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“ありそうで、ない”組み合わせを楽しんで! | プロデューサーインタビュー : KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『掃除機』

ここは、家の中です。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『掃除機』舞台写真
(撮影 : 加藤甫)

緩やかなカーブを描いた床の上。
ベッドに、ワイシャツに、絨毯。
中心には、掃除機がポツンと置かれています。

天井には蛍光灯のような白い灯りが、パラパラと灰色の床を照らしています。まるで地下室のように寒そう……。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『掃除機』舞台写真
(撮影 : 加藤甫)

家の中にいる人たちは家族……なのですが、会話をする様子がほとんどありません。

娘 : ホマレ(家納ジュンコ)
50代の引きこもり。あることをきっかけに、若い頃から部屋に引きこもるようになりました。
息子 : リチギ(山中崇)
40代の無職。ワイシャツを着て外出はするものの、出かける先はいつも、会社でないようです。
父 : チョウホウ(モロ師岡、俵木藤汰、猪股俊明)
80代。引きこもりの娘、無職の息子と同居している彼は、常に肩を丸め、寂しそうな表情をしています。

3人はそれぞれの視点で悩みを抱え、独り言をポツポツ……。

そこに、家族の独白をつなぐように登場しているのが、掃除機のデメ(栗原類) 。この舞台では、人間の風貌をした”掃除機”が、本物の機械のように地面を這ったり、家族の悩みにテンポよく返事をしたりしています。地下室のように重たい家族の雰囲気を和ませてくれるのが、デメの面白い役回りです!

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『掃除機』舞台写真
(撮影 : 加藤甫)

家族3人の異なる視点に加え、”掃除機”も、家族の悩みを分析するように彼自身の視点を重ねます。複数の視点が現れる舞台上に、客席の皆さんの視点は、どのように重ねますか……?

絡み合う視点は、家族の様子にゆっくりと、変化をもたらしてゆきますーー

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『掃除機』

これは、3月4日(土)に開幕した、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『掃除機』公演のお話。チェルフィッチュ主宰・演劇作家・小説家の岡田利規さんの戯曲を、劇作家・小説家・演出家の本谷有希子さんが演出しており、興味深い顔合わせとして話題です!

『掃除機』は、2022年度のメインシーズン「忘」を締めくくる最後の公演。このシーズンでは「人間は忘れる生き物。」とコピーを掲げ、忘れることへの警鐘や賛美の想いを込めながら『夜の女たち』『ライカムで待っとく』などが上演されました。

複数の視点が重なるこの作品のイメージは、実はチラシデザインでも表現されていたのです!
開幕直前の2月末、おちらしさんスタッフは公演プロデューサーの伊藤文一さんに、作品に込めた想いについて詳しくお聞きしました。観劇前にぜひ、ご覧ください!

『掃除機』公演 : プロデューサー 伊藤文一さん

横たわっているテーマとしては重たいですが、面白く観られると思います!

ーー「忘」シーズンを締めくくる最後の公演が、まもなく開幕しますね!稽古の様子はいかがですか? 

伊藤:「みんなで創っている」という感覚があります。演出の本谷さんは、稽古中に俳優へ多く投げかけをする方ですが、今回の俳優の皆さんは自ら考えるタイプの方たちなので、投げかけに対しての回答がちゃんと返ってくる。コミュニケーションがうまくとれていると思います。

ーー活発で素敵な稽古場ですね。「忘」シーズンの括りの中で上演する理由についてもお聞きしたいです。

伊藤:この公演の企画について本谷さんと相談を始めたときは、いつ上演できるか、まだ決まっていなかったんです。「忘」というシーズンタイトル案が、芸術監督の長塚圭史との話し合いで出てきた頃、この演目なら「忘」のテーマにハマりそうだね、という話になり、このシーズンでの上演が決まりました。

ーー「忘」のテーマにハマりそう、というのは・・・?

