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【私小説】修学旅行の班決め

 月が変わって2月。一応世間の認識では冬ということになっているが、1月に比べ、ほんの少し春めいてきている。

 私の登校実績はというと、とりあえず全部の授業には出られていた。もちろん、これは私の意志でやっているものではないけれど。

 最初は何とか頑張って授業に出られていた。けれども、出ていくうちにどんどん辛くなって、また保健室登校へと逆戻りしてしまった。

 辛くなる原因は、主に2つ。

 一つ目は、勉強についていけないと感じたことだ。当たり前のことかもしれないが。

 授業に久しぶりに出て感じたことは、

「おそろしいくらい難しい」

 ということだった。

 前々からかなり苦手だった数学は、特にそう感じた。

 このときの数学の授業では、証明をやっていた。

「角Aと角Bの角度が同じだから──」

「角Cと角Aが違うので──」

 全然頭に入って来ない。

 2つ目は、あいつから、いつも学校であったことを聞かされることである。

 この2つが、疲れきった私の心をさらに痛め付けた。

 それでも学校へ行かないと怒られるから、壊れかけの心を叩いて無理に起動させて、何とか歩いて行っていた。


 放課後、担任の先生に声をかけられたので、私は文句を言ってやった。

「なるほどね──」

 そう言ってくるだろうな、と言わんばかりに済ました表情で、担任は私の愚痴を聞いた。

「もう、無理」

「そんなこと言わないでよ。あ、そうだ。今度修学旅行の班決めあるんだけど、出れそう?」

「もうそんな時期か──」

 修学旅行。それは、青春の一大イベントである。班決めによって最高の思い出になるか、最低の思い出になるかが決まる。

 修学旅行の班決めには、一抹の不安があった。それは、担任の采配で勝手にかれこれ決められることである。もしこれで、友達と一緒になれなかったら、嫌いな奴らと一緒になってしまったら……。絶対に修学旅行は行きたくない。ストレスで髪が抜けるだろうし、それ以前に嫌いな奴に向ける殺意や行き場のない怒りで、人を殺しかねない。

「長い間クラスに顔見せないから、三浦くんも心配してるよ」

「わかってるよ。けど、出たくないんだ。それに、どうせ修学旅行の班決めも、先生の勝手な判断で決めるんでしょ」

 頭ではわかってる。けれども、もう学校にも来たくない。教室になんて、入りたくない。修学旅行の班決めなんてどうせ茶番だ。勝手に決められると相場は決まってる。わかってるなんて言っても、わかっているフリをしている。馬鹿な自分でも、それぐらいはわかっている。

 私の心の叫びを聞いたあと、担任は、少し沈黙したあとに、こう返した。

「佐竹くんが辛い気持ちをたくさん抱えて生きてるのは、担任である私もよく知ってる。向いてもないことを延々とやらされてれば、嫌な気分にもなるよね。あ、修学旅行の班決めの件は心配しなくていいよ。とりあえずみんなで決めるからさ」

「嘘だ、どうせ嘘だよ!!」

「いい加減にしなさい、わたしだって、必死で貴方のことを考えているの。卒業までに、立派な人間として高校や社会に送り出す義務があるんだから!!」

 担任は声を荒げて言った。

「もういい」

 担任の怒気に呼応して、キレ気味に私は、そう言って担任のもとを去った。


「ほらね、そうだった」

 ──わかってなんかくれない。自分の気持ちを誰かにぶつけたって、いいことなんて何一つ無い。傷つくことばかりじゃないか。

 よく困ったことがあったら「親や先生に相談しましょう」みたいに言うのをよく聞く。でも、実際に相談したって、何の解決になりもしない。むしろ、

「お前が悪い」

 とか、

「自分で考えろ」

 といった感じで、自分のことをとことん責めて、悩んでいるときよりも不快な思いにさせる。悩んでいるから相談しているのに。自分一人ではどうにもならないから相談しているのに。それだったら、最初から誰にも相談しないで、発狂したり、怒りのまま死んでしまったりした方がずっといい。

「どうしたらいいんだよ、もう」

 やりたいことをやる自由もない。学校へ行くしか選択肢がない。自分には自由なんて無いのだ。

「どうしたらいいかなんて考えても、どうにもならないか」

 夕焼けの中、私はただ歩いていた。

 真っ赤に染まっている冬の終わりの夕焼けは、優しさを伴った光で、茶色い土で覆われた空き地となっている田んぼの向こう側にある住宅街と街を黒々と染めている。


 後日。半ば強制的に、私はホームルームに参加することになった。

 クラスメートの反応は、案外普通だった。というより、むしろ、

「あ、健だ! やっほー!!」

 といった感じで、前と同じように久しぶりに会った知人のような扱いを受けていた。

「あ、どうも……」

 正直これはこれで、気まずい。6時間あるうちの1時間か2時間しか授業に出席していないから、何か闇のある人のように扱われている。それはそれで事実だから口答えのしようが無いのだけど。

「面倒くさい」

 そう心の中で呟いたときに、

「おひさ」

 と三浦くんが声をかけてきた。

「いや、土曜日に会ったから言うほど久しぶりでもないか」

「久しぶり」

「今回授業に出たということは、さしずめ安曇野に『来て』と言われて渋々来た感じだろう?」

 私は、うん、とうなずいた。

「やっぱり。体調が悪くないのに時々保健室へ行ったり、帰ったりしているようだから、自分の意思で来てるような感じではなさそうだからな。あ、帰ってるといっても、近所の公園とかで日が暮れるまで居座っている感じだろう? なんとなくだけど、想像できる」

「まったくだよ」

 三浦くんの言っていることは間違いではない。超がつくほどの劣等生である私にとって、学校へ行って、勉強して、人並みに出来るようになってというのは、とてつもない労力を必要とすることなのだ。それを他人から強いられているから、とても辛い。


 ホームルームの時間が始まった。

 どうせ勝手に決められるのだろうと思いながら、担任の前談を聞いていた。だが、意外なことに、仲のいい友達同士でオッケーだった。ただし、行動班については、男女混合になるように、という条件付きだった。

 これには私も一安心した。もし、担任の一存でいろいろ決められたとあれば、たまったものではない。

 部屋割りの班は、私と三浦くん、スタジャンくんの3人に決まった。活動班は、私と三浦くん、多田くんのいつもの3人で通した。

 ひとまず、活動班と部屋割りが決まって、肩の荷が降りた。


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