彼の優しさ

自分勝手にもほどがある。

そう言われて振られた。

私もいくらか彼に譲歩していた部分はあったしそんな風に振られるだなんて思ってもみなかった。

付き合って数年たってのもあってこんな理由でかと拍子抜けして後に振られた理由を友達に言ってみると

「気の強い方は皆さんそうおっしゃるんですよ」

なんて取ってつけたセリフのように言った。つづけて、

「彼氏が気遣ってくれてることとかちゃんと気づいてあげてた?」

そういわれたが心当たりがあればすでに感謝している。



高校を卒業して大学生となるとき、彼氏は就職だったが職場と学校が近い場所にあり、それから同居することになった。高校時代でもべたべたしていたというわけでもなく、周りからはよく落ち着いているといわれることが多かったから、同居してからもべたべたというよりはもう熟年夫婦のようでテレビを見ながら会話を交わしたり、お互いの仕事や学校の話などをしていた。

そんな中でも最低限の決まりはあって、高いものを買うときは自分のお金でも一回相談すること。食事に関してはお互い別々にどうにかするようにして一緒に食べるときにだけ連絡をする。といものだった。そんなルールのなかで分かったことが朝ご飯だ。あまり調理の時間をかけたくないと適当にパンなど買ってきたものを食べていた私だが、彼は決まってヨーグルトだった。ブルガリアヨーグルトを1パック。小さな4つセットのものではなく、あの400gのパックを1つまるまるたべるのだ。

「おいしいの?」

そう聞いてかえってきた言葉はなんとも彼らしく

「おいしいとかまずいとかもうそういう次元じゃない。一生のうちでヨーグルトを食べないで1日を過ごした日のほうがすくないとおもう。」

そういいながらスプーンですくったヨーグルトをながめていた。



ある日いつも通りテレビを眺めているとカスピ海ヨーグルトについてやっていた。牛乳を足せば発酵していくらでもヨーグルトを増やせるらしい。そのほうが安いじゃないかといって「そうしよう」と食べもしない私が決定した。次の日から早速作り始め、はじめはさらさらだったのを「飲むヨーグルトってことで」なんて言ったり、気温で発酵の度合いが違うことを考えずに

「発酵にしては香ばしいですね」

「芳醇なかおりがします」

なんて馬鹿を言いながら結局おじゃんにしてしまったり、研究者のような熱意でヨーグルトを作っていた。あまりの熱意で作るのを見ていてそれでできたものだから

「おいしいの?」

と聞くと

「愛おしい。愛らしい。みずみずしい。」

と言う

「最後のはなんか違くない?味はどうなの?」

そういって彼がすくったヨーグルトが私の口に運ばれる。

「おいしい」

それからの朝食は二人とも自家製のカスピ海ヨーグルトで、毎日食べるのだから冷蔵庫の中は瓶がいくつかあり工場のようで面白くもあった。



「とりあえず今月の家賃は払うから。来月からは自分で払うなり安いとこに引っ越すなりして。」

そういって出ていった彼はいつものように淡々としていた。

それから抜け殻のように生きた私は習慣となっていたヨーグルトづくりをやめ、意味もなく、1日で工場のように並べられたヨーグルトを食べ切った。もういらない。そう思うまで食べてなんども作り直したヨーグルトももう増えることはないと。もう増やしてたまるかと。意味もなく、もやもやをヨーグルトの中の罪のない菌に当たり散らすような気持でいた。


次の日の朝はもちろんというべきか腹を下し、どんなものも食べすぎはよくないとあらためて考えていた。大学についていつものように友達と話し、授業を受け、いつも通りにふるまえた。ぽっかりと空いた気持ちのまま、いつも通りを過ごして、いつもどおり晩御飯の食材を買いに近くのスーパーマーケットで買い物をしていた。

ヨーグルトが目にはいった。そういえば今朝はヨーグルトを食べなかった。なんだこれが足りなかったのか。これにちがいない。絶対だと自分に言い聞かせながらブルガリアヨーグルトを手に取る。そういえばカスピ海ヨーグルトなんてつくるまえはこれを食べてたっけ。なんてつまらないことで彼を思い出す。

家に帰って食材を冷蔵庫に入れて、私の一日に足りていなかったのはこれだ!と、買ってきたヨーグルトとりだす。どうせ私しか食べないからとパックから直接スプーンですくう。口に入れると少し酸味が広がるが、いやな味はしない。いや、おいしいじゃないか。テレビをつけて残りのヨーグルトをたべる。彼と作ったヨーグルトばかり食べていたからヨーグルトはそういうものなのだとおもっていた。

「絶対こっちのほうがおいしいじゃん」

我慢していたのか私に合わせてくれていたのかはわからないが答えの出ないことに頭を使って、それが嫌になってその日は食べ終わってすぐに寝た。

なんてことはないのだけれど、わたしはその日から毎朝そのヨーグルトを食べていて、さすがに400gもたべられないので半分ずつ食べている。

それとどうでもいいのだけれど、この間彼をスーパーマーケットで見かけた。後ろ姿だったけど間違いなくそうだ。声をかけようとおもってけどやめた。理由はないがそんな気になれなくれ知らないふりをしたがたまたま彼の買い物かごにあるブルガリアヨーグルトが目に入ってしまった。

どうでもいい。

どうでもいいけど、もし次あったら話しかけてみよう。

そう決めた。

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