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架空家苞記「還りつく祖骸」

MEMO
場所/某海岸線沿いの村
案内/地元出身の(元)催事関係者
備考/村の公的な連絡先に案内を依頼。たらい回しにされた後、雑な説明と劣化して読み難い資料のコピー一枚を渡され、交渉不可。話の中で出てきた村の催事関係者に連絡してみると、乗り気ではなかったが依頼を承諾してくれた。声が小さく、海からの風でかき消されて聞き取り難い。レコーダーに風防をつけるべきだった。


……どうも。
あ、あの、今日、あ、案内頼んだ人で合ってる?

わ、わざわざこんな所まで来るなんて言うから、どんな人かと。
……が、学生さん?ち、違うの。

い、いや、いや、悪いってんじゃないの。
もし、え、偉い人や学生だったら、こっちは専門的な話なんかできないし、も、申し訳ないと思っただけ。

……ど、どうせ、ろくに話も聞かないで、こっちに押し付けられてきたんでしょ。
村外からの問合せ対応窓口とか言いながら、あ、あいつら、きゅ、給料泥棒め……。

そ、そんな事どうでもいいか……それで、何が見たくて来たの。
さ、先に言っとくけど、村の資料館なら、十何年か前に、火事で焼けたよ……あ、それ目当てだったか。

古いガラクタばかりだったけど、な、何らかの歴史的資料として、価値はあったかもね。
でも、だ、誰も再建だ復元だとか言い出さなくて、予算もないから、そのまま放棄されたよ……お、遅かれ早かれ、なくなるものだったんでしょ。

……あ、案内する用事が、無くなっちゃったね。どうする?
い、いや、いや、こっちは別に構わないけど……おたくは、む、村の景色だけ見て帰る訳にはいかないでしょ。

こ、ここまで来て何か見たかった、目的があるんじゃないの。
……祭り?あ、あ、あれか……あれは、も、もうやってないよ、長い間。

な、内容を知ってるかって?逆に、おたくはどこまで知ってるの。
あ、あいつらに聞いたって?ああ……時間を無駄にしたね。

なるほど、だからこっちに寄越されたんだ。
まあ……げ、現場もろくに見ない連中よりは、こっちは、多少詳しいかもね。

ぐ、具体的に、祭りの内容について聞いたの?……ああ、はは、ずいぶん古い資料のコピーだ。
あ、あいつらはこれ一枚で、お、おたくを追い返そうとした訳か。

『村の祖先を敬う祭り』だって……ああ、表面上はそうなってる訳だ・・・・・・・・・・・・
少なくとも、そのつもりでやっていたんでしょ、あ、あいつらは。

……まあ、その『村の祖先を敬う祭り』という資料に沿って、な、流れだけ説明するよ。
当時の事を覚えてる人間なんて、もうあんまりいないからね。

ま、まず、神聖な海岸で“祖先を迎える”……し、神聖な海岸というのは、村の奥にある小さな入り江だね。
そこで、海からかえってきた、そ、“祖先”を迎え入れて、準備をするの。

つ、次は?“祖先をもてなす”か……まあ、酒や食べ物を供えて、ふ、古い言葉で祈りを捧げるとか、よくあるでしょ。
村の広場でやるんだけど、ま、祭りに乗じて騒ぐ奴も多くて、め、迷惑だったよ。

最後は“祖先を送り出す”……も、もてなした“祖先”に、お戻り頂く儀式をやる。
入り江のもっと沖の方まで、小さな船を出して、お、送り出すというか。

そ、それを見届けたら祭りは終わって、ま、また一年かけて村では次の祭りの準備をする。
…し、資料館ごと祭りの衣装や道具が灰になる十何年前までは、ずっとそうしてきたよ。

ま、祭りはもうやってないんだよ……もともと、あいつらは祭りをやめたがっていたし。
古い儀式の意味や由来なんて、も、もう誰も覚えちゃいない……“祖先を敬う”なんて口先だけでしょ。

な、何も考えず形だけの祭りを続けてきたから、あっさり伝統行事を捨てられるんだよね。
いや、いや、こっちも祭りの仕事をいつも一方的に押し付けられて、う、うんざりしてた……余計なしがらみがなければ、とっくの昔に、こ、こ、こんな村出ていって……。

