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『ボーンヤードは語らない(マリア&漣シリーズ)』を読んだ感想

『ボーンヤードは語らない』

市川憂人著 東京創元社 2021.6

発売からひと月以上経過してしまったらしい。5年前に刊行された著者のデビュー作『ジェリーフィッシュは凍らない』でスタートしたマリア&漣(れん)シリーズ。本作はシリーズ初の短編集であり、書籍としては第4弾にあたる。
独特の世界観とキレモノ刑事のバディがハイレベルな推理を披露する展開は相変わらず。意欲的に読者を騙しに来る著者の手腕は短編ではどう光るのか? 結論から言うと作品の舞台がいいアクセントになった面白い本格ミステリであった。
シリーズの他の作品のネタバレは含まないため、この作品を最初に読んでも問題はない。ただし短編は収録順に読むのがおすすめである。

※詳しい感想よりも先にシリーズの解説を書くため、知っている人は読み飛ばしてほしい。

マリア&漣シリーズについて

このシリーズのタイトルはすべて『○○は××ない』というタイトルで統一されている。第1作が鮎川哲也賞を受賞している通り本格ミステリにカテゴライズされる作品群で、本格ミステリ・ベスト10の常連シリーズでもある。主役はマリア・ソールズベリーと九条漣(レン・クジョウ)のでこぼこ刑事コンビ。

作品の舞台は80年代のU国(アメリカ)。第1作でフューチャーされた小型飛行船「ジェリーフィッシュ」など、比較的リアリティのあるSF設定(というよりはこういう技術革新・科学進歩の未来もあり得たかもしれないというIF設定に近い)が付け加えられている。

毎回不可解な事件が起こり、それをマリアと漣が解決するのだが、このふたりはどちらもキレモノであり、単純に探偵役&ワトソン役と分けられる関係にはない(一応探偵役はマリア。どちらのキャラ視点でも話は語られる)。

目を引くような赤毛の美人でありながら寝癖だらけのだらしがない格好のマリア。署のデスクで眠りこけていたり勤務態度も最悪だが、持ち前の直感力と(発動機会の限られる)行動力であらゆる事件の謎を解き明かしてしまう。普段の怠惰な振る舞いと非常識な一面を漣に皮肉られてばかりだが、決めるところはビシッと決める熱血漢でもある。

一方でいつもポーカーフェイスでJ国(日本)出身の漣。マリアの部下であり、彼女の世話焼き係を務める。寝坊常習犯のマリアにモーニングコールをし、わざわざ車で迎えにも行く。そして車に乗せると朝一番からマリアのだらしなさをさんざんいびるのが定番の流れとなっている。
ただし嫌味ったらしい言い回しのほとんどはマリアにだけ向けられるもので、普段は(無表情ながら)非常に優れた推理能力・事務処理能力をもつ捜査官と言える。

彼女らの手掛ける事件は難事件ぞろいだが、どんな山であってもマリアの直感を頼りに着実に真相へと近づいていく。しかしマリアの独壇場とはならないところが本シリーズの完成度の高さを示していると言える。マリアの推理もギリギリまで漣によって否定され続け、ふたりの丁々発止のやり取りこそが本作の見どころとなっている。また各種SF設定が絡む謎の解明も見せ場であり、事件の謎の解決と同時に楽しめるのも本シリーズの魅力だろう。

今作を除くシリーズのおすすめはやはり第1作の『ジェリーフィッシュは凍らない』である。古今東西の推理作家たちが挑んだ(ある方の言葉を借りれば)全滅系クローズド・サークルものの名作たちに一切見劣りしない結末のインパクトが見事である。※詳しくは「過去のシリーズの簡単な解説」を参照

