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ドーナツ 二十個

悲鳴をあげ続ける真子を彩が揺さぶる。
「集まってきてる!」
我にかえって周囲を見るとドーナツを持つ人達が真子の軽自動車を取り囲もうとしていた。
ドンドンと窓を叩かれ、薄ら笑いと虚な瞳で真子と彩を見る。開けようとドアに手をかけガチャガチャと激しく鳴らす。
「真子さん、早く!逃げよう!」
真子は強くアクセルを踏んだ。髪を風に巻かれながらドーナツを差し出す女はハンドルを左右に切ると滑るように落ちていった。
どさり、と音がして罪悪感と不快感が真子の中に広がっていく。
「どうしよう。私、人を殺しちゃった!」
「人じゃないよ。ドーナツ持ってたもん。」
彩は振り向いて振り落とされた女を見た。道路に倒れた女は不自然に身体を曲げながら立ち上がり、ドーナツを持つ手を前に突き出すと片足を引きずりながら歩き出した。
「死んでない!追いかけてくる!」
泣きながら叫ぶ彩の声を聞いて真子はスピードをあげた。
殺してなんかない。とにかく逃げなくちゃ。
もう誰も轢かないように、真っ直ぐ前を見る。信号で止まるとドーナツを持った歩行者が近づいてくるから、左右を気にしながら信号は無視して走り続けた。
何個かの赤信号を通り過ぎた時、サイレンを鳴らして赤色灯を回したパトカーが追いかけてきた。
「前の白い軽自動車、止まりなさい。」
真子は減速して路肩に寄せて止まると、パトカーも後ろに停車した。警察官はゆっくりと近づくと運転席の窓ガラスを叩いた。
「信号無視ですよ。そんなに急いでどこへ行くんですか。」
声をかけながら、片手に持ったドーナツを齧る。
「ドーナツ食べなさい。落ち着きますよ。」
「もう嫌だ!」
彩の泣き叫ぶ声を聞きながら、真子はアクセルを床まで踏み込んで急発進させた。
バックミラーの中で警察官はゆっくりとドーナツを食べ続けている。
急ごう。祐二がドーナツを食べる筈ないけれど、ドーナツを持った人達に取り囲まれて無理矢理食べさせられているかも知れない。それとも異変を感じて私を助けようと実家に向かってくれているだろうか。
車が無ければすぐ実家に戻ろうと思ったが、駐車場に祐二の車はあった。
「すぐ連れて戻るからね。」
彩は涙で濡れた顔で首を横に振った。
「一緒に行く。急ごう。」
一人で待つのも怖いのだろう。真子は頷くと周囲に誰もいないのを確認して玄関へと急いだ。


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