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アンドロゲン不応症(AIS)等のXY女性はなぜ女性(female)に生まれ育つのか?

アンドロゲン不応症女性(female)のケイティさん

(1)はじめに


アンドロゲン不応症(AIS)の女の子たち。彼女たちは全くの女性に生まれ育ちます。


 DSDs:体の性のさまざまな発達(性分化疾患)のひとつに,アンドロゲン不応症女性(AIS‐female)という体の状態があります。

 彼女たちの体の染色体は男性に多いXYで,性腺は精巣に近いものなのですが,なぜか彼女たちは女性(female)に生まれ育ちます。

 他にも実はスワイヤー症候群やフレイジャー症候群,SF1症,リポイド化形成などの体の状態で,染色体がXYでも女性(female)に生まれ育つ女性たちがいます。

 こういう女性たちはXY女性(XY‐female)と呼ばれています。

 ではなぜ,染色体がXYでも彼女たちは女性(female)に生まれ育つのでしょうか?


(2)AIS女性等のXY女性(female)に対する誤解


AIS女性のジャズシンガー,イーデン・アトウッドさん

 その前に,AIS女性等XY女性に対する誤解・偏見についてまとめます。

 AIS女性に対しては,「自分は進歩的だ!」と信じる大学のジェンダー系の学者さんやLGBTQの活動家の人々でも(だからこそ?),トランスジェンダーの皆さんの理由付けのために,まるで生贄・人身御供のように,次のようなひどい誤解・偏見を喧伝しています。

  • 「XYでも性自認が女性の人がいる!」

  • 「中身は男性で外は女性の人がいる!」

  • 「男でも女でもない,男女両方の特徴の人だ!」

 ですがそういう人達は,それがどれだけAIS女性などのXY女性(female)の心を傷つけているか,そして実は自分の方がどれだけ固定観念に囚われているか,ヒトの生物学の基本的な知識も欠如しているか全く気が付きません。

 実際に,1950年代以降から最近まで,医療でもAIS女性に対してこのような誤った告知がされ,ショックで自殺をした女性たちがたくさんいたにも関わらずです。

 そういう人達は,自分の理念や理論を推し進めたいだけで,実際の人間のことなんてどうでもよくて,自分のコマのようにしか見えないのかもしれません。

 ですが,自分のほうが先進的だと思い込み,AIS女性を自分の性自認理論の人身御供のように使う人達の方が全く間違っていて,人間の体の性に対する固定観念(社会的生物学固定観念)に囚われています。

 結論から言うと,AIS女性などのXY女性(female)は,トランスジェンダーの皆さんの「生まれた性別と性自認の不一致」の話ではなく,ただ単に生物学的に女性(female)に生まれ育っているだけなのです。

(3)現在のDSDs先端医療では…


 と言っても,一般の皆さんも,一般医療従事者の方でも,「XYで女性」と言うと,DSDs全般もそうなのですが,トランスジェンダーのみなさんの性自認の話と思いがちですよね。

 ですが,現在の欧米のDSDs先端医療では,アンドロゲン不応症(AIS)女性などのXY女性に対しては,「あなたの体は,お母さんのお腹の中で女の子に育っています」と言い切っているのです。

DSDs専門の国際内分泌学会が作成したDSDs性教育サイトの解説

 なぜそう言い切れるのでしょうか?

(4)人間の基本形は女性(female)


 まず知っておかねばならないのは,人間の基本形は女性(female)だということですです。(キリスト教の聖書とは全く逆ですね)。

 これはトランスジェンダーの皆さんの性自認の話ではなく,あくまで生物学的な身体の話です。

 男性(male)は,胎児期8~9週目の精巣から出るアンドロゲンによって,基本形の女性から外性器も男性型になり,男性に発達して生まれてくるのです。(女性の卵巣の発達にはいくつかの遺伝子が関係していることは分かっています)。

 たとえば,(もちろんやってはいけませんが)胎児期早期に性腺を取ってしまうと,その子はXY染色体でも女の子に生まれてくることになります。

 つまり,この時期より前に性腺が発達しなかったり,体の細胞のほうが性腺から出てくるアンドロゲン(男性ホルモン)に反応しない場合は,早期に性腺を摘出したのと同じく,XYの胎児でも女の子(female)に生まれてくるわけです。

 この知識が知られていないので,「XYで女性」と言うと,みなさんMtFトランスジェンダー(男性の体に生まれて女性の性自認を持つ人)のみなさんの性自認の話だと誤解してしまうのでしょうね。


(5)アンドロゲン不応症(AIS)女性とは?

