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MICRO BLACK HOLE 2022年01月

新作を熱く語るBLACK HOLEと並行して、面白かった新作を広く紹介していきます。小説に限らず、映画やマンガ、アニメなど、更新月含め二ヶ月間で発表された新作を手広くレビュー。毎月末更新。敬称略。

<国内文芸>

『捜査線上の夕映え』有栖川有栖(文藝春秋)

 待ちわびていた<作家アリス>シリーズの新作である。本作はコロナ禍を舞台にした作品であり、この状況にあらがう火村たちの様子なども描かれる。本格ミステリとしては少しおちゃらけた部分もあるが、しかしこの小説はべらぼうに面白い。誰かの心うちを少しずつ少しずつ覗こうとしていくうちに語られるドラマの完成度が、シリーズでもずば抜けて優れているのだ。読後感も素晴らしく、火村やアリスも肌で感じたであろう海風のような、少しべたつきつつも、それにまさるさわやかさを覚える。<エモい>作品がたびたびヒットしている昨今であるが、ではエモーショナルなミステリとはどういうものかと言われたら、今後はすっとこの作品を差し出したい。また<ミステリ愛好家>有栖川有栖が本文にちらっと顔をのぞかせ、現代国内ミステリシーンをまるっとまとめているのも見逃せない。

『サーキット・スイッチャー』安野貴博(早川書房)

 完全自動運転車が普及し失業者が溢れた至近未来の日本。国内の自動運転アルゴリズム開発を牽引するのは若き天才エンジニア。ある日、彼を拘束した頭脳明晰な犯罪者の口から語られたのは、この国の自動運転アルゴリズムに隠された闇。封鎖された首都高速中央環状線、そこを走る一台の車の中で検証に掛けられるアルゴリズム。映像はリアルタイムで全世界に配信され、配信あるいは車が停止すれば車中の爆弾が起動する。……まるで一本のサスペンス映画のような息もつかせぬテクノスリラーだ。作者が本職のエンジニアだけあって技術面の解像度が極めて高いが、法制度や経済を含めた現代社会の解像度もまたそれに劣らず高く、そうしたシャープな知性を二転三転するプロットが綺麗に補完している。突飛な想像や思弁に逸れることのない「技術」としてのAIやアルゴリズムを地に足をつけて思考する様は、現実がSF化していく現代におけるSFの進化の一形態を示してる。まさに「今後のSF界を担う新たな才能を発掘する」SFコンテストに相応しい作品だろう。

『記憶の中の誘拐』大山誠一郎(文春文庫)

 稀代のトリックメイカー大山誠一郎による<赤い博物館>シリーズの第二作目。力作ぞろいだった前作『赤い博物館』に、負けず劣らずの佳作ぞろいである。個人的な好みは「記憶の中の誘拐」。幼少期の朧気な記憶が緋色冴子の推理によってくっきりと形どられる。他にも「八百屋お七」をモチーフにしながら、その新しい在り方を示した「連火」や物語の飛躍ににやりとする「孤独な容疑者」など、本格ミステリファンにとっては必読の短編集に仕上がっている。

『火群大戦01.復讐の少女と火の闘技場〈帳〉』熊谷茂太(富士見ファンタジア文庫)

 神が人に授けた恩恵たる四精霊——〈地〉〈水〉〈風〉そして〈火〉。数々の災厄を振り撒いてきた〈火〉の精霊持ちは忌み嫌われ〈禍炎〉と呼ばれた。そんな〈禍炎〉を集めて殺し合わせる〈火の祭典〉に参加した少数民族の〈女徒手拳士ゼロフィスカ〉。彼女の目的は村の子どもを鏖殺した者を探し出し、復讐を果たすこと。今回のファンタジア金賞受賞作は独自用語の乱舞する本格派バトルファンタジーだ。差別、迫害、陰謀、殺戮……そんな容赦のない展開と、何より初っ端から飛ばしまくった暴力の濃度が目を引く。主人公の少女はタダでさえ忌み嫌われる〈禍炎〉であるのに加え、共和国では迫害される少数民族の出であり、さらに部族の者たちと異なる白髪赤眼を持った色欠種アルビノ。世界から多重に疎外される彼女の生きる縁となっていたのは純真無垢な村の子らであったが……あとはあらすじの通りだ。とかく血飛沫と焼身の臭いが濃い作品であり、爽快や救済のようなものはあまりない。しかし陰惨な作品が好きな人には間違いなく刺さる。新人らしく尖った一品だ。

『公務員、中田忍の悪徳2』立川浦々(ガガガ文庫)

 中田忍。区役所福祉生活課係長。三十二歳独身。誰相手でも臆すことなく正論をかますが常に致命的にズレている、昆虫のような男。そんな彼の部屋に突如出現したのは色白金髪耳長巨乳の異世界エルフ。忍はこの異常事態から即座に一つの行動を導いた。異世界の常在菌から人類社会を救うため、目の前のエルフを凍結して廃棄するのだ……。そんな衝撃的すぎる第一巻の数日後、最低限の留守番をこなせるようになった異世界エルフ・アリエルと彼女に尊厳ある生活を与える決意をした異常な公務員・中田忍のシュールな共同生活は続く。「エルフは何を食べるのか」のテストに四苦八苦した前巻は一種のファーストコンタクトSFであり、2 LDK一室でほぼ完結する尖りまくった作品だったが、今巻では職場や大学時代の同期も含めた忍自身の生活が語られる。論理的に壊れ尽くした忍の思考回路のキレ味や、愉快な仲間たちとのナンセンスだがテンポの良い掛け合いは健在だ。そんな中でアリエルと会ってからの忍の「変化」が掘り下げられていく。未だに圧倒的なオリジナリティとインパクトを持った怪作であり、忍の思考がドンドン癖になって来る。

