箔玖恵

3児の母/亀と昆虫を飼わされてます/猫好き/お酒も好き/ノンアルコールも好き/

箔玖恵

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マガジン

  • ドーナツ [創作大賞2024 参加]

    全21話 ドーナツを食べて幸せで満たされる、そんなホラー?です。

  • 猫の話

  • 秘密屋

    秘密屋のショートショートです。

  • 針ほどの月明かり

    小説です。

  • 美味しそうなものたち

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ドーナツ 一個

風が止んだ。 千鶴は背中を伸ばして空を見上げる。灰色の濃淡で塗られた空からは直ぐにでも雨粒が落ちてきそうだ。 小さな庭に申し訳程度に作られた家庭菜園で今日の収穫は小さな形の悪いピーマンが一つと育ちすぎた胡瓜が二本。植えた覚えが無い小指の爪程の苺が四粒。放ったらかしにしては上出来だ。 千鶴は庭仕事が嫌いだった。庭仕事をする大人を見ながら年齢を重ねたら好きになるものかと思っていたが還暦近くなっても変わらないのだから、もう好きになる事は無いだろう。除草剤でも撒いてしまいたいけれど、

    • 非情怪談 / 毎週ショートショートnote

      深夜二時を回った頃、窓の外から女の声が聞こえてきた。 「…ください…」 こんな時間だ。ごめんください、と尋ねてくる者などいない。 「…てください…」 小説のネタになるかも知れないと窓の外を覗こうとしてはたと手を止めた。 ここは九階である。 人が窓の外に立っている筈もない。 背筋が寒く、たらり冷や汗が流れる。 「返してください。」 青白い手がゆっくりと窓の外から部屋の中へと伸びてきて、机の上を彷徨う。続いて上半身が現れた。長い髪と表情の無い顔は…私が褒めておいて盗作した小説の原

      • 見たことがないスポーツ / 毎週ショートショートnote

        ザーッ。 早々に計測が終わった子達は敵では無い。ライバルはやはり隣に住むカイだ。 カイの両親もチラチラとこちらを窺っている。 ザーッ。 「ユウ選手、終了です。計測します。」 負けた…。今日のためにたくさん走り込んだのに。 でも銀メダルだってすごいよ。 ユウにそう声をかけようとした時、アナウンスが響いた。 「只今の無限砂競技におきまして、カイ選手のご両親による不正が発覚致しました。よってカイ選手は失格となります。」 スクリーンに大きく今日カイの履いていた運動靴が映る。カイには大

        • ドーナツ 二十一個

          鍵が開いている。 ごくりと唾を飲み込んで彩と目を合わせて頷くとドアを開けて中に入った。 吐きそうなくらい甘い匂いが真子に纏わりつく。彩は首を左右に振りながら真子の手を強く掴んだ。真子にも分かっている。ここにもドーナツを持った奴等が来たのだ。でも祐二の様子を確かめなくては。 居間のドアを開ける。 床に座る祐二の背中が見えた。その向こうに明るい茶色の長い髪。反対側に白く長い脚。 茶色の長い髪が動いて立ちすくむ真子の方へ顔を向けた。白濁した目を見開いて、微笑んでいる桜色の唇。 あぁ

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        ドーナツ 一個

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        • ドーナツ [創作大賞2024 参加]
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        記事

          ドーナツ 二十個

          悲鳴をあげ続ける真子を彩が揺さぶる。 「集まってきてる!」 我にかえって周囲を見るとドーナツを持つ人達が真子の軽自動車を取り囲もうとしていた。 ドンドンと窓を叩かれ、薄ら笑いと虚な瞳で真子と彩を見る。開けようとドアに手をかけガチャガチャと激しく鳴らす。 「真子さん、早く!逃げよう!」 真子は強くアクセルを踏んだ。髪を風に巻かれながらドーナツを差し出す女はハンドルを左右に切ると滑るように落ちていった。 どさり、と音がして罪悪感と不快感が真子の中に広がっていく。 「どうしよう。私

