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アロマセラピー/アロマヒーリングって科学的根拠あるの?

今回はアロマについて取り挙げてみます。アロマオイルやエッセンシャルオイルは香りで部屋を満たし、気分を変えたりリラックスするのに役立ちます。瞑想においても香りは五感の中で重要な要素です。焼き魚の匂いやカレーの匂いの中で瞑想に集中できる人は少ないですが、イランイランやラベンダーなど部屋の香りを変えることでリラックスしたり集中効果を高めることもできます。

アロマオイルを使ってリラクゼーションあるいは何らかの症状改善効果があるとされるアロマセラピー/アロマヒーリングという施術も行われています。もちろん日本国内で医療行為としては認可されていませんが、精神的または身体的なリラックス効果などが期待されて実施されています。アロマセラピーの資格も存在し(*1, *2, *3)、引用した以外にも大小様々な団体がそれぞれのアロマセラピーの資格認定を行っています。このアロマセラピー/ヒーリングというものが心身に及ぼす影響に科学的な根拠があるのか?という点について掘り下げていきたいと思います。

基本的な部分ですが「アロマ:aroma」とは英語で「芳香・香り」を意味しますが、ギリシア語・ラテン語に由来しており、ラテン語でaromaは「香料」という意味があるようです(*4)。

使用されるオイルはエッセンシャルオイル(精油)アロマオイルに分けられ、エッセンシャルオイルとは植物(花・葉・果皮・果実・樹皮、等)から抽出した天然の素材で芳香成分を高濃度に抽出したもの(*3)とされているようです。これに対してアロマオイルとは天然成分以外にもアルコールや合成香料など人工的な成分も加えられたものを含むようです(*5)。アロマセラピーには一般的にエッセンシャルオイルが使用されるようですが、団体や協会によって言葉や施術の定義が異なる場合もあるようです。


ここから本題ですが今回取り挙げる研究は「Effectiveness of Aromatherapy Massage in the Management of Anxiety and Depression in Patients With Cancer: A Multicenter Randomized Controlled Trial.(がん患者の不安や抑うつに対するアロマセラピーマッサージの効果:多施設ランダム化比較試験 *6)」というタイトルのものです。

今回はアロマセラピーの効果の有無を見ていくと同時に、どうやって効果があるかないか科学的に判別するのか、という研究手法も解説していきます。

こちらの研究論文はJournal of Clinical Oncology (*7)という医学学術誌であり一般の方には馴染みがないですが“かなり権威のある(信憑性の高い)学術誌”と思って頂くと良いです。そしてこの研究のクオリティですが、「ランダム化比較試験」というのは「均一な条件の被験者をランダムに2グループに振り分けて、その差を厳密に比較した」ことを表しています。つまり、その因子(今回はアロマセラピー)の影響だけを計測しやすい研究デザインです。

さらに「多施設試験」というのは「1施設の小規模な試験ではなく、多くの施設で実施されたデータを解析した」ことを示しています。これは多くの施設で行われることで1人の医師や少人数スタッフのバイアス(例えば研究主導者ややる気に満ちた職場スタッフ集団だとポジティブな解釈になりがち、など)が混ざりにくい、より公平性の高い研究デザインです。

つまりは、「多施設&ランダム化比較試験」というタイトルを見るだけで非常に厳正でクオリティの高い研究であることが分かります。

ではこの臨床試験の概要を見ていきます。

・対象選択
対象となったのは“イギリス国内の5つの施設におけるがん患者さんで不安や抑うつ症状のある人”に絞られたようです。ここでも厳密に研究参加者がスクリーニング(選別)され参加者が絞られていきますが、その過程が図3に示されています。

まず最初に2555人が「補完代替療法の適応となるがん患者」として候補に挙げられます。しかし、「研究への参加を希望しなかった」人が848人、「既に別の支持療法を受けている」人が1184人、これらの人達が候補から外されて523人に絞られました。

次にその523人を「不安/抑うつ症状」という観点からスクリーニングしていきます。ここで「研究への参加を希望しなかった」人が7人、「全く精神症状がない(172)/精神科的な治療を要する(40)/他の除外規定に該当(16)」という人が計228人除外され、最終的に288人が比較研究へと登録されました。

なぜこのようなステップで約9割もの対象者を厳正に選別するのかというと、できるだけアロマの影響が分かるように「参加者を均一にする」のが目的の一つです。そして同時に「都合の良い症例(例えば、“研究者の意に沿う反応をしそうな人”)だけ選んだりして結果が恣意的になるのを防ぐ目的もあります。


・ランダム化割り付け
先程288人が参加者として選別されましたが、次はこれらを無作為(ランダム)にアロマセラピー群と通常療法群(アロマセラピー無し)に割り付けます。この手順は多施設研究の場合は登録センターでランダムに割り振られることが多いです。つまり、研究者の医師も患者本人も「どちらに割り振られるか分からない」という条件で行われます

