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宇宙論(26)

 20歳前後、ヴィレッジ・ヴァンガードでバイトをしていた時、フナコシさん(仮名)という中年の男性がバイトで入ってきた。障害者雇用枠だった。フナコシさんは軽度の知的障害者だった。

 フナコシさんは真面目な方だった。きちんと仕事をこなし、その仕事ぶりも丁寧だった。いつもお母さんが店先まで送迎をしていた。お母さんも丁寧な方だった。

 けれど、フナコシさんは数ヶ月もたたずにバイトをクビになった。問題が起きてしまった。フナコシさんが女性客の体に触ってしまったのだという。

 店長は、最初はその事実を疑い、女性客と話し合ったりしたけれど、結局、フナコシさん自身が、「やっちゃいました」と話したという。お母さんは深い謝罪の意を伝えていたという。

 フナコシさんは今、どんな仕事に就いているのだろう? 障害者を取り巻く環境は複雑だ。どうにもならない問題も多い。健常者(と言われる人々)であったって問題が絶えないのだ。まして、マイノリティである存在が実社会で生きていこうとすればそれだけのハードルがある。絵空事ではないのだ。

 僕は重度知的障害者の支援施設で働いていたことがある。倫理なんて言葉、吹き飛んでしまう現場だった。人間という存在の不可思議さ、奇妙さは果てがない。

 フナコシさんはいま何をしているのだろう? 何を考えているのだろう? フナコシさんのお母さんは何を?

 フナコシさんは真面目な方だった。その仕事ぶりも丁寧だった。僕なんかの何十倍も。それでも問題が起きてしまう。仕事を失ってしまう。

 障害者による暴行事件も起きている(それは障害者に限らない話ではあるけれど)。性的な問題も重い(これも障害者に限らない)。

 倫理とは何か。障害とは何か。僕は生涯を通じて考えていく必要に迫られている。

(2024.5.4)

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