          ドーナツ 二十個

          ドーナツ 十九個

          「ミント!」 ドアを勢いよく開けて走り込むと、可愛らしい花柄のエプロンをつけたミントが笑顔で立っていた。両手に黒い塊を持っている。 「やめろ!喰うな!」 慌てて払い除けると黒い塊は床を転がった。 「どうしたの祐二くん。ドーナツ美味しいよ?」 「あれはドーナツなんかじゃない。食べちゃだめだ。」 「えー。美味しいのにぃ。どうかしたの?」 ミントの華奢な身体を強く抱きしめる。 「会社の皆んなも、外の奴らもみんなおかしいんだ。みんな食べ続けているし、後輩なんか倒れて腹からあの黒いの出

          ドーナツ 十九個

          ドーナツ 十八個

          彩と名乗った女の子を助手席に乗せてスーパーの駐車場を出た。 「真子さんはドーナツ一口も食べていないの?」 「うん。」 彩はやったぁと両手を上げた。 「彩ちゃんはどうしてドーナツ食べなかったの?」 「最初はね、ダイエット中だから我慢したの。けど彼氏になりそうな人が道で知らない人から貰ったドーナツ食べてるの見たら何だか甘すぎる匂いも彼も気持ち悪くなって逃げちゃった。初めてのデートだったのに。」 真子もスーパーでドーナツを持つ手に囲まれた時、その甘過ぎる匂いに吐き気がした。 「あれ

          ドーナツ 十八個

          ドーナツ 十七個

          金曜日の午後。 真子は歌いながら軽自動車を運転していた。 祐二が帰る前に家を片付けて、夕食を作って週末は一緒に過ごそう。祐二の驚いた顔を想像するとニヤついてしまう。 一人で歌っているのが他の車から見えていたら恥ずかしいかな、と赤信号で停車すると口を閉じる。ちらりと見た隣の車は前を見たままドーナツを食べていた。 夕食には何を作ろう。里帰りする頃はつわりが酷くて料理なんて殆ど出来なかったから、今日は祐二の好きなものを作ろう。 スーパーで買い物をして行こうと駐車場へと入って行く。空

          ドーナツ 十七個

          ドーナツ 十六個

          高木祐二は立ち上がって周りをぐるりと見渡した。 やはり誰も仕事をしていない。 課長も客も変な笑顔のまま黙々とドーナツを食べ続けている。 「先輩もドーナツ食べましょうよ。美味いっすよ。」 隣の席の後輩も最早ドーナツを食べろとしか言わない。これは、さすがに、変だ。 ドーナツに何か強い中毒性のあるものが入っているのだろうかと匂いを嗅いでみる。 甘ったるい鼻を捕まれるような匂いに顔を顰めて投げ出した。 「どうしたんですかぁ先輩。こんなに美味しいのに勿体無いっすよ。ほら食べてくだー」

          ドーナツ 十六個

          ドーナツ 十五個

          青信号を待つ人。 停車中のタクシーの運転手。 バスを待つ人。配達中の人も犬の散歩をしている人も。みんな黒いドーナツを食べている。 やっぱり、おかしいよ。 誰か食べていない人はいないかと探しながら彩は自転車を走らせる。 けれど、どこまで走ってもみんな黒いドーナツを食べていて、彩が疲れて立ち止まればわらわらと寄ってきてドーナツを差し出す。 「どうぞ、食べて。」 「疲れているでしょう。」 見知らぬ人達の仮面みたいに同じ笑顔が気持ち悪い。襲ってこないゾンビみたいだ。ドーナツゾンビ。

