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鈍行の旅で垣間見た「今を生きる」

 ねこっちです。昨日は大学の授業を終え、いつもは新幹線で帰るところを、鈍行列車で帰ることにし、約4時間の長旅をしました。

 4時間の長旅、と聞くと、電車に長時間揺られ、足も動かせず、さぞかし大変なものだろうと思ってしまうことと思いますが、昨日の鈍行の旅は、私にとってはかけがえのない時間でした。

 その理由は、電車の中でふと「今を生きること」の大切さに気づいたからなのでした。本記事は、それに関するお話です。


鈍行の旅①:目黒線、東横線で横浜駅に至る

 大学は大岡山にあります。昨日は午後3時ごろに授業を終え、そのまま目黒線に乗り、武蔵小杉駅を目指しました。その後、武蔵小杉駅で乗り換え、JR線とつながっている横浜駅まで出ました。

 このとき、私はいつものように曲を聴いて電車に乗っていました。この時は『I'm a mess』(MY FIRST STORY)や『とべ!とべ!ルビー』(ドリーミング)などを聴いていました。

 このとき、妙に気分が冴えなかったことを憶えています。というのも、目黒線~東横線に至るこのルートは、大学1年時~2年時のころによく利用していた路線だったからです。大学1、2年時は、「大人になるとはどういうことなのだろう」ということを常に考えており、精神不安定であったため、電車で疲れ切った大人(と楽しそうにはしゃぐ子ども)を見るなどして、その思考の舞台となっていたこの路線にはいい思い出があまりなかったのです。

 今日の鈍行の旅は、こんな感じのことを考えてしまうのか、とその時は不安だったため、それを打ち消すかの如く、音量を上げて曲を聴いていたのでした。3曲目の『威風堂々』の途中で、横浜駅に着きました。

 横浜駅では、JR線の改札を探すのに一苦労しました。というのも、鈍行で東京から静岡に帰るのは数年来のことで、その時の乗り換えを完全に忘れていたからです。静岡から東京へ鈍行で行ったことは何度かあるのですが、逆は少なく、その数年前の記憶ももうなかったので、JR線をやっとのことで見つけました。

鈍行の旅②:JR線で熱海駅を目指す

 改札を通り、今度は熱海駅を目指すべく、JR線に乗りました。平塚駅行の電車と、伊東駅行きの電車の両方が来る時間だったのですが、どちらに乗ればよいか分からなかったため、Google Mapで熱海駅との位置関係を調べ、熱海駅よりよりも遠い伊東駅に行く電車に乗ることにしました。

 駅のホームでは、最前列で待っていました。そこは直射日光が当たる場所だったので、暑かったことを憶えています。

 数分して電車がつきました。電車に乗ると、クーラーの涼しい空気が身を包み、一息つくことができました。開いている座席に座り、授業で学んだ統計力学の復習を始めました。

 その後、電車の中も次第に混みあうようになり、私の開いているノートのページが隣の人に触れてしまいそうになる一幕もあったため、ノートを閉じ、今度は頭の中で基礎事項を唱えるという復習を始めました。

 数駅を過ぎたころにはそれも終わってしまったので、やることが思いつかなくなり、窓の外を見ていました。

 物思いにふけっていると、いつの間にか混雑していた車内が空いていました。私以外に乗っている人は数人、というほどになっていました。そこで外を見やすくなったので、車外をながめながらますます思考が加速しました。

 真鶴駅、湯河原駅のあたりについたころのことでした。外をみると、晴れ渡る空の下に広大な海が広がっていました。このとき、私はどこか懐かしいような不思議な感覚を覚えました。そして、それは何だろうと考えました。

 見えているのは、午後の東の青空と、吸い込まれるような青い海なのですが、突然、何の前触れもなく懐かしさが湧き上がってきました。この時、懐かしい記憶には心当たりがありました。幼いころ、海の公園に行った記憶が呼び覚まされたのでした。しかし、ここで私は次のような疑問を抱くことになりました:

何故、幼いころは懐かしいのだろう?

 授業、レポート、やること、自己メンテナンス、・・・今も今を懸命に生きているはずなのに、あまり懐かしいとは感じない。それなのに、幼いころの記憶には、懐かしいものが多い。それも、突き刺さるような、強烈な懐かしさが湧き出て来るのです。

 そこで私は、この問いについて考えてみることにしました。すると、電車はトンネルに入りました。車内は天井の照明で明るくなっています。

 見る景色がなくなったので上を見ました。上には、つり革や手すりの上端が見えます。手すりは、照明の光を反射して金属光沢を放っています。

 その金属光沢を見た時のことでした。突然、上の問いの答えが頭に浮かびました:

 幼いころは、今この時にしかない「その瞬間の個性」を見出して、それを味わっていたから、今が今として輝き、それが懐かしいのではないか?

