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一隅を照らすシリーズ♯3・・・「この曲」の「この楽器」に注目してみよう!〜「ペトルーシュカ」の隠れた主役!トランペットは「ハードスケジュールのスター」なのだ!(後編)

新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。《たまに指揮者》の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回と次回は「一隅を照らす」シリーズ第三弾!11月27日(トリフォニーシリーズ)、11月29日(サントリーシリーズ)開催の定期演奏会のメインプログラム、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」の影の主役「トランペット」の後編です!これを読んで「ペトルーシュカ」を聴くと…今までとは「違った景色」が見えるかもしれません。

前編では、曲の第2場までのトランペットとコルネットの活躍を見てきた。後編は第3の場面「ムーア人の部屋」から終幕までを見ていきたい。ここまでの音楽でもトランペットとコルネットは影でもひなたでも大忙しだった。分刻みのスケジュールで活動する芸能人並みの活躍を見せていたが、ここからが「本当の見せ場」」といってよい。

まずは「バレリーナの踊り(コルネットで)」と題された部分。この曲は「ペトルーシュカ」の中でのコルネットのハイライトとも言える部分で、オーケストラ曲における、トランペットの数多ある名旋律の中でも特に有名な旋律の一つだ。(譜例1)


譜例1

譜例1


小太鼓のリズムに乗って奏されるメロディーは、軽快で聴く人の心をワクワクさせるような旋律。コルネットやトランペットが演奏するにふさわしいこの旋律は、軽快なタンギングで吹く部分と、レガートといって滑らかに吹く部分、色々なヴァリエーションのスラー(二つの異なる音を繋げて演奏すること)が混在し、それらが組み合わされてできていいる。そのためこのメロディーはトランペット奏者の技量を多方面から推し量ることができるため、オーケストラのオーディション等での課題になることも多い。そのためオーディション等が近づくと、至る所でこの部分を練習する音が聞こえてくる。トランペット奏者にとって非常に重要であり、オーケストラのトランペット奏者にとっても、ある意味「思い出深い」曲なのかもしれない。

その直後「ワルツ」と題された、バレリーナとムーア人の踊りの部分に入る。男女の甘いデュエットを彷彿とさせる部分で、フルートのソロとコルネットのソロがその男女の踊りを表現している。木管楽器の中でも非常に華やかな存在といえるフルートと、金管楽器のスターであるコルネット(トランペット)の共演は、まさに「スター揃い踏み」といった感じだろうか。ソロ活動でも大スターの歌手の男女2人が、時折デュエットで歌うようなことがあるが、まさにそのような部分がこの「ワルツ」である。(譜例2)


譜例2

譜例2


このゆったりしたワルツの中でも、コルネットは技巧的なタンギングを使用して演奏しなくてはいけない部分がある。甘美な印象の中においてもコルネット奏者は忙しく働いている。(譜例3)


譜例3

譜例3


その後曲は「ペトルーシュカの登場」という、仲睦まじく絡み合うムーア人とバレリーナの部屋にペトルーシュカが乱入する場面へと移る。この部分でペトルーシュカの登場を示す、3連符が特徴的な旋律がトランペットによって演奏される。この旋律は第2場でも登場した、楽曲の中で特に重要な動機である。(譜例4)


譜例4

譜例4


この部分ではトランペット1番が演奏する動機が展開し、トランペット2番やコルネット2番と重奏されたり、トランペット1番、トランペット2番、トロンボーン1番、トロンボーン2番と3番と動機がリレーされていく部分がある。この部分では他の金管楽器とのアンサンブルの醍醐味を味わうことができる。たくさんの人が音型を揃え、音量を揃え、音程を揃えるということは、とても単純なことではあるが、とても難しいことでもある。このような部分にこそ「プロのワザ」を見ることができる。(譜例5)


譜例5

譜例5


場面は4場「謝肉祭の夕景」へと移る。しばらくしてトランペット1番と2番のデュエットが数小節ある。この部分では5連符(1拍の中を5等分に分けた音符)で2つのパートが絡み合うのだが、この5連符というのもなかなか「厄介」なものである。スターの苦労は絶えることがない。(譜例6)