アロマを受けたい人をアロマ群に入れてあげたらいいじゃない」と感じた人もいるかもしれません。但し、そうすると「アロマの効果を知っていてアロマが好きで期待している人がそちらに偏ってしまう」ことになります。そうなると当然公平なデータにならなくなってしまいますね(この時点で研究デザインを間違うと数年かけたデータが無駄になるおそれもあります)。

このため「アロマセラピーが好き/嫌い、経験あり/経験無し」関係なくランダムに割り振られました。図4に示すようにその後の離脱や辞退例を除外してアロマセラピー群の106人、通常支持療法の115人のデータが解析されました。

しかし「もしアロマセラピーが明らかに効果的であった場合にアロマ群に割り当てられなかった人達が不利益を被るのではないか」と思った人もいるかもしれません。そこは「解析期間(約10週間)が終わった後で自由に受けられますよ」とフォローすることで研究の倫理審査委員会からも承認されています(ちゃんとした研究はこの辺も周到に計画されています)。


・施術内容
アロマセラピー群:通常の支持療法に加え、アロマセラピー(アロマを体に塗りマッサージを行う施術)を週に1回1時間、それを4週間受けるコースに割り当てられました。施術には20種類のエッセンシャルオイルが用いられ、施設間で差がないようにアロマセラピストの間で共通したプロトコルが用いられました(下のアロマセラピーの画像はイメージで研究とは直接関係ありません)。

通常支持療法群:こちらは従来の診察や投薬やカウンセリングは受けられますが「解析期間中はアロマセラピー/マッサージは受けない」という条件に割り当てられました。

・評価方法
主な効果の指標として「不安(Anxiety)/抑うつ(Depression)」が評価対象となりました。
「不安」の評価法としてState trait Anxiety Inventory (SAI: 状態特性不安検査, *8)というものが用いられました。これは不安を被験者の主観によるアンケートでスコア化するものです(例:私は不快感を感じている・・1[全くない]〜 4[とても感じる])。約20の設問に回答することによって不安という計測困難なものをある程度数値化することができます。

もう一つの「抑うつ」についてはCenter for Epidemiological Studies Depression (CES-D:うつ病自己評価尺度, *9)を用いて被験者の主観によってスコア化されました(例:私は悲しい気分だ・・0[全くない]〜3[とても感じる])。

他の項目として「疲労感/痛み/吐き気/等」がそれぞれ自己申告でスコア化され解析されました。

精神科医による面談での不安/抑うつの診断(SCID: Structured Clinical Interview for DSM-IV, *10)も行われましたがもちろん診断した医師らも「被験者がどちらの群に割り付けられたか」は知らずに診察しています。

これらの各項目は「割り付け時(治療前)」「割り付けから6週後」「割り付けから10週後」の時点で評価され比較検討が行われました。


・結果
主な結果を図6に引用します。
表が細かくて分かりにくいかもしれませんが、青枠が「アロマセラピー群」で黄枠が「通常療法(比較対照)群」です。そして「初期/6週後/10週後」の順にデータが並んでいます(色枠は原文には無くこちらで記載したもの)。

この中で注目する点は赤枠の部分です。この中で左側にSCIDと書かれているのが「医師面談による不安抑うつの診断」で、6週後の時点でアロマセラピー群が64%改善、通常療法群が48%の改善で「アロマセラピー群に有意な症状改善が見られた(p=0.01. ※p値が小さいほど統計学的に有意)」ということが示されています。10週後もアロマ群の方が改善率が良いですが統計学的に有意差までは出なかったようです。

次は赤枠2段目のSAI(状態特性不安検査)に注目してみると、6週目の時点でアロマセラピー群が平均6.5点の改善、通常療法群が平均3.1点の改善と「有意にアロマ群が良好(p=0.04)」でした。さらに10週目の評価でもアロマ群が平均6.6点の改善、通常群が平均3.2点の改善でこちらも「有意にアロマ群が良好(p=0.04)」であったと言えます。つまり、「アロマセラピー群は6週目でも10週目でも通常療法群より有意に不安症状を改善した」ということが結果で示されました。

それ以外の「痛み/倦怠感/吐き気」に関しては良い傾向のものからほぼ影響しないものまであるようですが、統計学的に明らかな効果があると言えるものは無さそうでした。

これらの結果を踏まえ、研究著者らはがん治療における補完代替療法の一環としてアロマセラピーの不安心理状態に対する一定の効果が示されたと結論づけています。

・アロマセラピーの内容
この研究論文に記載されている内容はここまでで、具体的にどのようなエッセンシャルオイルが使用されているのかについては詳細が記述されていませんでした。そこで同じような過去の研究を調べたところ、同じ英国Marie Curie Cancer CareセンターのSusie Wilkinson氏からアロマセラピー/マッサージ療法に関する研究論文が公開されていました(*11)。

同施設の過去の研究によるとローマンカモミール(Roman Chamomile)のエッセンシャルオイルで精神的効果が得られたことが記されています。このことから先に紹介した研究でもローマンカモミールのオイルが使用されていた可能性が高そうです。

