはとても信じられない、と親族はそう言うのです。

それでも私があなたから叔父への依頼を完全にお断りできず、こうして手紙をお送りしているのは、叔父がきっと自分でそうしたのだと信じたいからです。
私が幼い頃、叔父の家に遊びに行くと「旧隧道の近くに行ってはいけない」とよく言われました。
いつも穏やかな叔父が真剣な様子で、私達子供に言い聞かせていた口ぶりを覚えています。
最近になって、過去を思い出せなくなっているはずの叔父が「あの場所は今どうなっているのか」と心配そうな様子で私達に尋ねてきたこともありました。

叔父の言いつけを守り、私達自身は一度も現地に立ち入ったことがないため当時の様子や現在の状況はわかりません。
わかりませんが、あの場所にはきっと叔父が忘れられない大切な何かがあるのではないかと私には思えるのです。
お一人で現地に向かって頂くことになり申し訳ありませんが、どうかあの場所に何があるのかを確認してもらえないでしょうか。

叔父の家で見つけた、現地に関係する書類のコピーも同封いたします。
叔父が認知症を患う直前まであなたを案内するつもりで用意していたようで、道順や注意事項などが書き込まれていました。
現地探索に役立つと思いますので、ご確認ください。
道中はくれぐれもお気を付けて。
何かありましたらご連絡ください。

<今回は一人で現地へ行くことにする。送られてきた資料を参考に、安全ヘルメットとヘッドライト、丈夫で暖かい上着や熊避けスプレーなどを準備。レコーダーは案内人不在のため持参せず。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(古い地図に経路やメモが書き込まれている)
ふもと△△側から車で出発
ここから先 工事車両用の道路
未舗装の箇所 速度注意

<現地まで地元のタクシー会社に送迎を依頼。地図と書き込みを頼りに向かってもらったが、途中で倒木や地割れなどがあり、結局現地手前で降車。運転手には戻る時に連絡すると伝えて別れたが、現地に到着してから通信圏外であると気付く。>

<降車地点から20分ほど歩いて旧隧道の入り口到着。立入り禁止の古い看板は塗装が剥げてほぼ判別できず。看板の隅に「何かあれば連絡を」という文言と電話番号の書かれた比較的新しい紙が貼りつけられているのを発見。電話したかったが通信圏外。番号を控えておく。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(方眼紙に書かれた旧隧道工事現場の大まかな図解にメモが書き込まれている)
ダイヤル錠 上*** 下***
入口付近は■■の土地なので もし鍵がかわっていたら■■に連絡
(手紙をくれた親族に確認したところ■■は案内人の近所に住む親しい友人とのこと)

<旧隧道入り口は古びた金属製フェンスで封鎖されていた。資料にあったダイヤル錠二つを確認。長年開けられていない様子で錆がひどい。苦労したが記載通りの番号で開錠できた。中に入る前に図解下部に書き込まれた注意事項を再度確認。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(方眼紙に書かれた旧隧道工事現場の大まかな図解にメモが書き込まれている)
足元注意 すべりやすい
中は冷える
こえ 出さない
(最後のメモは何度も文字をなぞり、目立つように書かれている)

<フェンスを開けて旧隧道内部へ侵入。入り口付近から数十メートル奥は完全な闇。簡素な照明が壁に取り付けられているが電力供給は期待できない。壁はレンガと石積み、地面はコンクリートとモルタル。物音を立てるなとは書かれていないので、試しに手を叩いて音を出してみる。反響から、かなり奥まで続いている様子が伺える。ヘッドライトを点灯して奥へ進む。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(古いカレンダーに書き込まれた手書きのメモ)
×月×日 ■■から熊の目撃情報あり。養鶏場の外囲いを点検。昨年設置した電気柵はまだ有効。いずれ学習されるため別の対策も考える。
×月×日 先月崖が崩落して出口が埋まった旧隧道の修復工事が始まる。挨拶に来た工事関係者と一緒に現場に含まれる■■とうちの土地の境界を確認。
×月×日 姪達を連れて川釣りに行く。工事現場を行き交う車の振動で魚が逃げてしまった。
×月×日 工事関係者から現場近くで作業員宿舎の食糧庫が荒らされたと相談。キツネかイタチ?■■が罠かごを作成、鶏を入れて三か所に設置。