伊藤:この戯曲は「8050問題」といって、80代の親が、自宅にひきこもる50代の子どもの生活を支え、経済的にも精神的にも行き詰まってしまうという近年露わになってきた問題を扱っています。
これは家族の問題であるので、家の外からは見えづらく、ひょっとすると、こういう問題があること自体が長らく置き去りにされてきていて、”忘”れられがちな問題として、この「忘」シーズンで上演できると考えました。

ーー家の中は外から見えないし、さらに人の心の内はもっと見えません。たしかに”忘”れられがちな問題かもしれないですね。伊藤さんは、作品についてどのような印象をお持ちですか。

伊藤 : このような状況には共感できる人が多い気がします。引きこもりの娘や無職の息子の想いはもちろん、ふたりのことを気に掛けるお父さんの想いにも。誰でもこの登場人物たちと同じような境遇に置かれる可能性はあります。ただ、「8050問題」と聞くと、横たわっているテーマとしては重たいですが、舞台作品としてコミカルなシーンもあるので、面白く観られると思います!

最初は4種類つくるつもりでしたーーごちゃごちゃ”させた”チラシデザイン

『掃除機』チラシ : 表面
大きい部屋の写真と、小さい人物の写真が重なっていて、
スマートフォンの画面が思い浮かびます。

ーーチラシの表面は、スマートフォンの画面のように見えますが……

伊藤:そうですね。『掃除機』の舞台は家の中ですが、家族同士の会話らしいやり取りがありません。それぞれが独白をしていく構造なので、視点がたくさんあります。お父さんの視点、娘の視点、息子の視点、そして言葉を話す「掃除機」の視点……。複数の視点が重なる戯曲のイメージを、うまくチラシでも表現できないかと考えていました。

ーーなるほど!画面として表すことで、俳優たちの目線の先がよく分かります。”視点“のように、なにか”見ているもの”が作品のキーワードなのだろうということが、チラシからも伝わってきます。デザインを担当されたのは小池アイ子さんですね。

伊藤 : 視点が重なる表現をするために「コラージュなど様々なイメージを重ねていく表現が得意なデザイナー」を探していたところ、小池さんを知りました。小池さんはファッション関係のデザインも多いのですが、洋服と写真、イラストと写真などコラージュの要素がユニークで面白かったです。また、小池さんは「KYOTO EXPERIMENT」のチラシをデザインされていたので、舞台公演にも親しみがある方だろうなと思って依頼しました。小池さんは岡田さんのことをご存じで、この戯曲にも関心を寄せてくださり、ぜひやってみたいですと、依頼をお受けいただきました。

ーー最初のラフも完成形に近いデザインでしたか。

伊藤:実は……最初のラフは、この4分割されているデザインが1枚ずつ独立していたんです。4種類つくろうかとも相談しましたが、どのデザインをメインとしたら良いか分からなくなってしまうという懸念があり…….思いきって4種類を1枚にまとめました!本谷さんも、「まとめることで、”ごちゃごちゃしためちゃくちゃ感”があっていいね」と面白がってくれました。

『掃除機』チラシを4つの角度から。
4種類がーー
がっちゃん!と1枚のチラシに!

ーーもともと4種類に分かれていたとは……驚きました!1つにまとめるというのは、思いきった発想ですね。

伊藤 : ちなみに、チラシ表面の4つの写真は、裏面で使用した部屋の写真をトリミングして使用しているんですよ。

『掃除機』チラシ : 表面・裏面

ーー本当だ!コンセントや脱ぎ捨てた服の存在感が、とても目をひきます。写真も小池さんが撮影を担当されたのですか?

伊藤:部屋の写真はフリー素材を探したそうです。俳優の写真は、皆さんに自撮りをしてもらいました。

『掃除機』チラシ : 俳優の皆さんの自撮り写真

ーーたしかに、俳優の皆さんの表情には、プライベートのようなリアル感があります!

