【書評】『わたしが消える』佐野広実
年の瀬に、
第66回江戸川乱歩賞 受賞作
佐野広実『わたしが消える』を読了しました。
佐野広実さんは第65回江戸川乱歩賞(前年度)でも最終候補に選ばれた作家さんで、
審査員の方々から「安定した読み心地」を評価されています。
その評価のごとく、『わたしが消える』は
淡々と繰り広げられていくミステリー展開に惹きつけられる作品でした。
語彙がやさしく、
活字が苦手な方や小説初心者の方でも楽しめる作品だと思います。
それでいてコメディ要素もあり、
終始クスっと笑えるやりとりに心温まります。
読んでみると、是非とも家族におススメしたくなる一冊でしょう。
※以下ネタバレあり
主人公は60代男性。
一通りのキャリアを終えて、今はマンションの管理人として平凡な日々を送っているという、the・おじさん。
その男性が、医師に軽度認知障碍を宣告されるシーンから
この作品は始まります。
軽度認知障害はやがて認知症に移行する可能性があり、
投薬はするものの
記憶力が低下していく日々を強いられる。
序章では、主人公への頼りなさがプンプンと匂います。
本作でナゾ解きをするのは、
この軽度認知障害の高齢者、というわけです。
そして何を隠そう、そのナゾ解きをうけて立つ黒幕が、
警視庁、警察庁という莫大な組織。
つまり、
物忘れが激化していく一人の高齢者 VS 日本警察
の戦いが、このお話の本筋です。
なんとも頼りなさげな主人公ですが、
これが作家さんの力量なのでしょう、
読み終える頃には、彼がなんとも頼もしいお父さんのように感じちゃうんです。
一人の人間としての正義を貫き、周囲の言葉を真摯に受け止めつつ、自分を捨てない。
病に侵されている身であっても、生きる事への希望を誇りとして掲げている。
たしかに体は衰えているかもしれないけれど
高齢者だって必死に生きてあがくんだというバイタリティを、
味わうことのできるストーリーでした。
そして、冒頭で述べた通り、
先行き怪しいミステリー展開の中で垣間見えるコメディ要素が
何とも人情のぬくもりを思い出させます。
例えば、高齢者のチャームポイント、禿げ頭。
登場人物の禿げ頭をディスる場面がデジャヴのように繰り返し描写されていて、
滑稽さと共に、高齢者を取り巻く空間がまざまざと伝わってきます。
不意打ちで「ハゲ」というセリフが出てくるものだから、
何度か声に出して吹き出したくらいです(笑)。
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【高齢者社会】【少子高齢化】と謳われ続ける日本。
その現状を、
「若者が」どうするか。
「これからの世代が」どう変えてゆくか。
というように、
今の日本には、高齢者に対する姿勢を若い世代に問いただす機会が多いように思います。
しかし本作を読んで、
「いやまだまだ、高齢者と言ったって、日本の主人公だよ?」
と、
高齢者の方々の背中を誇らしく見つめられるような気がしました。
頼もしい存在って、案外髪が薄くて、腰が曲がっているのかもしれません。