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幽霊星と氷星の清福
何世紀も前に、爆発して宇宙から消えたと思ったら、蘇った星がある。
虹色の輪っかが星の周囲に現れた後、激しく爆発し、粉々になって消えた。星が寿命を迎えたのだと、もう永遠に姿を見ることはできないのだと、思われていた。
ところが、その消えた星は十年後に突然姿を現した。それから数百年経った今も、宇宙に浮かんでいる。爆発する前と同じように、青白い光を発しながら。
なんて不気味なんだ、不吉の象徴だ、なんて騒がれて、その星は幽霊星と呼ばれるようになり、嫌われ者になってしまった。
僕は、その幽霊星を各地で写真に収め続けている。何故だか惹かれる幽霊星の写真を撮るために、天体写真の撮り方や運転技術、天文学などを学び、キャンピングカーでの放浪生活を選んだ。
見ず知らずの人からも、こんなこと止めたほうがいい、と時々言われる。でも、僕はきっと生涯、止めないだろう。
「はい、今回もお疲れさまでした」
金貨と銀貨が詰まっている小さな麻袋を、四角い眼鏡をかけた男性研究員から受け取る。ほっとして、緊張が解けた。柔らかいソファにさらに沈み込む。
「ありがとうございます。これでようやく、望遠鏡のレンズを新調できます。割れてしまってて」
「おや、それは大変ですね。確か研究所の倉庫に予備のレンズがあったと思いますから、合うのがあればどうぞ。使ってください」
「え、いいのですか?とてもありがたいですが……結構高価なものでしょう?」
「私がこの天文研究所の責任者ですから。必要な書類にサインさえいただければ、大丈夫ですよ。あなたが撮る幽霊星の写真は、私の研究に欠かせないものです。ですから、出来る限り協力させてください。あなたが星の旅を続けられるように」
ソファから立ち上がった親切な研究員は、青いファイルがぎっしり並べられている棚の前に移動し、ゴソゴソと書類を探し始めた。星の旅なんてロマンチックに言われると、少し恥ずかしい。
ひたすら続く氷の平原を、タイヤが滑らないように慎重に進む。僕たちが生きる氷星の陸地の半分は分厚い氷河だ。至る所で、ほぼ常に雪が降っている。
切り出した氷や雪で簡易的な住居を作りながら、移動して暮らす人が多い。厳つい重機で氷河に穴を開けて、釣りをして。時々狩猟もする。
防寒具も移動用のそりも、生活用品も手作りして生きる。僕も昔は、家族とそういう風に生きていた。
今は、大地の上にある大きな街を拠点にしながら、独りでキャンピングカー生活をしている。様々な所から注文された天体写真を各地で撮影し、その写真を届けて報酬を貰う。
街の中で必要な物を揃え、また氷河と星に浸る旅に出かけて。こんな忙しない生活を、もう二十年も続けている。
目印にしている丘が見えてきて、キャンピングカーを停車させた。今日の撮影ポイントに到着だ。
ベッドと作業机、望遠鏡と撮影機材でぎゅうぎゅう詰めの部屋の中に入り、必要な物を全て担ぐ。機材を車にぶつけないように、慎重に車の外に出た。
しっかり戸締りして、丘の方へ歩いていく。望遠鏡やカメラを広げられる場所を見つけて、荷物を降ろした。夜空を見上げる。
澄み切っている夜空は、冷え切っている地上の空気のおかげで、さらに冴えて見えた。肉眼でも、遠くに青白い星が見える。幽霊星だ。
あまり見つめていると不幸になると噂されている。あの幽霊星の写真は、やはり不人気だ。しかし、僕にとって幽霊星は幸せの星。
予想外の場所での機材やキャンピングカーの故障、お金が足りない時のひもじさ、病気や事故への不安。そんな生活の生々しい苦悩と疲労を、その青白い光が取り払ってくれる。
カメラの調子をチェックした後に、望遠鏡の組み立てと調整に取りかかる。今朝貰ったばかりの新品のレンズを箱から出して、望遠鏡の先に取り付けた。
準備が整った。
望遠鏡を覗き込んだ瞬間に、目に飛び込んでくる宇宙の断片。この瞬間が、たまらなく楽しい。中心にはっきり見える、青白い光をまとう球。幽霊星。
あの星は元々、地球と呼ばれていた。この氷星と同じように、表面に浮かぶ大地には人間がたくさんいたらしい。もうとっくに絶滅してしまった、と思われている。
片手に握ったシャッターボタンを押す。青白く美しい幽霊星の姿を、今日も残すことができた。
あちらは大地の球。こちらは氷の球。遠くから見れば、どちらも青白い。あちらの星からは、この氷星も幽霊星のように見えるに違いない。もしかしたら、人間が望遠鏡越しに僕を見ているかも。
少し手を振ってみた。
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