伊藤:小池さんからの提案を受けて、基本的にはメイクをせず素のままで撮影してもらいました。自撮りの写真も、部屋の写真も、生活感のある生々しい雰囲気が、本谷さんの演出プランと合っていてとても良いです。より写真っぽい雰囲気を出したく、ツルッとした紙で印刷をしました。

ーーチラシが完成して、稽古場の皆さんの反応はいかがでしたか。

伊藤:デザイナーも含め、全員が同じコンセプトをもって準備をしていたので、「あぁ良いものができたね。」という納得した感じです。稽古は、そのまま良い方向に進んでいきました。

KAATらしいね、が出ているのかもしれません。

チラシ裏面のクレジットにご注目!!
KAATには「劇場広報アートディレクション」を担う方がいることを、ご存じでしたか……?吉岡秀典さんが担当されています。
各公演のチラシデザイナーとは、どのように関わり合っているのでしょう。

『掃除機』チラシ : 裏面クレジット

伊藤:吉岡さんには、劇場が年間に打ち出していくビジュアルイメージについての監修・アドバイスをしてもらっています。シーズンごとに「冒」や「忘」などタイトルを掲げて、その年ごとの劇場のプログラムのカラーを意識的に作っているので、宣伝のために統一されたイメージをつくりたい。そこで、劇場広報アートディレクションという役職をつくりました。ラインアップチラシやシーズンロゴ、外壁のビジュアルなど、劇場のビジュアル全般を担うのが吉岡さん、というイメージです。
各演目でのチラシづくりは、吉岡さんにもアドバイスを求めますが、それぞれの公演内容に合ったデザイナーに依頼して、演出家と相談して個々でも考えていきます。最終的には芸術監督の長塚と、劇場広報アートディレクションの吉岡さんを交え、絞られたデザインの候補の中から劇場内で協議し、合意で決めています。

KAAT神奈川芸術劇場 外観
メインシーズン「忘」を表す外壁デザイン
KAAT神奈川芸術劇場 1階アトリウム
上の壁に吊るされているのは、メインシーズン「忘」のロゴデザイン

ーー「劇場広報アートディレクション」を担う人ができたことで、どのような変化がありましたか。

伊藤:劇場全体の統一性を考えるようになりました。これまでは全体を統括するデザイナーがおらず、各演目の特徴・アピールポイントを最大値で出していくという宣伝をしていました。良く言えばその演目に最適化しているのですが、バラバラといえばバラバラです。今はどの演目のチラシにも「KAATらしいね」が出ているかもしれません

“ありそうで、ない”組み合わせが面白い

「KAATらしい」という言葉、とても共感します!
おちらしさんスタッフの私は、チラシデザイン4種類を1つにまとめてしまう発想や、「忘」というひと言でインパクトを残すシーズンタイトルなど、太陽を眺めるような明るさが「KAATらしい」なぁと思うのです。
最後に、これから『掃除機』を観劇をされる皆さまへ向けて、「KAATらしい」メッセージをいただきました!

伊藤:岡田さんの戯曲を本谷さんが演出する、という組み合わせがまず面白いと思います!今までやったことがない、”ありそうで、ない”組み合わせではないでしょうか。
岡田さんは、KAATで毎年のように作品を創作・上演していただいていて、KAATファンには馴染みのある方です。(『三月の5日間』・『ゾウガメのソニックライフ』・『わかったさんのクッキー』・『未練の幽霊と怪物―「挫波」「敦賀」―』)本谷さんは、しばらく演劇活動から離れ、この作品が久々の本格的な舞台作品になるので、ファンの皆さんもしばらく観ていないと思います。
ふたりの魅力が合わさり、岡田さんの戯曲が好きな人にとっても、本谷さんの作品が好きな人にとっても、それぞれの新しい面白さを楽しめる作品になっています!

■ 公演詳細 ■
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『掃除機』

日程 : 上演中~2023/3/22(水)
会場 : 中スタジオ
:岡田利規
演出:本谷有希子
音楽:環ROY
出演:家納ジュンコ 栗原類 山中崇 環ROY
俵木藤汰 猪股俊明 モロ師岡

ドイツで高い評価を得た岡田利規の話題作を、本谷有希子が演出。日本”語”初演!

公演HPより

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