譜例6

譜例6


ホルンとヴァイオリンが気持ちよく旋律を担当している裏で、トランペットはまるで「修行」の如く8分音符を、まるで基礎練習のように演奏している。「少しは休ませてくれよ・・・」という心の声が聞こえてくる気がしてくるが、トランペットはその与えられた任務を着実に遂行していく。(譜例7)


譜例7

譜例7


8分音符だったものが、今度は16分音符に・・・ストラヴィンスキーはトランペット奏者に何か恨みでもあるのだろうか?それとも愛ゆえの多用なのか?(譜例8)


譜例8

譜例8


トランペット奏者のストレスが頂点に達するか!と思われた瞬間、トランペットに「美味しい」メロディーが登場する。なんという絶妙なタイミングなのだ!(譜例9)


譜例9

譜例9 


しかし、それも束の間、今度はピアノ(音量を小さく)で細かい音符を演奏し続けなくてはいけない部分がある。トランペット奏者の「心の声」を妄想してみる・・・「この部分、木管と弦楽器でよくないか?」という声が聞こえてきそうだ。しかしながら、この部分でトランペットとコルネットに与えられているものは、他の楽器の動きにはないもので非常に重要なものなのだ。(譜例10)


譜例10

譜例10


「行商人とロマ(ジプシー)の娘たちの踊り」と題された部分では、ミュート(弱音器)をつけたトランペット1番と2番が掛け合いをしながら旋律を担当する。ここまで読んだ方は薄々気づいているとは思うが、「ペトルーシュカ」のトランペットには「チームプレイ」の要素が非常に多く含まれている。他のオーケストラ作品でもそれは同じなのだが、この「ペトルーシュカ」においてはそれが特に目立っている。(譜例11)


譜例11

譜例11


続く「馭者(ぎょしゃ)と馬丁(ばてい)の踊り」の部分では、勇壮な曲想の中でトランペットはじめ金管楽器の能力と適性を最大限に活かした音楽が繰り広げられる。もちろんメロディーを担当する部分も多いのだが、時折「合いの手」を入れさせられたり、単純な裏打ちリズムを演奏させられたりと、ここでもストラヴィンスキーの「トランペット使い」は荒い。(譜例12)

譜例12



次の場面、謎の悪魔が登場して踊りまくる場面がある、そこではコルネットとトランペットにはそれぞれ異なる役割が与えられており、コルネットはホルンとともにリズミカルな音楽を、トランペットはトロンボーンとの掛け合いで重厚な音楽を担当している。(譜例13)


譜例13

譜例13


場面は人形芝居小屋からペトルーシュカとムーア人が出てきて喧嘩をする場面へと移り、曲はいよいよ大詰めとなる。その導入部分でもトランペットとコルネットが不吉な物語の開幕を告げるような音楽を演奏する。(譜例14)


譜例14

譜例14


ムーア人との喧嘩に敗れ、ペトルーシュカは刺されてしまう。パトルーシュカの死に広場が騒然とする中で人形使いの怪しい魔術師が登場。その場を収めたのち人形使いは、雪の中で芝居小屋の屋根の上にぺトールーシュカの亡霊を見る。それに恐れおののいてその場から逃げる場面だ。トランペットがそれを象徴するパートを担当している。この部分もまた、トランペットの最大の見せ場であり、この曲のハイライトだ。そしてこの印象的なトランペットの鋭い不協和音の響きとともに曲は終わる。(譜例15)


譜例15

譜例15


このように「ペトルーシュカ」という作品において、トランペットパートが八面六臂の活躍をしていることはお分かりいただけたと思う。時にはスポットライトを浴び、舞台の中央で輝く存在として、また時には涙ぐましいサポートを人知れずしている・・・それが「ペトルーシュカ」におけるトランペットなのだ。「危険手当」や「特別手当」のようなものが、もしオーケストラにあったとしたら・・・「ペトルーシュカ手当」というものをトランペット奏者には支給してもよいのではないかと思ってしまう。もちろん他のソリストにも「手当」を支給しなくてもいけないものがあるが、トランペットには気持ち多めの手当があればいいのに・・・と思わずにはいられない。