『皆のあらばしり』乗代雄介(新潮社)

 つい先日発表された芥川賞の候補にも選ばれた本作。実はこの作品、普段からミステリを読んでいる人にこそぜひ手に取ってほしい。読み方としては正道ではないかもしれないが、そういう面白さもあると確信している。なぜならこの作品のテーマは「偽書」で、その根底に「騙し」の論理の話がひそんでいるからである。ミステリとしてみたときその筋立てはシンプルで、歴史研究会に所属する少年と、ひょうきんな中年男が地元にある「幻の本」の正体を探るといったものである。その読み味はある側面で高田大介の『まほり』や北村薫の諸作に近く、ビブリオミステリとしての楽しさがあるのだ。そして詳しくは言及できないが、本作には大がかりなトリックが仕掛けられている。惜しくも芥川賞は逃してしまったが、今年度のミステリシーンにおけるダークホース的存在になってほしい作品だ。

『虹霓のかたがわ』榛見あきる(株式会社ゲンロン)

 第四回ゲンロンSF新人賞受賞作はチベット仏教×サイバーカルチャー×ストリートダンス。舞台は複合投影機コンプレクス・プロジェクトに飾り立てられた高層僧房の並ぶ近未来のチベット。情報外套を着込んだ隻手の少年僧ペーマは、羅刹女ラクシャシーを纏い仮面舞踊チャムに身を投じる。神秘的なチベットの信仰とスタイリッシュなサイバー技術の交わるところに、肉と個の制約を無化して豪華絢爛なる神々の踊りが立ち現れる。伝統と技術、身体と自我、信仰と経済、個体と群体、拡張と欠損。無数の二律背反を投げ掛けつつ、同時に全てを包摂するような力強さがある。特に舞踊のシーンの美しさは圧巻だ。

『裏世界ピクニック7 月の葬送』宮澤伊織(ハヤカワ文庫JA)

 空魚と鳥子が出会ってから作中では一年。その時間の流れを回想しつつ「彼女」との決着をつける、「第一部完」とでも言いたくなるような一冊だった。SFと百合とオカルトが相互に作用し合う論理(あるいは超-論理)の切れ味は相変わらず、そこからさらにファーストコンタクトものの定番へと進んでいく論法が面白い。本作の背景はあくまでSFであり、怪異を解体するだけでなくそのメカニズムを解明して工学する物語なのだということを思い出させてくれる。キャラ同士の関係性では小桜の「大人」な横顔が光る。というか小桜回だったね。どこか破綻した人物がデフォルトな世界で「真っ当」であることがここまで魅力を放つものなのか思う。

『コロウの空戦日記』山藤豪太(GA文庫)

 独裁者の煽動で突き進んだ戦争の果てに追い詰められ、連日敵国の爆撃を受けるまでになったコクト国。物資も戦力も既に危機的水準に達し政治的には孤立し、もはや敗戦までの時間を無為に伸ばし続ける末期戦の中、最前線で敵爆撃機を撃墜し続けるエリート部隊。そこに配属された新人はまだ幼さを残しつつも死を求める女性パイロットだった。タイトルの通り、その女性パイロット・コロウの日記という変わった形式で綴られる戦争ものだ。硬派な作風だがコロウの冷静沈着さのゆえに末期戦の絶望よりはそこで生きる兵士たちの息遣いや会話が印象深い。そうした戦場の雰囲気を補強しているのが豊富なミリタリー知識で、エンジンや燃料といった工学的な内容に踏み込みつつも万人に伝わるよう噛み砕いており、堅苦しい戦争ものが苦手な人にもオススメできる。

<映像作品>

『バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』

 バイオハザードの映画といえばミラ・ジョボヴィッチがサイキック銃撃戦を繰り広げる超人アクションのイメージがどうしても強い。そこで初心に戻って王道なゾンビものとしてのバイオを描こうとしたのが本作だ。霧煙る廃れた企業城下町、幼い頃の記憶とシンクロする不気味な児童養護施設、混乱の中で右往左往し息絶えていく市民たち……。主人公たちには卓越した運動能力も超能力もなく、圧倒的に情報が不足している中で彼らは次々に死んでいく。事態の核心は僅かに匂わされるが彼らがそれを追求したり、ましてや黒幕の打倒に動くこともない。そんな極めて王道なゾンビものとなっているのだが、王道すぎて特に驚くようなところはなく、同時に原作ファンへの目配せが多く未プレイ勢には今ひとつ釈然としない部分も目立つ。しかし原作ファンからすると不満なところもあるようであり……。こう書くと全くダメなように見えてしまうかもしれないが、一つのゾンビ映画としては楽しめる作品にはなっている。何よりノスタルジックな前世紀っぽいシーンや会話が多いのが楽しい。

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