『ボーンヤードは語らない』を読んだ感想

本作には表題作を含む4作が収録されており、いずれの短編も「○○は××ない」というタイトルで統一されている。
本シリーズの味であるSF設定は話に絡んで来ないが、代わりにマリアと漣の過去を描いた作品が並ぶ。かれらはなぜ刑事になったのか? ふたりがどうしようもできなかった事件を描くことで、多くを語らないふたりのバックにあった後悔や挫折が滲み出てくる。推理要素に隠れていて見落としがちな、本シリーズに通底する社会派の一面が色濃く出ている作品と言えるだろう。

・ボーンヤードは語らない
本作の表題作。アメリカ空軍基地内のボーンヤード(飛行機の墓場)で不可解な遺体が発見された。その殺害方法と犯行場所にいくつもの仮説が浮かび上がるが、その背後に見え隠れする別の犯罪が事件の謎をかき乱してしまう。ジョン・ニッセン少佐は真相解明のためにジェリーフィッシュ事件で知り合ったマリアと漣に協力を仰ぐことになる。
表題作に選ばれたのはタイトルのカッコよさのためか。軍の基地内で起こった事件という点がユニークさという意味でも事件の謎という意味でもうまく機能している。

・赤鉛筆は要らない
『ミステリーズ!』の懸賞クイズ短編として本作収録の作品のなかでは一番最初に発表された。2021年2月に発売されたミステリアンソロジー『あなたも名探偵』にも収録されている。
舞台はジェリーフィッシュ事件のおよそ10年前で、J国の高校生だった漣が先輩の家を訪れた際の事件が描かれる。シリーズ初の日本が舞台の作品であり、電卓を改良した奇っ怪な扉のある小屋や雪密室というガジェットが一昔前の王道ミステリを思わせる。
犯人は明らかと思いきや、登場キャラクターの思惑が複雑に絡み合い作中1、2を争う謎解き難易度を誇る。
シリーズで初めてタイトルにカタカナが含まれない作品。これは日本が舞台であるせいかもしれない。時を経て明かされる悲しい真実と、最後にピタリとはまるタイトルが見事である。

・レッドデビルは知らない
ハイスクール時代のマリアが遭遇した事件。一緒に出かけるはずだった親友から別れを告げるような不可解な電話を受けたマリア。マリアは最悪の事態を想定して彼女のマンションへと走る。そこでマリアは親友が隠し続けていた彼女の秘密を知ることになる。
あまりに残酷で、悲しい事件である。ネタバレになるため詳しくは書けないが、この手のトリックの使い方が見事という他ない。形だけ見ると理詰めで解いていく普通のミステリなのだが、遺体発見状況の謎が解けたとき、胸に刃物を刺されるような衝撃を受けた。
唯一救われるのは笑ってしまうようなそのタイトルだろうか。癖の強い相部屋の少女の個性も読み終えてみれば微笑ましい。
子供の頃から海外ドラマ好きの私だが、これがアメリカの刑事ドラマなら確実にこのエピソードの続編は作られるだろう。果たして……?

・スケープシープは笑わない
ネットの反応を見る限り本作で1番人気がありそうな短編。マリアと漣が初めて出会った事件を描く。
警察署に「まるで虐待を告発するような電話を受けた」と連絡が入り、初めてタッグを組んだふたりも事件解決に乗り出す。
マリアの閃きで一気に真相に近づいたと思いきや、捜査は思わぬ隘路に入り込んでしまっていた。
相変わらずマリアの推理は見事だが、漣もギリギリまで真相に肉薄しているように思える。やはり漣はただのワトソン役とは思えない。

過去のシリーズの簡単な解説

『ジェリーフィッシュは凍らない』
鮎川哲也賞を受賞したシリーズ第1作。アガサ・クリスティの名作『そして誰もいなくなった』に挑戦した全滅系クローズド・サークルものである。
当時推理小説好きの高校生たちと交流があり、面白そうな推理小説の紹介を求められ「これ面白いらしいよ」と薦めたのが本作だった。当時は忙しくて未読だったのだが、子どもたちの反応がよかったため自分でも読んでみて腰を抜かした。私がここ5年ほどで読んだ推理小説(そんなに読んでいないのでまったく担保にならないが)のなかで間違いなくNo.1であり、一気にシリーズのファンになってしまった。

