見出し画像

【創作短編】ゆるり夢語り(参)


ー参ー


さて、では、そうもリアリスティック且つアン・リアリスティックに鼠が引っ張っている物の正体は一体何だったか?と言うと、それは「時間の調緒」なんだね。

「時間の調緒[トキノシラベ]」が何かって?まあ待ちたまえ、今、説明するとも。それにしても厄介だな・・・・・・

・・・いや、この時、夢の僕にはごく当たり前のものとして了解されていた、或るひとつの仕組みがあって、それを説明しない事には始まらないんだが・・・・・・これが、改めてこの現実世界の言葉に直そうと思うと、非常に難しい。


ほら、夢では誰もが当たり前のように、空を飛ぶ方法や、魔法の使い方を知っていたりするだろう?要するにこれも、そういう、夢世界独特のアリエナイ法則だと思ってもらえれば良いのだが・・・・・・

まあ一応、説明してみるから聞いてくれ。たとえ理解できなくても、気にしないで、右から左へ聞き流せば良いだけだからね。わけのわからない説明は眠気を誘うのにも有効だろうしさ。



つまり、その夢世界において、時間というものは今現在我々の信じているような、過去から未来へ向かって流れる、一方通行の川とか、或いはひと続きの糸や巻物のようなものではなくて、

遍在する過去への、絶え間ない現在の「放出」なんだ。

未来なんてものはどこにも存在しない。

時間とは、ありとあらゆる生命が、生産された過去を虚無へと「放出」する事によって構築される、ある意味大気と似たような物質なのだ。

物質と呼ばれるからには量も嵩もあるわけだが、通常の物体とは干渉しない、独立した存在であるために、物理学的にも独自の法則が適用される。が、まあ仔細はともかく、物質として当然の如くそれ専用の場所を占めるのだよ。

時間の経つ程に、どんどん空白であった場所は埋まっていき、密度は濃くなってゆく一方だから、いつかは過飽和状態になって崩壊し、またゼロから歴史は築き直されるか、

それとも時間という仕組み自体がすっかり失くなって、現時点では予測もつかない、全然異なる新たな次元へと展開する・・・・・・と言うのが、ここ最近では専ら有力な科学的所見だった――だから、この夢の中ではね。



ああ、本当に、夢を言葉に翻訳するってのは思っていたよりもずっと骨が折れるな。

現象だけを抽出して繋げば、何て事のない、短い出来事なんだが、バックグラウンドというか、観測者の持つ前提が何もかも違う、それが、話すそばから一々引っ掛かってくるのだからね。


そもそも、こんな事を言い出したら、その世界に居る、夢を視ている僕という存在が一等不条理と言えるかもしれない。

さっきまで、鼠についてのリアルアンリアルが受け容れられずにいたくせに、こういった複雑な仕組みは誰に説明されずともすんなり了承していたのだから。鼠の引っ張るのが「時間の調緒」だと分かった時にも、ああそうか、と、むしろ納得したほどだ。



ともかく、重要なのは「時間」すなわち各々の放出した過去は、各自それぞれの「今」を手掛かりにして辿る事が可能、という点なんだ。

そこで登場するのが「時間の調緒[トキノシラベ]」――簡単に言って臍の緒みたいなものさ。胎児が臍の緒を通じて未知なる外界と繋がっているように、今を生きる者のすべては時間という母体に繋がれているわけだ。

最初からそう言えば解り易かったか。いやしかし、臍の緒とか、時間を母体とか具体的に喩えてしまうとやはり語弊が生じる。それは単純な1本の結び紐ではないし、管のように養分を行き来させる機能も持ってはいない。

時間の調緒は、時間そのものとも違って、それ自体が生物のように刻一刻と形を変える。あちこちで結んだり解けたり、太くなったり細くなったり、増減・伸縮自在のものだ。そのちょっとした加減によって、時間の音律も繊細に影響を受ける。我々が、時間の経過を長いと感じたり短いと感じたりするのも、そういった時間の調緒の微妙な変化に依存しているのだ。


「今」と「時間」の間には、必ず時間の調緒が存在する。

だから「時間」を見つけようと思ったら、先ずは「時間の調緒」を探すわけさ・・・・・・(つづく)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?