<壁に看板が見えたので確認。入り口から200メートルの記載。道中特に変わった様子はなく、劣化したモルタルが少し剥がれ落ちていた程度。元々古い建造物ではあるが、ここまでは隧道内部の様子も比較的整然として見える。引き続き奥へ進む。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(古いカレンダーに書き込まれた手書きのメモ)
×月×日 罠設置から一週間。壊されて鶏だけ取られた罠かごを二つ、イタチが入ったのを一つ回収。■■が熊を見たのは一ヶ月以上前だが、念のため大型の罠を設置するか工事関係者と相談。
×月×日 工事関係者が了承、■■と一緒に大型の罠を準備。より山奥の三個所に設置。宿舎の食料庫を離れた場所に変えたのであれ以来漁られていないとの話。
×月×日 工事現場に一番近い罠が壊されていたと連絡あり。相当大きい熊ではないかと思うが■■が見た熊は中程度だと言う。改めて関係者と相談。
×月×日 町とも協議して■■を筆頭に猟師数名で山狩り。熊のいた痕跡や成果は無し。残りの罠は壊されていない。壊れた罠を修理するために部品を発注。

<入り口から500メートルの看板確認。湿った木と泥の臭いが充満しており、相変わらず真っ暗闇。手を叩いて反響を確認。若干下り坂になっているのを足元から感じる。うっかり滑らないよう慎重に進む。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(古いカレンダーに書き込まれた手書きのメモ)
×月×日 ■■から連絡。設置していた全ての罠から鶏が消えた。罠は壊されていない。■■と有志が再度山を見回る。成果無し。
×月×日 姪達が来る。山ではしばらく遊べない。養鶏場の手伝いをさせて皆でオムレツを作った。
×月×日 工事関係者から作業員数名が現場付近で何かの気配を感じたと相談あり。■■の提案で現場に罠を設置できないか打診。返事待ち。
×月×日 工事関係者が現場での罠設置を期限付きで了承。■■と設置して回る。旧隧道奥の崩落現場を掘り進めた結果、開けた空間と繋がったと作業員からの情報。

<入り口から800メートルほどの距離に到達。壁と天井にアーチ状の支保工が残っている。ここから先が崩落した旧隧道を修復していた現場だと思われる。先程までのカビ臭い淀んだ空気が、微かに動いているのを感じる。引き続き奥へ進む。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(方眼紙に書かれた旧隧道工事現場の大まかな図解にメモが書き込まれている)
入り口から約1000メートル わかれ道
東側 資材置き場・作業員休憩所
西側 修復工事進行方向
穴の先 絶対にすすまない
(最後のメモは何度も文字をなぞり、目立つように書かれている)

<資料を参考に、二手に分かれた道の西側に進む。おそらく入り口から1400メートル?ほど進んだところで工事が最後に行われていたと思われる現場にたどり着いた。ヘッドライトで照らせる範囲で確認したところ、高さ数メートルの掘削工事跡の奥に、崩れた岩肌の裂け目が見えた。奥から冷たい風が微かに吹き込んでいる。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(古いカレンダーに書き込まれた手書きのメモ)
×月×日 工事関係者から罠の鶏が全て消えたと連絡。周辺を■■と見回るが何の痕跡もない。罠は壊されていない。作業員が気味悪がっている。
×月×日 工期の遅れで町と工事関係者が揉める。■■が旧隧道内部の調査と罠設置を提案する。害獣の証拠が出ないことから反応は芳しくない。
×月×日 町から設置済の罠の回収指示。■■と現場に向かう途中、作業員が二名行方不明との連絡あり。旧隧道最奥部で二名の持ち物(ヘルメットと作業靴片方)のみ発見。
×月×日 警察による行方不明者捜索五日目。成果無し。作業環境の安全確保に問題ありとして現場作業中止。町から土地所有者向けに説明会が開かれる予定。

<ギリギリ顔を入れられる程度の裂け目の奥を覗く。かなり奥行きがある洞窟のような空間。ヘッドライトの照明では奥まで照らせないが、手を叩くと大きな反響が聞こえたので高さもあると思われる。適当な石を拾って投げ込むと、底に水が溜まっているのか派手な水音が聞こえた。ただし生物がいる気配は感じられない。しばらく様子を伺ったが特に反応も見られず、写真を撮影しても何が写っているのかわからないほど暗い。諦めて引き返すことにする。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(古いカレンダーに書き込まれた手書きのメモ)
×月×日 行方不明者は未だ発見されず。現場から全作業員が撤収。工事関係者と町から説明会あり。協議の末、現場一帯を立入禁止とすることに合意。もうあそこに子供達を遊びに行かせることもない。
×月×日 ■■から旧隧道入り口を封鎖して看板を立てたいと相談。是非もなく了承。工事関係者から撤収する前に資材を安く譲ってもらい、二人で設置作業をする。
×月×日 養鶏場の外囲いを見回る。鶏を罠から何度も盗んだ害獣の正体はわからないため引き続き要警戒。
×月×日 ■■から万が一に備えてふもとの町役場と情報共有できるように入り口付近に通報ボタンを設置したとの報告。明日は天気が崩れるため明後日確認しに行く。