 これは実に不思議な瞬間でした。確かに、幼いころの時間というのは特別で、散歩で出会ったチョウや、買い物に行った時に見た大きな野菜などの、些細なことにも一つ一つ名前を付けられるほど、今の物事に「個性」を見出すことができていました。今にしかない今を感じられるのですね。

 ところが、大きくなると、物の名前や決まった予定などの「情報」が先行し、今が今たる個性を、今に見出せなくなっていきます。今味わっている「今」と、いつか味わった過去の「今」が同じになってしまい、今がそれほど特別だとは思えなくなってしまうのです。

 確かに、今の私も「課題」や「自己メンテナンス」など、やることを懸命にやっています。しかし、それは「その時に固有の個性」を持っておらず、いつやっても同じ感情が出て来るものなのです。そのため、今に特別な個性を見出せず、いくらやっても後で懐かしいとは感じないのです。

 懐かしいという感情は、どれだけ今を「今」として味わったのか、その証として心に刻まれるものなのでしょう。

 最初に「今の個性」の概念に気づいてから、「懐かしさ」に対するこの答えが出るまでに、数秒の時間でしたが、私はとても大切なことに気づいたのだと感じました。

 トンネルに入ると熱海はもうすぐです。私は、このことに気づけた場所であるこの電車が愛おしく思いました。私は、

「電車の冷房、涼しい空気をありがとう」
「電車の窓、良い眺めを見せてくれてありがとう」
「電車、私を乗せてくれてありがとう」

と心の中で言いました。すると、電車が「どういたしまして。またいつか乗って下さいね」と言ってくれたように感じ、私は感動しました。

 この感動が、やがて懐かしさとして残るのだと思います。私は、心の中で交わした電車との会話を通して、電車に乗っている今という「今この時の個性」を味わえたのでした。

鈍行の旅③:夏の夕日に包まれ、自宅を目指す

 熱海まで私を乗せてくれた電車を降りると、反対側のホームに豊橋駅行きの電車が止まっていました。私の自宅の最寄り駅は豊橋駅よりも手前なので、この電車に乗ることとしました。

 電車が出発すると、長いトンネルを抜けて再び海が見えました。今度は電車の中で

「降りる時までよろしくね」

と電車のつり革や座席、窓などに心の中で声をかけ、移ろう景色を見ながら乗っていました。

 時刻は午後5時半を過ぎ、途中から黄色の夕日が電車内に差し込みました。窓についている日よけに、こがね色の光が映ります。夕方なのにもかかわらず、その光はどこか新鮮な朝日のようにも見えました。

 普段は、電車に乗っている時はワイヤレスイヤホンを耳に入れ、曲を聴きます。曲の世界に入り、その中で空想を膨らませて楽しむのですが、この時は、曲は聴きたくありませんでした。曲のもっている躍動感やテンションの上がるメロディーは、確かに何もしない時を彩るにはもってこいなのですが、それはいつ聴いても同じものです。一方、電車に差し込んだ夕日は、その時だけのものでした。こがね色に染まる日よけ、向かいの席の人の肩に映るその隣の人の影などは、昨日のその時間にしかない、かけがえのないものでした。

 そのため、いつでも聴ける曲よりも、今にしかないこの風景を楽しもうと思い、私は曲を聴かなかったのです。そのひと時は、ある意味で、曲の躍動感よりもはるかに躍動的な時間でした。


 午後6時に興津駅を通過し、ここで母に連絡を取りました。あと40分ほどしたら着きます、とLINEで送りました。そして、スマホをカバンにしまい、再び外を見ました。

 目の前に、大きな山がありました。普段は「ああ、山が見える」とあまり気に留めない景色なのですが、この時はどんどん流れていく景色に対して微動だにしない山を見て、この山は凄く大きいのだな、ということを実感しました。

 午後6時20分、静岡駅を出ました。ここまで来ると、目的の駅まではもうすぐです。いよいよこの電車ともお別れだ、と思うと、寂しくなりました。電車に乗ったというそれだけで、ここまで寂しさが湧いてくるというのは、私は、電車に乗っている今を楽しんだということなのだな、と改めて思いました。


 目的の駅に着き、私は電車を降りました。心の中で、電車に大きく手を振りました。電車も、優しく微笑んでくれているような感じがしました。

 家に着き、夕飯を食べました。そして、日記を書き、早めに寝ました。この日もとても暑かったため、日中の体力の消耗が相当なものだったこともあり、布団に入ると同時に私は寝てしまいました。

おわりに

 私が昨日気づいたこと

・今この時の個性を味わうこと
・懐かしいとは、どれだけ今を味わったのかが心に刻まれた証のこと

は、「懐かしさとは何か?」に対する私の答えなのですが、これはその答えであると同時に、今を生きるとはどのようなことなのかに対する答えにもなっている、と思いました。

 その意味で、昨日の鈍行の旅は、「今を生きる」を学んだ貴重なひと時でした。

 私は今まで、今という時間に「今」の個性を見出せなかった時期が長かったように思います。子どものころはこれが自然にできていたのですが、大きくなると、「今の個性」よりも「頭の中の情報」のほうが大事になってしまい、味わうことのなかった「今」を大量に過ごしてきてしまったと思いました。

 昨日気付いたことを心に留め、できるだけ多くの時間、今を「今」として味わうことのできる時間を積み重ねていきたいと思いました。

 そうして生きていった「今」の積み重ねが、生活の充実、ひいては人生の充実につながっていくのだろう、と思いました。

 以下の「つぶやき」は、昨日の電車の中で書いたものです。

 昨日はリアルタイムでこのようなつぶやきを投稿したのですが、今日、昨日感じたこのことを改めて記事にできてよかったです。

 ここまで読んで下さった読者の方に感謝。そして、今に感謝。ありがとうございました!

    ねこっち

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