……お、おたくには関係ないか、ごめんね。

えっ、ま、祭りの現場を、見たい?……あ、あまり気が乗らないな。
いや、いや、おたくがダメだって訳じゃないの。

あ、あの辺りは人がほとんど近寄らないから、道が整備されてないし。
祭りをやらなくなってから、すっかり足が遠のいてしまったから……わかるでしょ。

まあ、そうだね……おたくみたいな人が、あ、あ、あれを見てどう思うのかは気になるよ。
あ、あいつらの、上っ面だけの話じゃ、全然わからないだろうし、じ、実際に見てもらう方がいいのかもしれないね。

連れて行ってもいいけど、ただし……こ、これから見るものについては、他言無用で頼むよ。
こ、これは、おたくのために言ってるからね。

……あ、あ、あそこだよ。
見ての通り、小さな砂浜があるだけの入り江だけど、村では神聖な場所とされてるの。

こ、ここから降りられるけど、足元に気をつけなよ。
長い間、だ、誰も来ていないから、漂着物とゴミだらけで……こ、この状態で、神聖な場所だなんて、よく言えたもんだよね。

そうだな……ま、祭りをやっていた頃は、よくここに来てたよ。
ひ、引き潮になったら、砂に埋もれて取り残された漂着物を、拾い集めて歩くの。

割れたブイや、千切れたロープや、プラスチックのかけら、錆びた缶……た、大半はゴミだよ。
さ、再利用できそうなものや資源回収できるものは分別して、修理したり売ったりしてたけど。

いや、いや、大した稼ぎじゃない……目的はそれじゃないからね。
あ、あいつらがこっちに求めていたのは、ま、祭りに必要なものを集めること。

この入り江には、そ、そ、“祖先”が、かえってくるんだ・・・・・・・・

……いい?これから、だ、大事な事を言うから、お、覚えておいて。
長く目を合わせてはいけない・・・・・・・・・・・・・』って、それだけだよ。

じゃあ……足元を、見てみて。
そ、そんなにじっくり見る必要はないよ、それがあれば、すぐわかるからね。

……わ、わかった?よし、もう見るのはやめて、う、海でも見ておくといいよ。
そう、そう……たくさん、転がってたでしょ。

あ、あれの、見た目は珊瑚の死骸によく似ていて、そして、め、目玉のようなものがある。
あ、あ、あれがこの村で“祖先”と……そう言われているものだよ。

昔から、この入り江にだけ、あ、あれが漂着するの。
あ、あいつらは「大昔、海に旅立った“祖先”がかえってきた」だとか何とか言って。

こっちからすれば、あ、あんなものがご先祖だなんて思えないけど……あ、あいつらはとにかくそう言って、ま、祭りをやってきたんだ、何十年も、何百年も、む、昔からずっと。

か、海岸のゴミを拾うのも、“祖先”を集めるのも、じゅ、準備は全部こっち任せだよ。
あの、め、目玉に見られるのを恐れて、あ、あいつらは入り江に近寄ろうとすらしないんだ。

ま、祭りをやっていた当時は、分厚い皮袋を担いで、な、何時間も濡れた砂の上を歩き回らされたね。
ゴミに埋もれた、そ、そ、それを掴むと、骨のように軽くてざらついて、め、目玉の部分だけ、妙にひんやりとして……あまり見ないように、拾ったそばから皮袋に押し込むの。

一年間かけて、袋いっぱいに集めたそれを、あ、あ、あいつらが仰々しい祭壇に奉る。
む、村の広場で、“祖先”への祈りを捧げて、歌って踊って……目立ちたがり屋で騒ぎたい愚かな連中は、そこだけ、じ、自分らでやりたがってたね。

……いや、いや、こっちは正直、関わりたくなかったよ。
あ、あ、あいつらが唱える、馬鹿げた祈りの言葉の意味さえ聞かなかった……というか、あ、あいつらもあえてこっちに教えようとしなかったね。

