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うちに来て。友達になりたい。

その当時、実家には最寄りの駅がなかった。
通勤通学には必ずバスを使う。
家から3キロの駅と2キロの駅があり、違う沿線なので、行き先によって使い分けていた。

大学に入りレストランでアルバイトを始めると、たまに最終バスに間に合わない事があった。
閉店間際にお店が激混みして時間通りに上がれなかったり、20歳を過ぎてからは、少しだけど飲み会にも参加した。
バイト仲間と飲む=スタートは早くても21時過ぎ、ラストの人が合流するのは22時半過ぎだ。
帰りが深夜になる時はタクシーを使った。
贅沢なもんだ。

その日もバイトで帰るのが遅くなり、最終バスを逃して家までテクテク歩いていた。
私が使っていたのは2キロの方の駅だったので、歩いても30分程度だ。
しかしバス通りと言えども、駅もないような町へ続く道は、車の通りも少ないし駅から離れれば離れるほど人通りもなくなる。

10分ほど歩いたところだった。
後ろから自転車が来る音がする。



何事もなく通り過ぎてください。
お願いします。(祈)




スー、ピタ、スタ





…何が起きたかわかりますか…

そうです。

スーっと来て
真横でピタっと止まって
自転車からスタっと降りる音です。

私の日頃の行いがよっぽど良かったのだろう。
神様は私に試練を与えた。

「こんばんは。」
「…こんばんは。」

例えば渋谷みたいな人が大勢いるところで、明らかにナンパ目的で話しかけられたらたぶん無視してしまうけど、この場に二人しかいないのに無視はできなかった。無視をした事で相手が怒り出したら、私は自分の体や命を守れない。

私は相手の顔を見なかった。
視界の端に見える服装で、だいたいどこに住むどんな人なのかわかった。
この人の家は、たぶんうちから近い。
ここからだとうちの方が近いので、どうにかしないと、ここから先のほとんどを、この人と帰る事になってしまう。