会場でお聴きになるお客様には、是非ともカーテンコールでトランペットセクションが指揮者に促されて起立した際には「万雷の拍手」と「ブラボータオル」でその健闘を称えていただきたい。

再び1990年、僕のはじめての「ペトルーシュカ」体験の日に戻る。終演後は年に数回しか来ない「東京からのプロ」の演奏会ということもあり、純情な田舎の少年は勝手知ったる地元ホールの裏口から、当日のマエストロ井上道義さんのサインをもらうべく侵入を試みたが、楽屋口付近でステージマネージャーかオーケストラの事務局の方に「今日はマエストロは誰にも会わないし、サインもしないからここにいても無駄だ!」とキツく言われた。失意のなかでホールを後にしようとしたところで、オーケストラの楽員さんの控室になっていた部屋を発見し、怖いもの知らずの高校生は失礼なことに部屋に侵入して、そこにいた憧れのオーケストラメンバーに握手をしてもらったことは忘れがたい思い出だ。

そのなかの一人で、とても華のある、そしてカッコよさのなかに親しみやすさを感じる男性が帰り際に声をかけてくれ、しばらく高校生の我々とオケの話や楽器の話、音楽の話をしてくれた。その話はとても面白く、また有意義で、これまで知ることの出来なかったことばかりだった。その話に僕の胸が躍ったのを今でもよく覚えている。

その方は楽員が乗るバスが発車をするギリギリまで、田舎の見知らぬ音楽少年たちに色々な話をしてくれた。そしていよいよバスに乗り込むべくその方が会話を終える直前に、その方がトランペットの首席奏者でスター的存在だったOさんであることを知った。あのトランペットが大忙しの「ペトルーシュカ」を吹き切ったあとに、かなりの疲労困憊のなかでも、そのようなことはおくびにも見せずに、僕たちのような名もなき田舎の吹奏楽少年たちに音楽やオーケストラのことをたくさん話してくれたのだ。当時はペトルーシュカのトランペットことをあまりわからなかったのだが、今思うと本当にありがたく、嬉しい気持ちになる。そして今、音楽に携わる仕事についている自分もまた、Oさんのように全国各地の音楽を愛好している少年少女たちに接していきたいと思っている。

僕にとっての「ペトルーシュカ」の思い出は井上道義さんであり、新日本フィルであり、そしてOさんとの思い出なのだ。そして今回、運命の悪戯か井上マエストロ、新日本フィルのコンビで「ペトルーシュカ」が演奏される。30年の時を超え、このコンビでの「ペトルーシュカ」は僕の中でどのように響くのか、コンサートが楽しみでならない。

余談だが、当時もらえなかった、その演奏会の井上道義さんのサイン色紙は現在、僕の秋田の実家にある。当時、市の主催行事を市の文化施設で開催する際の「影アナ」を市の職員であった僕の母が全て担当しており、当日の演奏会も影アナとして舞台袖にいたのである。その関係で出演アーティストのサインをいただくことができたのだ。内外の指揮者、ソリストのサイン色紙の中でも、これは僕にとって思い出深いもののひとつとなっている。

(文・岡田友弘)

【新日本フィルで「ペトルーシュカ」を聴くことができるコンサート】

#638 〈トリフォニーホール・シリーズ〉

2021年11月27日(土)14:00 
すみだトリフォニーホール

#638 〈サントリーホール・シリーズ〉

2021年11月29日(月)19:00 
サントリーホール

指揮:井上道義

武満徹:弦楽のためのレクイエム(井上道義・尾高忠明/2021年版) 
モーツァルト:交響曲第39番 変ホ長調 K.543
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ストラヴィンスキー:バレエ音楽『ペトルーシュカ』(1947年版)

詳細は新日本フィルのウェブサイトをご覧ください

【執筆者プロフィール】

岡田友弘(おかだ・ともひろ)
1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆も行っている。日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッスン&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中

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