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『人類はふたたび月を目指す(光文社新書)』を読んだ感想

まさかこんなに調子不良が続くとは思わなかった。立ち直りはじめてようやく気づいたが、原因は「休みに仕事のことを考える」ことだったように思う。ということでしばらくは別のことを考えていたい。

『人類はふたたび月を目指す(光文社新書)』
春山純一著 2020.12 光文社

1か月ほど前から本も読めるようになったので、ここひと月ほどで読んで面白かった本を紹介したい。今回はこの『人類はふたたび月を目指す』である。

月と言えばアポロ計画、アポロ計画と言えばアポロ陰謀論。未だにこんな大時代な発想を持ってしまうのはもう50年も人類が月に行っていないからではなかろうか。YouTubeを主戦場として陰謀論・都市伝説が投稿され好評を得ている昨今、アポロ計画が話題に挙がるのもこういう愚にもつかないテーマのときに限られてしまった(都市伝説の動画が全部駄目というつもりはないが、周囲の子供たちが口にする明らかに嘘とわかる都市伝説・陰謀論の数々には辟易してしまうことも多い)。ただそこに「科学技術が発達したのに人類が50年も月に行っていないのは当時の月面着陸が嘘だったからだ!」という一文が載せられていたとしたら、素人の私としては頷きそうにもなる。みなさんはどうだろうか?

本書はアポロ計画から近年まで、世界で続けられてきた月にまつわる研究の成果を歴史と共に紹介していく構成になっている。特に著者自身が関わった月の極の水探しや月の縦孔の発見は当時の話も含まれているため、更に興味深く読むことができる。

本書目次より
まえがき 21世紀、月探査レースがふたたび始まった
第1章 米ソの宇宙開発競争
第2章 20世紀末の月探査
第3章 月の極の水探し
第4章 月の縦孔・溶岩チューブ
第5章 21世紀の月探査――われわれは、どう月を目指すべきか
あとがき

簡単に各章について紹介しておこう。

まず第1章「米ソの宇宙開発競争」では人類が月を目指すことの意味を、冷戦期の米ソ宇宙開発競争の歴史を振り返りながら考えていく。本章の節や項それぞれにアポロ計画を含む冷戦期宇宙開発がなぜ進んだか(スプートニクショック、ケネディの登場等)、なぜ月面探査中止に繋がったか(月面の過酷さ等)の要因となり得る理由が並んでいる。

続く第2章「20世紀末の月探査」では米ソの有人での月探査計画中止ののち、世界の宇宙探査がどのように変遷していったかを追っている。最初に1986年アメリカのチャレンジャー号爆発事故とその原因究明、ソ連の崩壊など宇宙開発の停滞を招いたと思われる理由が挙げられる。その後は1990年代の月面探査について紹介され、ここでは特に日本のセレーネ計画の経緯が詳述されている。

第3章「月の極の水探し」では前章から引き続き月における氷水発見を取り上げている。セレーネ搭載の地形カメラが月の南極にあるシャックルトンクレーター内の永久影を初めて撮影した際のエピソードがメインとなっており、計画に関わっていた著者の執筆には熱が入っている。これらの発見について挿入される論文執筆や会議での発表のエピソードは素人には「ただの意地の張り合い」に見えなくもない。しかしそこでのやり取りに人間味が感じられるためか、まるで良質な冒険小説を読んでいるように発見の先の展開を求めてしまう。しかも小説のようだがここに書かれていることは真実の大発見の記録であり、巻措く能わずとはこのことかとページをめくる手が止まらなかった。

第3章で大発見の舞台裏を知り、熱に浮かされた読者たちの興奮が最高潮に達するのが第4章「月の縦孔・溶岩チューブ」だろう。月の水のありかの一説として前々から考えられていた月の溶岩チューブ(溶岩によって作られる地下の空洞のこと)だが、この存在はそれまで確認がされておらず、ここでもセレーネが世紀の発見を導くことになる。

最後に第5章「21世紀の月探査――われわれは、どう月を目指すべきか」では、なぜ人類が月を目指すのかという理由を改めて考え、本書を締めくくっている。日本に限らず、社会に直接役に立たない(とされている)研究には予算がつかない時代となっている。月を目指すには莫大な金がかかるが、そこまでして人類・各国が月を目指す理由とは何なのだろうか?

ゆえあってここ1年ほど宇宙に関する話題に関心を向けてきたが、アメリカの発表したアルテミス計画や昨年話題になったスペースX社のクルードラゴン宇宙船(日本では野口聡一さんの搭乗で知られる)の動向には胸が躍る思いだった。

※宇宙飛行士の野口聡一さんは宇宙からの写真をTwitterに投稿することで有名である。また同じ光文社新書から今回の宇宙飛行前の野口さんの対談本が出ている。

なかでも驚いたのが前者のアルテミス計画である。アメリカらは2020年代中の女性宇宙飛行士の月面着陸を実現しようとしている。50年の時を経て新たなアポロ計画がスタートしたのだ。

もちろんアルテミス計画は再び月に立つことだけを目指しているわけではない。有人機の月面着陸はさらなる宇宙探査・開発の(あまりに巨大な)一里塚に過ぎないのだ。かつて米ソをメインのプレイヤーとして進んだ宇宙開発競争は、米中対立をきっかけに再び加速し始め、今後どのように進んでいくか世界中の注目を集めることになるだろう。

これらの宇宙探査競争から政治的な一面を取り除くことはできない。だが、それらの思惑の存在を差し引いても魅力的である。上記の紹介文も個人的な興奮が混ざり過ぎており、新書の紹介には適していないと反省の気持ちもある。

しかし毎年数十冊は新書を読み続けているが、ここまで読んでいて興奮した新書は記憶にない。カバーデザインをいつもの光文社新書のものから月の写真と柔らかなフォントのタイトルに変え、全国の書店で展開する夏の読書感想文コンクール課題図書コーナーに紛れ込ませたらどうなるかと考えてしまう(笑)

さすがに子供には難しい内容だが、おとなが読んでも月と宇宙の魅力に夢中にさせてくれることは間違いない。改めて「おとなの」読書感想文課題図書として本書を推薦したい。

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