【歴史小説】第32話 平家盛②─選択─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
翌年家盛は従四位右馬頭に任じられた。兄清盛を凌ぐほどの出世スピードだ。
当然、忠盛や叔父の忠正から「平家の次期棟梁」として期待され、一門の武士たちからは、家盛を推す声が日に日に高くなってゆく。
だが、家盛は、出世をするごとに、「これでいいのか?」と疑問に思うようになった。
自分は清盛にもし何かあったとき、嫡男となる予備のような存在。なのに、自分はそれを超えようとしている。
その思いとは裏腹に、叔父は次期平家の棟梁としての期待をかけてくる。期待を裏切るわけにはいかないので、全力でそれに応えなければいけない。
「もう、どうすればいいんだ……」
家盛は独り言をこぼし、眠りに着く。
「ここは、どこだ?」
気がつくと、家盛は宇宙空間のような場所にいた。
前に見た真っ暗な空間とは違い、一面には星が輝いている。
「俺の夢の中だ」
目の前から、白い着物を着た泰親が現れた。
「お久しぶりです」
「あぁ」
「弟の僕が、兄を超えてしまいそうで怖いんです。どうしたらいいですか?」
「そうなったらそうなったで、仕方がないさ。運命だからな」
「運命?」
「あぁ、そうだ。どうしても嫌なら、昔教えようとしたことを話す。もう時間が無いからな。だが、その前に、ヤツの本当の正体について、話しておかないといけない」
「お願いします」
家盛は深く頭を下げた。
「いいだろう」
泰親は指を鳴らした。
先ほどの宇宙空間のような場所から一転、自宅の庭へと移動していた。
目の前には、心配そうに見守る忠盛と母親の宗子、そして刀印を組み、指と指の間に札を挟む泰親、そして清盛がいる。
「あの兄上は」
家盛は泰親と対峙している兄が普段と大きく違うことに気づいた。同時に泰親の目の前で戦っている清盛に既視感を覚えた。叔父忠正と戦っているときに、忠正目がけて刀を投げつけた、生気がなく、どこか凄まじい狂気を感じたときの清盛に似ていたのだ。ただ、あのときと違うのは、清盛の左目に二つの瞳があることか。
泰親は札を清盛に向かって投げた。
清盛は手をかざし、札を燃やし尽くした後、白い火の玉のようなものを出現させ、泰親に投げつける。
泰親はそれを避けようとしたが、清盛の攻撃が早かったため、当たってしまった。
物凄い速さで築地に激突し、あまりの痛みに絶叫しながら血反吐を吐く。
「妖狐の血を引く当代一の陰陽師も、ここまでだったか。ざまあないな」
清盛は余裕の笑みを浮かべ、とどめの念力を喰らわせようとしたとき、
「妖狐の血を引く陰陽師を甘く見るなよ」
妖狐と人間の特徴を併せ持った姿に変わり、手のひらから狐火を放つ。
「ふん」
結界を張り、清盛は泰親の出す狐火を防ごうとする。
「違う。これは兄上ではない」
家盛は必死で否定しようとする。こんなの、自分が知っている兄じゃない。
「いや。お前が何と否定しようとも、これがお前の義兄本来の姿なのだ。ヤツの正体は、遥か昔、皇室の転覆を企んだ怨霊だ。ただの怨霊の生まれ変わりであるのならいいが、面倒なことに、前世の記憶と魔力(ちから)を持って生まれやがった。ヤツを封印するのは、九尾との戦い以上に辛かった」
「父親が違っても、怨霊の生まれ変わりであっても、僕にとっては、この世でたった一人の兄でしかないんです。だから、どうか──」
争わなくてもいい方法を教えてください、と言って家盛は頭を下げた。
「ほう。そうなると、方法は二つしか無いが、いいのか?」
「はい、構いません」
「覚悟はあるか?」
「はい」
家盛はうなずいた。そのときの目は、覚悟を決めた人間のそれだった。
泰親は持っていた扇を開き、家盛の耳元で、
「一つ目は、お前が奴の地位に成り代わることだ。このまま出世を続けて行けば、自ずとなれるだろ。そして二つ目は、奴が目覚めるのを遅らせるため、お前に『人柱』となってもらうことだ」
とささやいた。
「そんなこと、できない」
家盛は首を横に振った。
父と同じくらいに慕っている兄より出世するなんて、とても畏れ多い。たとえそれが、前世からの因果であったとしても。そして、武士として恥ずべきことであるが、自分には死ぬ勇気がない。切腹の練習は嫌というほどさせられたが、いざというときにできるかどうか、いつも考えていたくらいに怖い。
「もうそうするしか、方法はない。奴は人一人の命でどうにかなる相手ではないのだぞ。もしも夢見通り、兄と戦うことになっても、同じことを言えるのか?」
決断を迫る泰親。
しばらく考え込んだ家盛は、
「急にどちらを選べって言われても、わからないよ」
と答えた。
「ならば、お前にはしばしの猶予を与える。それまでにゆっくり考えるんだな」
「はい」
目を覚ました後家盛はじっくり考えた。未来に起こる争いで兄と殺し合う未来がいいか、自分が死んで兄が報われる未来がいいか。だが、何度考えても答えは出なかった。
2
1149年5月。家盛は鳥羽院の熊野詣に同行した。
参拝時、家盛は心の中で、祈った。
「私は迷っています。兄が叔父上や私と殺し合う未来を選ぶか、私が死ぬ未来を選ぶかで。兄と殺し合うのも嫌だし、自分が死ぬのも怖くてできません。そんな優柔不断な私に、引導を渡してください。兄上や父上が幸せに生きられるために、どうかよろしくお願いします」
そのとき、家盛の体から、白い光が飛び出て、ふわりと空を目がけて飛んで行った。
熊野詣に行った鳥羽院の一行は、伊勢路から御所のある鳥羽を目指して牛車を走らせた。
家盛たち武士は馬に乗りながら鳥羽院の周辺を警護する。
鳥羽を目の前にしたとき、事件は起きた。
宇治川を渡ろうとしたとき、家盛の乗っていた馬が突然暴れ出したのだ。
そのはずみで家盛は馬に振り落とされ、河原へと落下した。後頭部を2、3回ほど強く打ちつけた。
頭からは真っ赤な血が流れ、灰色の石と石との間を縫うようにして川へと流れる。
落馬騒ぎを聞きつけ、鳥羽院の御典医が診察をすべく、駆け付けてきた。
朦朧とした意識の中家盛は治療を拒み、
「熊野の神は、私の願いを受け入れてくれた」
と言い残して息を引き取った。
平家盛。享年25歳。短い生涯だった。
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