アンドロゲン不応症の女性たち


①アンドロゲン不応症概説

 アンドロゲン不応症(AIS)女性は約20,000人に1人の割合です。日本では約6,000人,世界全体では390,000人ということになります。

 さて,AISの女性たちの体の染色体は男性に多いXYで,性腺は精巣に近いものなのですが,彼女たちは女性(female)に生まれ育ちます。

 なぜでしょう?

 AIS女性たちの場合は,性腺は発達してアンドロゲン(男性に多いホルモン)が産生されるのですが,体の細胞側が,全てもしくは一部しかそのアンドロゲンに反応しないのです。

 この場合も,染色体がXYであろうと,基本形の女性(female)のまま生まれてくるのです。

 ですので時々当事者の方でも「性自認」の話だと誤解している人がいるのですが,XY女性 の場合は,トランスジェンダーの皆さんの「性自認が女性」なのではなく,「基本形の女性(female)で生まれてきた」というのが,現在の生物学での正解なのです。

②AIS女性の性腺は最終的に女性ホルモンを作り出す

 確かにAIS女性の性腺は男性の精巣に近い性腺です。そしてその性腺からアンドロゲン(男性ホルモン)が産生されています。

 ですが,アンドロゲン「不応」症という名前の通り,AIS女性の体の細胞は,そのアンドロゲンを受けるレセプター(受容体)が全てもしくは一部しかないため,体がアンドロゲンに反応しないのです。

 レセプター(受容体)は,花粉症や近年の新型コロナの話題でも聞いたことがある人もいるかもしれません。花粉やウイルスはそれ自体ではたらくことはなく,細胞にそれに合うレセプターがないと体に作用しません。

 それはホルモンも同じです。ホルモンも細胞にレセプターがあってはじめて体に作用するのです。

 そして,アンドロゲン不応症(AIS)女性たちは,性腺からはアンドロゲン(男性ホルモン)が作られているのですが,体の細胞にそれを受けるレセプターが全く,もしくは一部しかないため,どれだけアンドロゲンが作られても,細胞が反応しない。だから基本形の女性(female)のまま生まれることになりますし,思春期にも男性の二次性徴は起きないわけです。

 言ってみれば,アンドロゲン不応症女性は,「細胞がマスクを付けているのでウイルス(アンドロゲン)が入ってこない」ということです。

 そしてAIS女性には,生理以外の女性の二次性徴は起こります。なぜでしょう?

 これは一般的な男性・女性でも同じなのですが,実は体の中で使われないアンドロゲン(男性ホルモン)は,脂肪細胞の中にたくさんあるアロマターゼ酵素によって,女性の二次性徴を起こすエストロゲンに変換されるのです。

 AIS女性の性腺は思春期に多くのアンドロゲンを作り出すのですが,それはほとんど使われないので,アロマターゼ酵素によって大量のエストロゲンに変換されます。AIS女性の体の細胞はエストロゲンに反応するレセプターは普通にあるため,生理以外の女性の二次性徴が起きるわけです。

 また,これはあまり知られていませんが,実は一般的な女性(female)の卵巣の内部でも,一番最初に作られているのはアンドロゲン(男性ホルモン)なのです。

 卵巣を覆う顆粒層にアロマターゼ酵素が大量にあり,一番最初に作られたアンドロゲンがエストロゲンに変換されて体の中に放出されているのです。

 内分泌学というのは,ホルモンのフィードバック機能など,物質的なものだけでなく,機能も重視します。

 そうすると,一般的な女性の卵巣がやっていることも,AIS女性の性腺がやっていることも,アンドロゲンからエストロゲンへの変換ということで,同じとみなすことができるわけです。


②では染色体は?