ローマンカモミールとはキク科の多年草で日本ではローマンカミツレとも呼ばれるようです(*12, *13)。見た目は上の画像のような白い花で名前は知らなくとも見たことはある人は殆どではないでしょうか。もう一つのカモミールとして有名なジャーマンカモミールとは似ていますが分類上は少し異なるようです。

香りとしてはリンゴのような香りを持つとされ、古来から薬用にも用いられたとの記載があります。販売されているローマンカモミールのエッセンシャルオイルをいくつか見てみるとやはり抗ストレス作用や抗不安作用を記載しているサイトが多いです(*14, *15)。こういったアロマオイルやエッセンシャルオイルに記載されている効果・効能は「本当かどうか分からない」といった疑問もあったのですが、今回の医学研究を見ると「昔からの経験則が科学的に証明された」と言っても良さそうです。

・注意事項
ここで注意点ですが、「ある種のアロマやエッセンシャルオイルが医学的に特定の症状改善効果を持つ」ことは事実と言えそうですが、「商品や施術にそのような効果効能を謳って良いかどうか」というのは日本の法律の問題もあります。医師法や薬機法などの法律が日本にはありますので医療行為のように宣伝すると違法になる場合がありますので関係者の方はよくご存知と思いますが「科学的基盤と法律は別問題」という点はよく認識しておいてください(*16, *17)。

今回はアロマセラピーが医学的に実際効果があるのか?という観点で研究を取り挙げてみました。結論としては「かなり厳密な多施設ランダム化比較試験において不安や抑うつ(特に不安)に対してアロマセラピーは有意な改善効果を示した」と言えるようです。また、アロマセラピーという医療としてはまだ認知されてない療法が権威ある医学誌に掲載されたのは大きな前進なのではないかと思います。「良い香り」だけではなく「心身への良い効果」が広く認知され、「症状を改善する療法」として医療の一部として受けられるようになることを期待したいです。

(著者:野宮琢磨)

野宮琢磨 Takuma Nomiya 医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用:
*1. 日本アロマセラピー学会
https://aroma-jsa.jp
*2. 日本統合医学協会/メディカルアロマセラピー
https://www.medical-aroma.jp/medicalaromatherapy/ 
*3. 公益社団法人 日本アロマ環境協会
https://www.aromakankyo.or.jp 
*4. “香辛料もアロマ” itacica.com
https://itacica.com/giapponese-italiano/moda/371/ 
*5. アロマオイル−Wikpedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/アロマオイル 
*6. Wilkinson MS, et al. Effectiveness of Aromatherapy Massage in the Management of Anxiety and Depression in Patients With Cancer: A Multicenter Randomized Controlled Trial. J Clin Oncol 25:532-539. 2007
https://ascopubs.org/doi/10.1200/JCO.2006.08.9987
*7. Journal of Clinical Oncology, An American Society of Clinical Oncology.
https://ascopubs.org/journal/jco 
*8. Spielberger C, Gorsuch R, Lushene R, et al. Manual for the State-Trait Anxiety Inventory. Palo Alto, CA, Counseling Psychologists Press, 1983
*9. Radloff L. The CES-D scale: ‘A self report depression scale for research in the general population’. Appl Psychosoc Meas 1:385-401, 1977
*10. First MB, Gibbon M, Spitzer RL, et al. Structured Clinical Interview for DSM IV Axis 1 Disorders Version 2.0, 4/97 revision. New York, NY, Biometrics Research Department, New York State Psychiatric Institute, 1997
*11. Wilkinson S et al. An evaluation of aromatherapy massage in palliative care. Palliative medicine 13:5, 1999. https://doi.org/10.1191/02692169967814834 
*12. ローマンカモミール−Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/ローマンカモミール 
*13. カモミールの植物学と栽培−メディカルハーブ事典https://www.medicalherb.or.jp/archives/166856 
*14. ローマンカモミール・エッセンシャルオイル FLORIHANA
https://www.florihana.co.jp/?pid=159368325 
*15. カモミール・ローマン enherb
https://www.enherb.jp/shop/g/ge210602-11/ 
*16. 薬機法とは?−契約ウォッチ編集部
https://keiyaku-watch.jp/media/hourei/yakkihou/ 
*17. 【事例あり】薬機法違反の原因や罰則、対策を解説|注意すべき表示例もDigitalMarketingBlog. https://digitalidentity.co.jp/blog/pmd-act/violation-case.html 

画像引用
a. https://unsplash.com/ja/写真/ukZazKwQpec. Photo by Priscilla Du Preez
b. Image by jcomp on Freepik. https://www.freepik.com/free-photo/beautiful-woman-having-back-massage-feeling-visibly-good-during-oil-massage_1603471.htm
c. Image by ededchechine on Freepik. https://www.freepik.com/free-photo/branch-chamomile-flowers-armrest-chair-closeup-selective-focus-home-interior-ideas_26691453.htm
d. Image by orchidart on Freepik. https://www.freepik.com/free-vector/elegant-beautiful-white-daisy-flower-isolated_13417785.htm
e. https://www.pexels.com/. Image by MART PRODUCTION

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