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夫婦の呼び名をこじらせている話

結婚してからそろそろ10年になる。

夫、山下(仮名)は学生時代のサークルの後輩である。
ただの先輩と後輩の状態からお付き合いするまでに時間がかかったため、
結婚してからしばらくはサークルにいたころのノリで

私→夫 山下(名字呼び捨て)
夫→私 ネムさん(仮・サークル員共通のあだ名)
と呼び合っていた。

結婚して2年ぐらいしたころ、山下の私への呼び名は「ネムち」になっていた。
山下いわく、
ネムさん→ネムちゃん→ネムち
と自然な経過をたどってそうなったとのことだが、私の方は依然として「山下」と呼んでいた。

そして、名字が同じであるにも関わらず夫を「山下」と呼び続けた私に山下が業を煮やしたある日、

「あんたも”山下”でしょうがあああ!!!!」

と、目をそらしていた事実を突きつけてきた。

とはいえ、今さら下の名前で呼ぶのも違和感があるし、山下は私の中で山下なのである。
悩んでいる私に山下はこう言った。

「あなたが”ネムち”なのだから、俺のことは”タカす”と呼んでください。以上」
下の名前”たかし(仮名)”に「す」がついたなんとも間抜けなあだ名である。呼びづらい。

「ほら!練習しよう!タカす!」
「タカす……?」
「ネムち」
「タカす……」

2人でいるときはその奇妙なあだ名で呼びあうことになったが、それにも慣れ数年が経ったころ、あることに気づいた。

山下改めタカすと喧嘩すると、彼は私が「ネムち」であることを忘れるのか、いにしえのあだ名「ネムさん」と呼んでくるのである。
「ネムさん、そういうところほんとよくないよ(怒)」といった具合である。

私は「ネムち」なのか「ネムさん」なのか彼の中でどっちと認識されているんだ……?
また、同様に彼は自分のことを「山下」と「タカす」のどっちだと思っているんだろう?

疑問に思った私は2人でスーパーにいるときに恥を忍んで遠くから「タカすー!」と呼んでみた。
結構大きめの声で呼んだつもりだったが、タカすは気づかないのか、スタスタとカートに商品を入れ、コーナーを軽くドリフトめいたことをしながら去っていった(真似しないでください)。

恥ずかしさもあり、無視されたことに普通に腹が立ったので

「山下ァ!!」

とこれまたいにしえの名で呼んだところ、「はーい」と返事。

お前の自己認識”山下”じゃねえかよ!!

おそらく、彼の中で自分の呼び名は「山下」であり私の呼び名は「ネムさん」である。いつもは変なあだ名で呼び合うことを楽しんでいるが、深層心理ではそうに違いない。

話はつい先日のことに飛ぶが、私がひどい便秘に悩まされて
自宅の暑いトイレの中に脱水症状を起こしかけながらこもっていたことがあった。
観念して山下(タカす)に「コンビニでスポドリ買ってきて!!」と頼んだところ、「はーい」とのこと。

しばらくして、帰ってきた山下(タカす)がトイレにこもっている私にスポドリを渡しながらこう言った。

「俺もお腹痛くてトイレ行きたくて、コンビニにいるときに『まあ家ですればいっか!』って思って謎に帰ってきちゃったけどトイレには”ネムち”がいるんだった……」

これもしかしてヤバいんじゃないか?波が引いたタイミングで一度交代しといた方がいいな……と思っていた矢先、ドアをガガガガ!!とノックする音が聞こえた。

「ねえ!!!”ネムさん”!!俺もうダメかも!!!出れる!??!」

”ネムさん”と呼んだことから完全な非常事態だと察し、着衣もそこそこにトイレから出て交代した。

事なきを得た。

呼び名が深刻度のバロメーターとなったおかげで、我々は便意に勝ったのだ。

長い年数を共に過ごしていく予定の我々だが、これからも”ネムち”と”タカす”は、学生時代のように”ネムさん”と”山下”で居続けるのだろう。心の深いところでは。

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