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【私小説】前文にかえて

 人の世は儚い。

 才ある者もそうでない者も朽ちてゆく。仲のいい関係はずっと続かない。栄えゆくものは遅かれ早かれ滅びの道をたどる。愛する者とは別れないといけない。幸せは長くは続かない。人の世に永遠はないのだ。

 けれども、人という生き物は業が深い。手の届くはずのない永遠を求め、そして栄華を極め、おごり高ぶっては滅びの道をたどる。これを何回も繰り返してきた。

 私は私なりの幸せを求めて生きてきたけれど、それはできなかった。人並みかそれ以上の能力を求める愚かな人間たちのせいで。


 人の世に絶望し、世を捨てた人、あるいは捨てようとした人は多くいる。元武士であった西行、落日の平家に絶望し出家し自害した平維盛、『方丈記』を記した鴨長明、室町幕府初代将軍足利尊氏、越後の戦国武将上杉謙信。

 世を捨てた人、あるいは捨てようとした人たちは、みんなどこか繊細で豪胆だ。そして、才覚も並外れている。

 世を捨てて4年あまりになるのだが、私もそのお仲間ではないかと最近思えてきた。といっても、私には西行や鴨長明のような歌や文章の才もないし、平維盛のような特別人目を惹く美貌もない。かといって、足利尊氏や上杉謙信のような軍略の才があるのかといえば、それもない。ただ、極端に繊細なところが似ているな、と思ってしまう。それだけの話。


 世を捨ててもう4年になる。

 人と人との関係性。モノの好み。私生活。4年という月日はいろんなものを変えた。

 いろいろ変わったからこそ、あの日々が美しくも儚く感じる。そして、残酷な部分はより残酷に、無様な部分はより無様に。戻れるのなら戻りたいか戻りたくないかと聞かれたら、戻りたくない。毎日のように怒られるし、誰かしらから私自身の欠点を罵倒されるからだ。けれども、私は俗世にいたころのことをそれほど悪くは思ってはいない。無能な俗人であった私にも優しくしてくれる人間や好きなモノに出会えたからだ。

 好きな人やモノの記憶が、私個人の歴史の彼方へ行ってしまうのは、あまりに惜しい。だから、私が俗世を離れるまでの私の好きな人や優しくしてくれて人、好きなモノの記録をこうして記しておこうと考えた。私がなぜ若くして俗世を去る決断をしたのか? についての話を織り混ぜながらも。

 この話が実録か虚構かは各々の読者の判断に委ねるが。

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