どうしよう。どうしたらいいんだ。

「どうしてこんな時間に一人で歩いてるの?危ないよ。」

あなたが言うか。

と思ったのが顔に出ていたのか、

「大丈夫。私悪い人じゃない。だから安心して。」
「……。」

「あのね、インドは、夜に女性一人で歩かせるなんて絶対しないよ。どうしてあなた一人なの?」

インド再び。

この人は、実家の近所に住むインド人だった。
お庭のある平家のアパートに住んでいる。
同郷の友人であろう人と一緒にか、あるいは隣同士かなんかで暮らしている。

「今日はたまたま遅くなっただけです。いつもはバスです。」
「そう。でも、女性一人で歩いてたら何あるかわからないよ。怖いよ。」

ええ、今まさにね。

「家までもうすぐなので大丈夫です。」

「いいえ、あなた心配です。」
「気にせず帰ってください。」

自転車に乗るよう促した。
私は嘘をついた。
本当はやっと半分歩いたくらいだった。

「いいえ、あなた置いて先帰るなんてできない。」
「……。でもここは道が狭いし、自転車を押して歩くのは大変です。」

私はまだ道のりが長いことを知っている。
私の為にずっと歩くなんて。

「いいえ、私が歩くの問題ない。あなた一人で歩かせるはできない。」
「でも本当に大丈夫なので…」

「私悪い人じゃない。だから、安心して。どうか、怖がらないで。」


「……はい。」

私はあきらめた。
何が何でも先に帰る気はなさそうだった。
何でこんなに押しが強いんだ。
何でこんなに日本語が上手なんだ。

あと、求婚されたわけじゃないから
そこまではっきり断らなくていいか。
と思った。
感覚の麻痺。

私はずっと下を向いて歩いていた。
一度も彼の顔を見ていない。

家が近すぎるのが怖かった。
家とは全然違うところで別れられないか…。

「私今日、インドの友人、会い行ってた。」
「…はい。(?)」

「自由が丘で待ち合わせだった。」
「それはちょっと遠かったですね。」

「はい。でも、友人は会えなかった。」
「え、どうしてですか。」

「私たち携帯電話持ってない。待ち合わせ難しい。3時間くらい待った。でも会えなかった。」

私は自分も3時間以上待った経験があり、その時の事を思い出した。

「それは、残念でしたね。」

「はい。少し疲れた。」
「そうですよね。大変でしたね。」

たぶん、少しどころではなく疲れたはずだ。
電車での移動だって乗り換えや混雑で大変だったろうに。

「あなたの名前知りたい。教えて。私、Tです。」

私はその時初めて顔をあげた。
彼の目を見て

「Tさん。」

と復唱した。そして、

「私は、〇〇といいます。」

と名乗った。
私は苗字を言った。それも早口で。
絶対に覚えられないと思ったからだ。
私の旧姓は少し珍しい。
日本人でも発音がしにくい。
私は意地悪だ。

私はまた下を向いた。

「 〇 〇 さん…。」
「はい。」

「あなた家はどこ?」
「うーん…Tさんの家は神社の近くですか?」

「そう!なんでわかるの?」
「私の家はその少し手前です。」

「そうですか。近いね?」
「はい。」

「あなた、優しい人だね。」

私は意地悪だ。
意地悪で、嘘つきだ。

「いいえ、そんな事ないです。」

「優しい人。私と友達なって欲しい。」
「……。」

「私、インドから来て友達いない。あなたとてもいい人。友達なりたい。」
「……難しいです。」

「今度、私の家来てください。」
「…それはできません。」

「来て欲しい。私が作ったカレーご馳走します。」
「家には行かれないです。」

「インドは友達を家に呼んで、自分の家のカレーを振る舞います。みんなやってる、普通のこと。」
「そうかもしれないけど…、」

「私のカレー友人たちに評判いいです。あなたにも食べて欲しい。」
「……。」

「友達いないは寂しい。私、あなたと友達になりたいだけ。信じて。」
「…家には行かれません。ごめんなさい。」

「どうしてダメなの。どうしても?」
「どうしても、ダメです。…私、家こっちなので…。あの、ありがとうございました。さようなら。」

「ああ…そうなの。そうですか。わかりました。さようなら。」

結局、遠回りもせず、自宅手前の曲がり角で、唐突にさようならをしてしまった。

Tさんは、全く嫌な人ではなかった。
本当に、親切で優しい人なのだと思う。
自作のカレーが美味しいのも本当だろう。

たぶん、傷付けたと思う。

自分が嫌な奴に思えてくる。
でも、怖かった。
日本人としての常識を優先した。

本当に、友達になりたかっただけかもしれない。
連絡手段もなく、家に招待するしか方法がない。
しかもたまたまものすごく近所だ。

もし行ってたら、
本当に友達になれたんだろうか。

しばらくして、故郷に帰ったのか、別の場所へ移ったのか、そのアパートからは引っ越して行った。

[友達になりたい]という名の下心が
彼にはあったのだろうか。
それはずっとわからないままだ。


※ ※ ※



どう思いました?
特に男性の皆さまのご意見お待ちしております🍛

女性目線でもどうですか。
そんなに警戒することじゃなかったですかね。。



〜ねむ子インド人にモテる説〜
求婚も友達申請も20歳の時の話ですけど、
数年前もインドカレー屋さんに行って、テイクアウトで注文したら、待ってる間にラッシーとチャイどっち飲む?と聞かれてごちそうしてくれました😉インド人て、堅くて何も喋らないか、人懐っこくて優しいかのどちらかしか出会った事ないです。

ちなみに3時間以上待ちぼうけをくらった話ですが、待ち合わせの相手は元彼の母親です。
メールしても返事がなく、電話しても出ず、3時間経って心配した私の母親が駆けつけてくれ、4時間後に会った元彼の母親は「一緒に来てる友達とお酒飲んじゃって忘れてた!ごっめーん!」と言いました。さっさと別れれば良かった。(一生言ってる)

最後まで読んでくださり
ありがとうございました🇮🇳

【本日のヘッダー写真】
  夜道(実際はこれより暗いです)

求婚の話はこちら↓

元彼の母親との話はこちら↓

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