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本の読み方 スロー・リーディングの実践:平野 啓一郎


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一冊の本をじっくりと時間をかけて読めば、実は、10冊分、20冊分の本を読んだのと同じ手応えが得られる。これは、比喩でも何でもない。実際に、その本が生まれるには、10冊、20冊分の本の存在が欠かせなかったからであり、私たちは、スロー・リーディングを通じて、それらの存在へと開かれることとなるのである。

本書は小説家である平野啓一郎さんが「本の読み方」を教えてくれる。

本はどう読んだらいいのか?
速読は本当に効果があるのか?
闇雲に活字を追うだけの貧しい読書から、深く感じる豊かな読書へ。まさに「量」より「質」という感じだ。

平野さんといえば、過去に『私とは何か「個人」から「分人」へ』を読んだことがある。

哲学的にも仏教的にも重要な「自分」とはなにか、そして、それとどう向き合うのかについて、新たな視座を与えてくれた良書であった。こちらもいつか紹介したい。

さてさて、この本との出会いはというと、大好きな文筆家である池田晶子さんがその著書にて「古典を読みなさい」と書いているので、古典の入門書「役に立つ古典 NHK出版 学びのきほん:安田登」を読んでみたのがはじまりだ。その中に、次のような一節があった。

古典が「身につく」まで読む必要があります。「身につく」まで古典を読むと、先人たちは「身内」になってくれます。そのためには「遅読」が大切です。「遅読」というのは、文字通り「ゆっくりと読む」ことです。古典の現代語訳を読んでつまらないと感じるのは、現代文のスピードで読んでしまうからです。古典は、ゆっくり、じっくり読まれることを要求する本なのです。

この「ゆっくり読む」=「遅読」こそが古典を読み解き自分の血肉にするためのキーワードらしい。
そんな中、たまたま出会ったのがこの本だった。そしてこれがなんと大当たり。

前半は、「遅読」の反対である「速読」のデメリットがこれでもかというほど挙げられる。ここには、書き手である平野さんの「もっとゆっくり読んで内容を味わってほしい。取りこぼさないでほしい」という切実な想いを感じた。

「今月は本を何冊読んだ」の「数自慢」にはなんの意味もない。いわば「わんこぞばを何杯食べた」と何も変わらないのだ。

ではなくて、ゆっくり咀嚼し、その時々自分が感じること、受け取るものの違いを噛み締めながら1冊の本を何度も読み直す。読書は再読にこそ価値があり、遅読こそ知読なのである。

この「ゆっくり」や「スロー」という言葉、現代を生きる上で重要なキーワードだと思う。
知らず知らずのうちに即時性やスピードを求め、そして、求められる現代において「なにをそんなに急いでいるのだろう?」と疑問に思った経験がある人も多いはずだ。先のキーワードは、本の読み方にとどまらず、食事や人との会話に至るまで、現代を生きる上ですべてに共通しうる豊かさへの手がかりではないだろうか。早さを求める過程で取りこぼしている大切なものに「本の読み方」を通して気づかせてくれる。

後半は、誰もが知る名作小説を中心に、複数の作品から抜粋された文章をスローリーディングしていく訓練がなされる。

前半で学んだ理念を早速実践する訳だが、小説家である平野さんが書き手の目線から手とり足とりスローリーディングの補助をしてくれる。

文章中に巧妙に隠された小技や、解釈が分かれる部分に対して丁寧に解説がされ、その一つひとつのプロの技が明るみになるたびに素人である私は唸るしかない。と同時に、いかに自分がこれまで漫然と文章を読み進めていたか思い知り、なんだか申し訳なくなってくる笑

ここでの「こうゆうふうに本を読めばもっと読書が楽しくなるよ」と手ほどきしてくれる読書体験は非常に心地よい時間だ。

誰もが簡単に情報収集できるようになり、「知る」ことの価値はもう昔ほど高くはない。これからは「大量の知識」よりも「自分だけの知性」が必要になるのではないか。日常で触れ合う全ての文章に対して真摯に向き合うこと。その落ち着いて静かな態度が自分だけの知性を育む道なのだろうと思う。本当に読んでよかった1冊。

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