<復路も特筆すべきものは見当たらず、入り口まで何事もなく戻る。資料を読み直し、入り口付近の通報ボタンとやらを探す。到着した時、壁に設置してあったそれに気付かなかったのは通報ボタンの機械がひどく朽ちており、カバーが外れて地面に落ちていたからだった。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(方眼紙に書かれた旧隧道工事現場の大まかな図解にメモが書き込まれている)
なにかあったら 入り口へ
ボタンをおす きいろいカバー
すぐにしらせる
(最初のページの文字と比べると後半ページの文字は乱れて読み難い)

<数十年間この旧隧道で放置されたと思われるボタンは内部に押し込まれた状態のままひしゃげて錆びつき、押しても反応が無い。内部の電力供給もおそらく断たれている。落ちたカバー部分を拾うとボロボロ崩れて錆びの粉が舞った。ジップロックに回収し、入り口を出てフェンスのダイヤル錠をかける。携帯電話の通信ができる場所まで歩いて戻る。隧道内部の寒さより山の強い日差しが堪える。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(古いカレンダーに書き込まれた手書きのメモ)
×月×日 旧隧道内部の湿度が高いせいか通報ボタンの誤作動が起こると町役場関係者から■■に相談。二ヶ月ぶりに訪れて二人でカバーを取り付ける。ボタンの効きが悪くなっていたので油も差す。
×月×日 ■■が持ち込んだ猪肉で晩酌。ここ最近の苦労をお互いにねぎらう。鶏は喰われるし罠の修理費用は嵩むし、先祖代々の所有地で問題も起こって散々。
×月×日 養鶏場周辺の草刈り。電気柵の下にイタチが穴を掘った形跡を発見。板を立てて一時しのぎ。明日電気柵を延長する資材を買いに行く。獣の嗅覚には舌を巻く。
×月×日 おそろしい考えが頭から離れない。■■に相談。
×月×日 もう誰もあそこに行くべきではない。

<ようやく通信圏内まで戻り、タクシーの迎えを呼ぶ。ふもとまで送ってもらう間、興味津々の運転手から色々と詮索されたが何もなかったので何も話しようがない。ふと思いついて町役場の方に寄ってもらったが、時間外のため無人。とにかく疲れた。案内人親族への連絡は後日にする。以上、記録終了。>

* 男性親族から送られた資料コピーの一部引用 *
(方眼紙に書かれた旧隧道工事現場の大まかな図解、裏面の隅に乱れた字が書き込まれている)

ど すれば
あれ わすれ  れる


MEMO
概要/旧隧道内部に設置されていた通報ボタンの金属製カバー。
保存/回収時点で既に崩壊寸前。プラケースに収納、慎重に保管。
余談/帰宅後翌日、案内人親族に電話して現地状況について報告。内部設備は朽ちており、特に何も見つけられなかったという話しかできず、残念がられた。送られた資料コピーについては返却の必要はないとのことで全て収蔵済。

(追記1)
親族への報告をした数日後、覚えのない番号から連絡あり。■■と名乗る男性。旧隧道内部の通報ボタンが壊れていたことについて確認される。おそらく親族経由で話を聞いたと思われる。自分が見た状況を伝えると、すぐに電話を切られた。直後、旧隧道入り口の看板に貼りつけられていた番号だと思い出した。改めて話を聞きたかったが、かけ直しても応答せず。咄嗟の事で録音できなかったのが悔やまれる。

(追記2)
■■氏の電話から数日後、ローカルニュースの見出しで旧隧道の内容を見つける。地元住民から長年放置されている旧隧道工事現場で大規模な崩落の危険性が指摘されたことにより、土地所有者の許可を得て旧隧道含む広範囲で埋め立て工事が行われるとの報道。もう一度■■氏に電話をかけてみたが、応答せず。あの場所に行くことは二度と叶わないだろう。

2024年 7月21日 小説家になろうにて公開

https://ncode.syosetu.com/n8060jh/

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