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錯覚の森でお茶会を

繋がっている3本の四角柱が、接合部で直角に、それぞれ逆の方向に曲がっている。鳥居をひっくり返して、左の柱を奥に、右の柱を手前に曲げたような奇妙な形。

数年ぶりに訪れた美術館で、私を出迎えてくれた金属製のオブジェ。その大きさに圧倒されたが、何を表現しているのか、全く理解できない。5秒ほどで鑑賞を終え、矢印の方向に進んだ。



素晴らしい油絵や水彩画を眺めていても、あの、数秒だけ見たオブジェが頭から離れない。赤い矢印の示す方向へ歩き進み、エントランスに戻る。

どうしても気になって、あのオブジェを探した。しかし、いくら探しても、見つからず。受付の人に聞いてみたが、そんなオブジェは無いと言われ、心配そうな視線を向けられた。

確かに、在ったはず。納得できないまま、車に乗り込み、発進させる。

あんな大きなオブジェが一瞬で消えるなんて、考えられない。私の目や脳は正常だ。

今さっき目に焼き付けた、絵画の数々。きっちり、そのまま、見えていた。目の前の道路もきちんと見えているじゃないか。幻覚なんてはずは

ドガンッ

横からの強い衝撃で思考が止まる。

急激に遠ざかっていく聴覚や嗅覚や視覚。意識が途切れる寸前に、「死」という言葉だけが脳裏を鮮烈に埋め尽くした。






バタバタと、何かが私の周りを走り回る気配。飛び起きた。

私を取り囲んでいた鳥やリス、野ネズミなどの小動物たちが、一斉に飛び上がり、素早く四方八方に逃げていく。驚かせてしまったようで、妙な罪悪感を覚えた。

「ごめんなさいね。臆病な子たちで」

女性の声で、こちらも驚いた。2mほど離れた位置で、優雅に紅茶を啜る女性。白いパラソル。ロココ調の彫刻が施されたテーブルとイス。立ち上がり、周囲を見渡せば、大富豪の芝生の大庭園、のような場所。

「さ、おかけになって」

女性に促されて、混乱したままイスに座る。座った途端、目の前に紅茶が出現した。ますます、混乱する。

目の前の女性は、全てが白い。着ているドレスも髪の色も、肌の色も。ただ、瞳だけが赤い。アルビノ、なのだろうか?

「あの、ここは」

「庭だと思えば、庭に。雪山の頂上だと思えば、そのように。そんな場所ですわ。実は今、あなたは危険な状態なのです。生死の境におります。あまりお気になさらず、ゆるりとお過ごしになって」

気にするなと言われ、案の定、思考の回転速度が上がる。そうだ、美術館の帰り。車に乗って、そして。

「危険な状態……?もしかして、私は、あの追突事故で……」

不穏な言葉が零れそうになった瞬間、前の前の女性が腕を素早く伸ばし、私の斜め後ろを指差した。その突然のアクションに驚きながら、その指差す方向を見る。

あの美術館のオブジェが、あった。

10mくらい遠くに、ぽつんと置かれている。さっき見た時には、無かったはず。

白いドレスの貴婦人は席を立ち、つかつかとそのオブジェの方に歩いていく。慌てて、追いかけた。意外と早い。しばらく歩いて、女性は立ち止まった。

何とか女性に追い付く。女性の視線を追えば、さっきのオブジェが、巨大な三角形になっていた。一辺が裏返っているような、違和感のある三角形。

「視点が違えば、同じものがここまで変わるのです。そして、見えているものも、確かではない。現実は、思い込みの重なりかもしれませんわね」

気付けば、女性は白いウサギになっていた。

驚いて尻もちをつけば、自分の車の中で。無残に割れているフロントガラスをぼんやり見つめる。


何か叫んでいるレスキュー隊員らしき屈強な男性が、私の頬を叩いてきた。痛い。確かに機能している痛覚。生きている。そう、思い込むことにした。


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