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例えばある朝いつものように 2

2.

電車は多摩川をこえたあたりで加速した
水面がキラキラと反射するものだから僕はそれに心奪われた
色んな速度でそれはやってきては僕を通り抜けていった
なぜだかわからないが君に会いたくなった
顔はどうしてだか憶いだせない
いつもの口癖と、匂いだけがやたらに鮮明にこびりついている
ラベンダーのある町からやってきたサヨナラがトレードマークの女の子

僕が駅に着いたのはちょうど正午を過ぎたぐらいだった
いつものカフェには大学生の女子と高校生の女子と
小学生の女子が入り乱れて席を埋めていた
中学生の女子はいなかった

その中にひとり雪子さんは座っていた
季節に取り残されたみたいな厚手のコートを着て
少しだけくたびれた茶色いショートブーツを履いていた
流行りの丸メガネはかけ続けていたら
時代が一周して最先端に躍り出たといった代物にみえた

「ええと、何から話せばいいんだっけ」
雪子さんはそういって少し右往左往したそぶりをした
「とりあえずコーヒーを頼んでくるね、それまでに憶いだしておいて」
僕はそういっていつも通りの足取りでレジカウンターに向かった
何も考えずにいつものブレンドを一つと
雪子さんが確か好きだったココアを頼んだ
テーブルに戻ると雪子さんは嬉しそうな顔をした
それがココアに向けられたものなのか
あの頃と今が繋がって表情を取り戻したのか
今の僕には正直わからなかった
時が流れ過ぎたのだ

雪子さんはココアを一口飲むと
「本当のことは失われてしまったわ」と言った
「うん」と僕は言った
自動ドアが開いてまた一人帰り、また一人やってきた
動いているのはいつも周りだけで
本当は自分は動いていないんじゃないかという夢に取り憑かれた
遠い昔のどこだったかの宇宙人青年のことがふっと浮かんでは消えた
「探しにいくっていうんだね」
僕は他に言葉のないことを知っている鳩のように言った
「そうしようと思っているわ」
雪子さんはまた少しだけ笑った
本当の決意をする時なんでだか人は少し笑う
最後になるかもしれないからかもしれない

雪子さんは時間が経つにつれてやたらに元気になっていった
厚手のコートを脱いで白いシャツで伸びなんかをしたりしていた
後になって驚いんたんだけれどその時間はたった30分ぐらいだった
僕には3時間ぐらいに感じられたんだけれど
雪子さんはどうだったんだろう
そんなことを思いながら僕は仕事場へと向かった

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