ど、どうせ学の無い人間にはわからないって……見下してただけだよ。
い、意味がわからなくてもわかるさ、あ、あいつらが何も理解していないって事くらいね。

そ、そして、そのバカ騒ぎが終わったら……“祖先”を海に送り出す。
お察しの通り……か、皮袋に詰められたそれを、小舟で沖まで運ぶのは、こっちの役目だった。

古い木の小舟に乗り込んで、うんと沖まで漕ぎ進める時は、い、いつも不気味な心地だったよ。
ま、毎日聞いているはずの潮騒が、妙に、し、静かで……。

村や入り江の景色が遠くなって、お、沖まで出たら、か、皮袋の口を開けるの。
暗い袋の中から、あ、あ、あれが、無数の目玉が見上げてくる……長く目を合わせてはいけない・・・・・・・・・・・・・んだよ。

ふ、袋に手を突っ込んで、それを鷲掴みにして、できるだけ広い範囲にバラ撒いた。
ぼちゃぼちゃと不愉快な水音と、細かい泡が飛び散って、う、う、海へ沈んでいくのを黙って見届けたんだ。

……祭りは、それで終わりだよ。
ど、どうだい?おたくの知りたかった内容はそれで全部だ、満足したかい。

ああ……ああ、そ、そうだよね、そう言うと思った。
こ、この儀式は、とてもまともじゃない……わ、わかるでしょ?

ちょっと!み、み、見ちゃいけないって、足元じゃなくて、海を見るんだって。
わ、悪い事は言わないから……話している間くらい、じっとしてなよ。

話を、も、戻そう……さ、さっき、おたくの言った通り。
これが『村の祖先を敬う祭り』だなんて、ひ、ひどい冗談、とんだ茶番だよ。そうでしょ?

な、何百年、何千年の時を経て、海底から這い流れて戻ってきた“祖先”を、敬うどころか、皮袋に詰め込んで、最後は、う、海に投げ捨てるなんて……それも、に、二度と戻ってこれないような、遠い沖に、だよ。

こ、こっちが考えるに……あ、あいつらは、あれに、かえってきてほしくないんだ。
……あ、あいつらこそが、あ、あ、あれを、村から追い出したんじゃないのか?

あ、あいつらに沁みついた、せ、選民思想を見てみなよ。
こっちを蔑むあの視線、下卑た笑い声、れ、冷酷な言葉……遥か昔から、じ、自分達以外の存在を、排斥し続けてきた、そ、そういう人種だ。

きっと、あ、あいつらは“祖先”と呼ばれる何かを、こ、ここから追い払ったの。
“祖先”は、気の遠くなる歳月を経て、か、海底から、ここに、かえり続けている……何度も、何度も。

ご、傲慢で、無責任な、あ、あいつらは祭りを止めた……ぎ、儀式の意味すら、忘れて。
これから、な、何が起こるか、誰にもわからないよ。

……いや、いや、今更、祭りを再開させようなんて、ご、ごめんだね。
こ、ここに全ての“祖先”がかえった時、あ、あいつらがどうなろうと……し、知った事じゃないよ。

な、な、何も、で、できなかったのは、こっちも同じ……。
お、おたくもだよ、思うところがあっても、何もしないでほしい……さっき言ったように、た、他言無用だからね。

えっ……何?これを?も、持って帰って、いいかって?
いや、いや、そんな……そんなの、どうなるか、わ、わからないよ。

そ、そう言われても、困るな……おかしいよ、お、おたく。
いや、いや、そ、そうだ……おかしいのは、ぜ、全部そうだよね。

わ、わかったよ……好きにしなよ、も、持っていけばいい。
ただし、な、何度も言うけど、こ、こ、この事は他言無用に頼むよ。

それと、長く目を合わせてはいけない・・・・・・・・・・・・・って。
こ、こ、こっちは、忠告したからね。

な、何か悪い事があっても、責任はとれないよ。
それと同じく……こ、こっちに、な、何かあっても、責任を感じる必要は、ない。

……もう、ここには来ない方がいいよ、おたく。


MEMO
概要/珊瑚の死骸に似た漂着物。眼球状の器官が付着している。
保存/数日かけて乾燥させたが、眼球状の部分は水分を保ち続けているように見える。遮光・密閉できる容器に収蔵済。
余談/帰路で購入した絵葉書で案内人に礼状送付。現在に至るまで返信はない。

2023年 07月10日 小説家になろうにて公開

https://ncode.syosetu.com/n8180ih/

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