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レンタル星で温泉旅

新幹線から降りてレンタカーを借り、カーナビと地図を頼りに、知らない道をぐんぐん進んでいく。長い付き合いのある二人の友達と行く予定だった温泉旅行が、まさか人生初の一人旅になるとは。

高校時代とは異なり、三人のスケジュールを合わせることは至難のわざだった。それでも二年間、私は三人の温泉旅行を諦められなかった。

冬の星座を眺めながら、露天風呂。石鹸の泡のような会話を三人で堪能して、お湯の中でうとうとして。

一日だけでも、そんな天国のような非日常が欲しい。私欲に二人を巻き込んでしまった。その罰なのか、前日に二人とも風邪に。二人とも来ると言ってくれたが、無理はさせられなかった。二人が健やかでいることが、何より大切なのだから。

ギリギリまでさんざん迷い、結局二人分の宿泊だけ、キャンセルした。




元気な中居さんに案内された三人用の広い和室で、しばし手足を投げ出して寝そべる。宿周辺を少しドライブしただけで、疲れた。大きな窓から差し込む夕日で、頬が温まっていく。

ばっと起き上がり、鞄からお風呂セットを取り出した。



「綺麗ですよね。星、お好きですか?」

はっきりと分かる冬の大三角をぼうっと見上げていると、隣の見知らぬ若い女性に声をかけられた。

「はい、結構、好きです。つい星座、探しちゃいますね」

普段は重度の人見知りなのに、抵抗感なく、するりと返事できた。暗い露天風呂では、顔がよく見えないからだろうか。真っ裸で外にいるという最大級の開放感で、感覚がマヒしているのだろうか。

「では、地球から52光年先にあるグリーゼ777という星をご存知で?」

「え?……すみません、好きなんですが知識はあんまり無くて。どんな星なんですか?」

隣の女性の声が、一段と明るくなった。

「自ら赤く輝く星です。そのグリーゼ777から、最近円盤が飛んできたという噂があって。サハラ砂漠の真ん中に突き刺さったそうです。すぐに各国で厳しい報道規制がかかって、ほとんどの人がまだ知りません」

「円盤って、もしかしてUFO……とか?」

「そうです。老若男女がすぐにイメージできる、あの形のUFO。砂漠に落ちてから一週間、放置されてました。怖くて誰も近寄れなかったのでしょうね。物々しい防護服を着た研究者や技術者たちが、各国の宇宙研究機関から集まってきて、ようやくUFOを掘り起こし始めたんです」

夜風でお湯から出ている肩先が少し冷えた。ずずずと沈んで、肩までお湯に浸かる。

「何事もなく途中まで掘り進めて、作業員たちが休憩していた時、音もなく突然、そのUFOの一部分に穴が開いて、その穴からパンツスーツ姿の女性が出て来たそうです」

SF映画のような話にドキドキする。宇宙人襲来。地球滅亡の危機。非現実的な物語と分かっていても、そういう話に夢中になってしまう。

「その女性は静止するようにという指示に大人しく従い、周囲の人々を見回しながら叫んだそうです。『レンタル契約期間が過ぎましたので、速やかに地球をご返却くださいますよう、お願いに参りました』と」

レンタル、返却、地球、と三つの単語を脳内で呟く。明日返す予定のレンタカーが脳裏を過った。

「レンタル……?」

「そうです。レンタルです。人類は大昔に、グリーゼ777から地球という星を借りていたんですね。数百万年ほどのレンタル期間が終わり、グリーゼ777から返却を促す使者が来た。それだけの話だったんです」

「でも、地球を、返しちゃったら……」

女性が口を閉ざした。暗くて表情が分からない。不安を駆り立てる沈黙は十秒ほど続いた。

「その女性はその後、国際宇宙局の会議室に移動して、大勢の人と長い長い話し合いをしました。実は私、その場にいたのです。料金とか、契約条件とかは秘匿事項なので話せないのですが、結果的に、レンタル延長契約が結ばれました。これからも数百万年、人類は地球を借り続けるでしょう」

「はー、良かった。安心しました。返しちゃうのかと。面白かったです。お話は、自分でお考えに?」

女性はふふっと笑い、私と同じように肩までお湯に浸かった。

「ふー。温かい。地球には、こんなにも心地よい場所がある。人類が地球を手放したくない気持ちが、よく分かりました。グリーゼ777に帰ったら、仲間に温泉のこと話します。素直に話を聞いてくれた、あなたのこともね」

しばし、隣の女性と見つめ合う。相変わらず暗くてよく見えないが、たぶん、女性は微笑んでいる。

湯船に思考を沈めて、また見事な星空を眺めた。シリウス、プロキオン、ベテルギウス。冬の大三角が、強く輝いている。面白い土産話ができた。あの二人は、どんな反応をするだろうか。



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