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ドーナツ 十六個

高木祐二は立ち上がって周りをぐるりと見渡した。
やはり誰も仕事をしていない。
課長も客も変な笑顔のまま黙々とドーナツを食べ続けている。
「先輩もドーナツ食べましょうよ。美味いっすよ。」
隣の席の後輩も最早ドーナツを食べろとしか言わない。これは、さすがに、変だ。
ドーナツに何か強い中毒性のあるものが入っているのだろうかと匂いを嗅いでみる。
甘ったるい鼻を捕まれるような匂いに顔を顰めて投げ出した。
「どうしたんですかぁ先輩。こんなに美味しいのに勿体無いっすよ。ほら食べてくだー」
急に後輩が身体を丸め苦しそうな呻き声をだした。
「どうした?大丈夫か?」
そのまま椅子から滑り落ち、床に転がると一層大きな唸り声をあげて腹を掻きむしる。
シャツのボタンが飛び、さらけ出された腹がゆっくりと縦に裂け、黒い物がぼろぼろと溢れ出てきた。
一瞬内臓が出たのかと驚いたが、先程よりも強く甘い匂いにその黒い塊がドーナツだと祐二は思った。そんな筈は無い。人間の身体からドーナツが出るなんて事はあり得ない。
しかし周囲から集まってきた同僚や上司はその黒い塊を拾って食べ出した。
「どうして…」
ピクピクと動く後輩の手が祐二を手招きする。
「ほらぁ食べてくださいよぅ。」
間延びした声。白濁した瞳。ドーナツみたいなあの黒い塊を食べたせいなのか。
ーミント!ミントも食べた。
祐二は後輩だったものの腹に群がるやつらを押しのけて走り出した。


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