          ドーナツ 十五個

          ドーナツ 十四個

          彩は通知が鳴りっぱなしの携帯電話の電源を切って壁に投げつけた。 剛くんもミルクも安藤も、みんな変だ。 ずっと笑顔でずっと黒いドーナツを食べ続けて彩にも食べるようにしつこい。 外に出ると街の人達もドーナツを食べながら歩いていて、知らない人なのに食べてと差し出してくる。 「彩、お友達が来てるよ。降りてきて一緒にドーナツでも食べようって。」 階下で呼ぶママも変だ。 このまま部屋に閉じこもっていても、やがてあの変なドーナツを食べさせられるかも知れない。 何が起こっているのか分からない

          ドーナツ 十四個

          ドーナツ 十三個

          電話を切ると祐二は大きく息を吐いた。 携帯電話を待つ掌が濡れている。 電話で良かった。目の前で聞かれていたら動揺しているのがすぐに分かっただろう。 真子から電話してくるのは珍しいし、急に浮気の話になるのも不思議だ。妊婦のカンなのかな。 玄関の鍵を開けて中に入る。 と、玄関にミントの華奢なサンダルが綺麗に揃えて置かれているのに驚いた。ミントの靴はいつも投げ出したかのようにバラバラに落ちているのに。居間の扉を開けるとソファ周りに適当に積んでいた雑誌が片付けられている。 ーまさか、

          ドーナツ 十三個

          ドーナツ 十二個

          ざわざわと嫌な感じがいつまでも消えない。 あの変な若い女はあれから一度も来ない。という事はあのドーナツを私に食べさせるのが目的だったのだろうか。 何の為に? 元気な赤ちゃんの為では決して無い筈だ。 食べていたら、どうなっていたのだろう。 毒、とか?無差別じゃない。私を狙ってた。 真子は誰か自分を恨む人がいるだろうかと考えた。けれどわざわざ毒を盛るほど恨んでいそうな人など心当たりがない。 ふと、祐二の事が気になった。 心当たりは無いけれど何か逆恨みされているとして、まさか祐二も

          ドーナツ 十二個

          ドーナツ 十一個

          妊婦はお腹の赤ちゃんの為に穏やかに過ごしましょう。 と雑誌に書いてあった。 だから久しぶりの実家でゴロゴロ、じゃなかった伸び伸びと過ごしているのに高木真子は苛々していた。真子とは対照的に穏やかな表情を浮かべる派手な若い女は淡いブルーの小袋を真子に差し出したまま玄関に立っている。 「きっと元気な赤ちゃんが産まれるよ。」 「きっと、って何よ。要らないって言ってるでしょ。帰って。」 最初は丁寧だった真子の言葉遣いもいつの間にか乱暴になっていた。最初から敬語も使えない若い女はずっと貼

          ドーナツ 十一個

          ドーナツ 十個

          佐藤静香が無断欠席しだして一週間後、本人はいないのにあの黒いドーナツは毎日机の上に乗っていた。 「ドーナツ配るために出社してんのかな。」 左手に持ったドーナツを齧りながら後輩は右手で机を拭いている。 「何言ってんすか先輩。これは佐藤さんじゃなくて経理の…いや今日のは人事課長だったかな?誰だか忘れましたけど、このドーナツ流行ってるんですよ。毎日誰かが作っては配ってくれるんで、もう食べ放題っす。」 甘いものが嫌いな高木には分からないが、他の同僚や上司まで食べているからよほど美味い

          ドーナツ 十個

          ドーナツ 九個

          彩はガラスに映る自分の前髪を真っ直ぐおろしたり少し分け目を入れたりしながら待っていた。ふとガラスの向こうでコーヒーを飲む人と目があって慌てて背を向ける。 安藤が初デートはスカートだとあまりにすすめるから一応履いてきた長いデニムのスカートを見下ろす。 変じゃないかな。やっぱりミルクにヒラヒラしたミニスカート貸してもらった方が良かったかな。靴もスニーカーよりサンダルが良かったかな。 通りの向こう側で宗教か政治かよく分からない幟を立てた団体が幸せについて演説しているのを眺めながら深

          ドーナツ 九個