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【歴史小説】第39話 鵺退治②─源頼政─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


 近衛帝を夜な夜な苦しめる化け物の特徴がわかった。

 一言でまとめると、人のうめき声にも似た鳴き声を発し、空を飛ぶことができるうえ、獣のように鋭い爪を持つ。

(空を飛ぶのか)

 空を飛ぶ敵への対策は、狐火でもしっかりできる。だが、結界を張るタイプのモノであった場合は、効かないことがほとんどだ。

(力を高めるために、山に籠って修業でもしてくるか)

 山ごもりも考えてみる。

 九尾の狐を逃し、封印中に力を増した清盛の中にいるモノにも負けてしまったからだ。もし、盛国が来ていなかったら、確実に殺されていた。

 だが、山籠もりをするにしても、金と時間がいる。だが、それ以前に修業中に近衛帝が崩御してしまえば、元も子もない。

(仕方ない。弓矢の使い手を頼るか)

 泰親は、弓の使い手を頼ることにとした。


 後日、泰親は内裏へ向かった。誰に化け物退治を任せるか、近衛帝やその側近と相談するためである。

 平忠盛、平忠正、平教盛、平頼盛、源義朝、源義康、源義重、源信義、源頼政、源光保、上総介平広常、三浦介平義明、鎌田権介藤原正清、渋谷金王丸……。側近との話し合いで、十数名の武士の名前が出てきた。

 ここからさらに、候補を絞っていく。

 義朝やその他家臣に関しては、官位が低いので昇殿をするための手続きがいるということで、候補から外された。その他源氏の諸流は
残ったのは、忠盛と忠正、そしてその息子教盛と頼盛、頼政、美濃源氏の光保であった。


 候補が決まったあと、泰親は先ほどの会議で議題にのぼった武士の名簿を持って、近衛帝の御前に上がった。

「この人にしてください」

 近衛帝は源頼政の名前を指した。

「わかりました」

 泰親は源頼政のところに、筆で丸をつけた。

(なかなかいい侍を選んだな)

 源頼政。

 土蜘蛛や酒吞童子を退治した伝説の人物源頼光の直系子孫、いわば清和源氏の本家当主にあたる。代々四位や五位の官位をもらい、滝口の武者として帝を守護している。

 その頼政であるが、泰親と同じ異能の者の持ち主であるため、賀茂神社の斎院の開かずの間で時々顔を合わせている。

(頼政なら、上手く事が運ぶかもしれん)