新型ジェリーフィッシュの航空テスト中に起こる連続殺人。絶望度の高いクローズド・サークルとマリアが解き明かす衝撃の真相は文句なく名作である。『そして誰もいなくなった』や『十角館の殺人』と対比されがちな本作だが、同種の作品にチャレンジして評価を受けることがいかに難しいかはミステリの歴史が示しているように思う。少なくとも私はこれら2作と並ぶほどの衝撃を受けた。
・第26回鮎川哲也賞受賞作
・本格ミステリ・ベスト10 第3位
・このミステリーがすごい! 第10位
・週刊文春ミステリーベスト10 第5位
・黄金の本格ミステリー選出

『ブルーローズは眠らない』
第1作で作られた世界観をどのように広げていくか? という点で注目していた第2弾。ジェリーフィッシュ事件の不始末で閑職に回されていたマリアと漣が、現実でも難題とされている「ブルーローズ(青い薔薇)」の開発者たちを巡っていくストーリー。事件と同様に2つのブルーローズを巡る謎が面白い。おどろおどろしい実験体の影が作品を盛り上げ、著者の「騙してやろう」という心意気も随所に見て取れる。
本シリーズの特徴である(と思っている)「読者のみなさん、いいですか? 今から伏線を張りますからね? 準備はよろしいですか?」と行間に浮き上がってくるような露骨な伏線もそこここで見られる。伏線と分かっていてもまったく真相に思い至らず、解決編を見て「参りました」と白旗を上げるのも個人的には定番である。「読者への挑戦状」ならぬ「読者への降伏勧告状」とでも呼ぼうか。
・本格ミステリ・ベスト10 第5位

『グラスバードは還らない』
タイトル回収の美しさが話題になった第3弾。不動産王の所有する高層タワーで巻き起こる殺人と爆破テロ。シリーズ最大規模で緊迫感のある事件と展開もさることながら、本作のSF風味の設定が重要なキーとなる挑戦的な作品でもある。終盤のマリアが明かす怒涛のような推理の連続には度肝を抜かれた。

余談だが本作を読み終えた後に本作がアメリカで実写映画化される夢を見た。しかし映像化はいろんな意味で無理である(予算とか)。
・本格ミステリ・ベスト10 第4位
・このミステリーがすごい! 第10位

シリーズ時系列

※プロローグやエピローグは除外

1970年春〜 レッドデビルは知らない(本作)
1970年代前半冬〜 赤鉛筆は要らない(本作)
1982年8月〜 スケープシープは笑わない(本作)
1983年2月〜 ジェリーフィッシュは凍らない
1983年5月〜 ボーンヤードは語らない(本作)
1983年11月〜 ブルーローズは眠らない
1984年1月〜 グラスバードは還らない

あまり時系列を意識せず読んでいたが、本シリーズは作中で少しずつ時間が経過している(同じ年をぐるぐると繰り返し、主要登場人物が年を取らないシリーズはめずらしくない)。本作に収録された「赤鉛筆は要らない」と「レッドデビルは知らない」によってマリアと漣のおおよその年齢が明らかになったが、漣は20代後半、マリアは30過ぎほどのようだ(ジェリーフィッシュ時点)。厳密に特定できないのは漣の過去編「赤鉛筆は要らない」の年代がはっきりしないことと、どこの州もJ国より校則が厳しいであろうU国においてマリアがストレートに進級できたとは思えないため。

※8/10修正。
「赤鉛筆は要らない」の箇所について漣を高校2年生と書いたが、実際にはそれとわかる記述は見当たらないため高校生と書き直した。ただ先輩の引退に際し部長に推されたという箇所を見るに2年生の可能性は高そうである。

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