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『嘘解きレトリック(別冊花とゆめコミックス)』全10巻を読んだ感想

『嘘解きレトリック』1〜10巻
都戸利津著 白泉社 2013.6-2018.8(単行本)

レトロモダン路地裏探偵活劇。

私の「ウソじゃない」は人が人を信じるのとは違うけれど、信じてもらえることで心が強くなるのは分かります。(第5巻より)

基本的に一定の期間より前に読んだ作品の感想については、ひとつの記事として扱ってこなかった。しかし1度くらい漫画を紹介してみたいと思った時、どうしてもこの作品を選ばずにはいられなかった。これだけ好きな作品なのに、一度もきちんと文章にしたことがなかったな、と。
今回改めて読み直した感想を記したい。

本作の舞台は昭和初年(最初期)の架空の町・九十九夜町。生まれつき人の嘘を聞き分ける能力を持つ少女・鹿乃子は、故郷の村を出て単身この町へやってきた。嘘を見抜くことができる力は人の悪意に触れやすく、また周囲に気味悪がられてしまう。そんな過去に苦しんでいた鹿乃子は、自分を知らない町で、自分の能力を隠しながら生きる決意をする。

しかし仕事も見つからず、ひとりの生活は難航する。泣くなく野宿していたところを探偵の祝左右馬(いわいそうま)と警察官の端崎馨に助けられ、親切な料理屋・くら田に連れて行かれることに。
くら田やその関係者は心優しく、温かい人間関係に憧れをもつ鹿乃子。しかしそこにまつわるトラブルで人命にかかわる事件が発生。少年の命を救うため鹿乃子は思わず隠していた自身の能力を口にしてしまう。

また孤独になってしまう……。
そう後悔する鹿乃子。
しかし探偵の左右馬は彼女の能力を肯定的に捉え、「うちで働きなさい」と言うのだった。

甲斐性はないが心優しく素直な性格の左右馬。彼と心優しい町の人々との毎日が、だんだんと鹿乃子の傷ついた心を癒やし、その力に向き合う強さを与えていく――。

本作は昭和初期を舞台とした本格ミステリ作品である。「嘘を見抜く」能力というのは本格ミステリとしては反則気味かもしれない(最近はむしろ軽いSF設定ならトレンドのようにも思えるが)。しかし本作のこの能力には一定の弱点があり、なによりそれを切り口にしてきちんとロジカルに事件を解決に導いていく。

このような異能力に頼り過ぎると作品に推理要素がなくなってしまうものである。しかし本作にはまったくと言っていいほどそれがない。その能力の欠点が別の謎を生むこともあるし、「嘘を見抜く行為」が読者の印象に残りやすいために事件をわかりやすくして読者を謎に取り組みやすくしてくれる。

そして事件や日々の生活のなかで描かれる人間模様が胸を打つ。物語の前半では鹿乃子がさまざまな人と嘘に触れることで、自身の存在と能力に向き合う流れとなっている。後半では繰り返し姿を見せる物語のキーパーソンとの対決を通じ、左右馬の過去や胸中が描かれる。そして物語はふたりが向かっていくであろう未来への道へと続いていく。

鹿乃子の心の声や台詞を囲むように、それまで出会った人々の表情、言葉が浮かび上がる演出が心憎い。作中何度も使われているが、その都度彼女の見てきたものが回想され、読者の感情を揺さぶってしまう。

狭い町での出来事ゆえ、それぞれの事件で出会った人々がその後も姿を見せてくれることが楽しい。特に縁談のエピソードで見せた馨の誠実さには心がぐっと掴まれる思いであった。

扱う事件には日常の謎も多いが、殺人事件も多い。それでも陰鬱な空気にならないのは愉快で心優しい登場人物たちのおかげだろう。頑張り屋でお人好しな鹿乃子、いい加減で怠惰だが誰より人に優しい左右馬、彼女の活躍(暴走?)だけで作品を一本書けてしまうのではないかと思えてしまう迷探偵ぶりの千代。
それぞれの事件すべてを1から10まで描くことはなく(ここが本作のテンポの良さに繋がっている)、その隙間を埋めるようにキャラクターたちの個性が光るエピソードが挿入される。その塩梅たるや見事である。

そして忘れてはいけないのが著者の熱心な時代研究である。舞台となる昭和初期の街並みや建築、ファッションは徹底して調べて描かれているため、その一つひとつが作品を息づかせてくれている。もちろんすべてが100点ではないだろうが、現存する当時の建物を全国を回って調べているというエピソードは作者の熱意を伝えてくれる。

可愛らしいキャラクターイラストももちろん高評価である。強いて言うなら鹿乃子の洋装はもう少し見てみたかったかもしれない。

少女漫画は推理ものが多いという。私は数を読んでいないため断言できないが、本作は指折りの完成度を誇っているのではないかと思っている(あくまで想像だが)。
それでいて少女の成長物語、恋物語としてもとても強い引きをもつため、推理ものが苦手な人でも抵抗なく読めてしまうはずだ。

意欲的に描かれるイラストをバックに、さわやかで心優しい作風と骨太な謎解きが両立する。これを名作と言わずしてなんと言おうか。感動の結末を迎えるまで、途中で読むのをやめることなどできはしない。

なんだ、じゃあやっぱり同じ理由じゃないですか。(第10巻より)


・番外編情報

『怪盗かまいたち』
都戸利津著
白泉社 2018.3
本作と同じ世界観で描かれた怪盗もの。わずか2エピソードのみと少ない作品だが、おまけとして本作キャラとのコラボ掌編も収録。

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