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宇宙論(9)

 精神病院の閉鎖病棟はそれなりの空間ではあった。以前、書いた文章を引用する。

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 静かに沈んだ夜の隅で軋んだ叫び声が聴こえる。戸を叩く音。悲鳴。彼らの共鳴。仕草。

 彼らは何を求め、何を探しているのか。その監獄——鉄格子こそない——から外の世界へ何かを訴えかけ、求め、探し、鉄扉を叩き、雄叫びを上げ、彼らは。

 看護師は定刻に食事を運ぶ。鉄扉の横に備えられた小さな扉——それはまるで猫が出入りするような——の鍵をガチャリと回し——その音は院内を木霊し——開けた扉のその隙間から食事を差し入れる。患者がそれを受け取ると、今再び猫の勝手口は閉まり、ガチャリ。

 室内にはベッドとマットレス、便器、トイレットペーパー、紙コップ。物品の持ち込みは厳しく制限される。電灯は室外で調整される。窓にはブラインドが下がり、外の景色を見ることはできない。世界から隔絶された密室。

 何をすることも許されているが、何をすることも許されない。監視カメラは他人事のように患者の姿を捉え続ける。実際、他人事であった。

 静かに沈んだ夜の隅で軋んだ叫び声が聴こえる。戸を叩く音。悲鳴。彼らの共鳴。仕草。慟哭。

(2022.4.11)

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 それなりの空間ではあった。

(2024.4.24)

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