   2


 強い日射しが照り返し、築地と人の流れが絶え間なく続く都の通りを真っ白に染めていた10日後の昼。

 泰親は人の形をした式神たちに牛車を引かせ、近衛松原にある頼政の家へと向かった。

「どちらはんか?」

 出てきたのは、威勢の良さそうな14歳ぐらいの元服したての少年だった。

「安倍です」

「安倍って、あの安倍晴明(あべのせいめい)の安倍か?」

「そうです」

「陰陽師がこの屋敷に何の用や?」

「ここの主人の頼政さんに、妖怪退治の手助けを依頼したくて、参りました」

「ほうほう。最近帝のお体の調子が悪い、ってよう聞くんやが、そのことか?」

「はい」

「ついて来い。案内したる」

 少年は泰親を御殿まで案内した。


 頼政は矢場で弓の練習をしていた。

 張りつめた弦に矢をつがえる。

 矢を放った。

 空気をつん裂く甲高い音を立てながら、矢は的に当たる。

「もう一発」

 頼政は再び矢をつがえ、放とうとしたときに、

「殿、お客さんや、早よ上がり」

 少年が泰親を連れてやってきた。

「そうですか。遠藤くん、いつも申し訳ないね。おや?」

 頼政は知っているような顔をして、

「泰親殿ではありませんか? いかがしましたかな?」

 と聞いてきた。

「少し話がありまして」

「そうですか。暑いですから、中でお話しましょう」

 懐から取り出した手ぬぐいで頼政は汗を拭き、御殿の中へ入る。


   3


「お茶ができましたよ」

 先ほどの遠藤少年と同い年ぐらいの少年は、主人頼政と客の泰親に茶をふるまった。

 冷えたお茶をちょびっと飲んだあと、頼政は、

「言い忘れていましたが、出迎えてくれたのは遠藤盛遠(えんどうもりとお)、お茶を持ってきた少年は渡辺渡(わたなべのわたる)といいます。二人とも私の郎党です」

 近くにいた二人の郎党を紹介した。

「よろしくお願いします」

 紹介された盛遠と渡は、礼儀正しく礼をする。

「よろしく」

 頼政の近くにいた少年二人に、泰親は軽く会釈をして続ける。

「頼政殿、近ごろ帝の容態がよろしくないことはご存知でしょうか?」

「ええ」

 頼政はゆっくりとした口調で言い、うなずく。

「それでなのですが、その体調不良の原因は、物の怪なのです。その物の怪は、空高く飛ぶことができますので、私の術では倒せません。どうか、弓矢の名手である頼政殿のお力添えをよろしくお願い致します」

 泰親は白い狩衣の懐から、勅令が書かれた書状を取り出し、頼政に渡した。

 書状を広げた頼政は、一通り目を通した後、

「朝敵を倒すことならば話はわかりますが、物の怪退治は専門外です。力を使えば容易くできます。が、貴方も知っているとは思いますが、陰陽師や神官、僧侶ではない我々のような力の持ち主は、人前で力を使うのは禁じられています」

 と断った。

「確かにそうですが、今回はどうしても弓矢が使える者、それも達人の力が必要なのです。どうかお力添えを」

 泰親は頭を下げる。

「できないものは、できません」

「そこを、何とか」

「できないものは、できない! 帰れ!」

 頼政は一喝した。

「そこをどうにか」

 泰親は頭を下げる。

「……」

 頼政は無言で部屋を出た。

(帝から直々の指令が来るとは……)

 頼政は頭を抱えた。

 少年のころより、武士としての弓馬の道や剣の修行に邁進してきた。元服してからは、滝口の武者として歴代の帝に仕えてきた。そして父より摂津源氏に伝わる力を継承し、この国を霊的に守る八咫烏の一員となった。

 以来一介の武士として、何事もなく、歳をとって、気がつけば四十の祝いを迎え、五十の祝いを迎えようとしている。そしてこのまま老いて枯れ、息子の仲綱に力を継承していくのであろう。そう思っていた。だが、突如妖怪退治という大役を任され、少し困惑している。


   4


 深夜の内裏。

 体調不良の原因となっている物の怪を討ち取るべく、近衛帝の勅命で、近衛府の中でも腕の立つ武者100人を集め、警護に当たらせていた。

 右近の桜と左近の橘がある大広間にはかがり火が焚かれ、武装した武者たちが、物の怪が来るのを、今か今かと待ちわびている。

「近衛府から集められた選りすぐりの百人。これならさすがに物の怪も怖気づいて内裏に近寄るまい」

 近衛府の精鋭部隊隊長らしき大柄な男は、そう豪語し、内裏の警護にあたる武者たちを激励する。

「やってしまってください! 近衛府の弓取りである右衛門尉さまなら絶対できます!」

「任せておけ。物の怪なぞ、この俺が──」

 倒してやる、と自信満々に言おうとした近衛府の精鋭部隊隊長らしき男は、突然白目をむき、泡を吹いて倒れだした。

「右衛門尉さま」

 隊長格の男が突然倒れたことで、隊はパニック状態に陥った。

 そして、星々で埋め尽くされた空の上に、黒い雲のようなものが現れ、

「ひぃ……。ひょお……」

 と不気味な鳴き声を挙げながら、近衛帝のいる寝所の方へ止まった。

 近衛府の精鋭たちは一斉に矢を構え、物の怪のいる黒い雲を射ようとする。だが、射ようとする前に、体が動かなくなり、隊長格の男と同じように、白目を剥き、口から泡を吹きながら倒れてしまった。


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