アンドロゲン不応症(AIS)女性のケイティさん

 と言っても,一般医療のお医者さんでも「XYなら絶対男性」と思う人もいるかも知れません。

 ですが,染色体の構成だけで性別(sex)が決まるというのは,今では古い知識なのです。(これは体の性の話であり,トランスジェンダーの皆さんの性自認の話とは全く異なります)。

 実は,X・Y染色体が「性染色体」と呼ばれるようになったのは,1960年のデンバー会議から。でも本当はその時点でも,X・Y染色体の構成が,女性・男性(female・male)の体の性を決定するとは実証されていなかったのです。

 X・Y染色体の構成だけでは説明がつかないことから,SRY遺伝子がY染色体上に発見されたのは1990年。本当は染色体ではなく,それを構成する遺伝子のほうが重要だということが分かってきたのです。

 以降,SRY遺伝子の他にも,アンドロゲン不応症の責任遺伝子であるAR遺伝子など,女性・男性の体の性の発達にはさまざまな遺伝子が関係しているということが判明しています。 

アンドロゲン不応症女性の責任遺伝子「AR遺伝子」

 さて,アンドロゲン不応症女性の染色体や性腺が「発見」されたのは1953年。今からわずか約70年ほど前に過ぎません。

 逆に言えばですが(この辺が人間の体の性の「社会的生物学固定観念」に囚われているジェンダー系の学者さんも全く気がついていないところでです),1953年以前までは,AIS女性などのXY女性は存在しなかったということです。

 人類誕生は700万年前。AIS等のXY女性がまるで「女性じゃない」かのように言われたのは,たかだか70年ほど前から。

 でも,XYの女性は歴史上ずっと,ただの女性(female)だったのです。


(6)XY女性(female)の体の状態は他にもあります

①スワイヤー症候群

スワイヤー症候群の女性

 XY染色体の女性(XY‐female)は他の体の状態でもあります。

 たとえばスワイヤー症候群の女性(female)。

 彼女たちの体は胎児期早期から性腺が精巣に発達せず,当然アンドロゲンも産生されないため,染色体がXYでも基本形の女性に生まれ育ってきます。

 これも,トランスのみなさんの性自認の話ではなく,あくまで生物学的な身体の話です。

②フレイジャー症候群

フレイジャー症候群の女性

 そして,フレイジャー症候群女性の場合。

 彼女たちもやはり胎児期早期の性腺未発達のために,XY染色体であろうと基本形の女性(female)のまま生まれ育ちます。

③リポイド過形成女性

 さらに,リポイド過形成女性

 彼女たちの場合は,性腺が精巣に発達していても,ホルモンを作るタンパク質の変異により,アンドロゲンを含むホルモン全般が作られず(当然命に関わります),この場合でもXY染色体でも,基本形の女性(female)のままで生まれてきます。


(7)XY女性のよくある質問


全員アンドロゲン不応症(AIS)女性です

①XY女性(female)に性別違和の人はいないのですか?

 一般のみなさんはやはり「XY女性(female)」と言うと,性別違和が多いのではないかと思ってもおかしくありません。ジェンダー型の学者さんはもちろん,一般医療のお医者さんでも誤解しているところです。

 あたりまえですが,一般的なXX女性と同じく,XY女性にも性別違和のある人はいます。でも実際には割合はほとんど変わりません。「XY女性だから性別違和が多い」というわけではないのです。

 よくトランスジェンダーの皆さんの「脳の性分化説」というのがまことしやかに語られることがあるのですが,アンドロゲン不応症の女性(female)は脳の細胞もアンドロゲンに反応しません。そのため「脳の性分化」仮説の上では性別違和は起きないことになります。

 ただ,アンドロゲン不応症の女性でも一般的なXX女性と同じくらいの割合で性別違和があるということは,「脳の性分化説」は当たらないということにもなります。

 そのため現在ではトランスジェンダーの皆さんの性別違和の領域では「脳の性分化」仮説ではなく,発達障害との関連が強いということが多くの質の高いエヴィデンスで示されるようになっています。


②トイレやお風呂について

 トランスの皆さんについての話で,まるでDSDsのある人々のためであるかのように「染色体だけで決めるな!」みたいに喧伝するジェンダー系の人もいますが,そういう人たちこそがトランスの皆さんの性自認の話とDSDsの話を混同し,それを広め続けてきた人にほかなりません。

 大多数の男性(male)の染色体はXYで,大多数の女性(female)の染色体はXXです。これは事実ですで,否定されるものではありません。

 ですが実際には,たとえばXX染色体でもSRY遺伝子が付属していれば,その胎児は男性(male)に生まれ育ちますし,XY染色体でもAR遺伝子の違いがあれば,女性(female)に生まれ育つということもあるということを覚えておいていただければありがたいです。

 ちなみにトイレの区別については,あくまでAIS女性(female)やXX男性(male)などのDSDsについてですが,男性(male)か女性(female)かの「生まれの性別」で大丈夫です。XY女性(female)も外性器は一般的な女性器ですし,XX男性(male)も一般的な男性器です。手術をしてそうなったわけでもありません。



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