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【3】第一章 眠れる境の探偵社 (3)世界中のメディア反応



「今年、突如『オーロラ公国王子募集ツアー』を開催するとした公国の発表に世界中の注目が集まりましたが、現在ここオーロラ公国南極地下研究所の、地上広場では、各国から応募した十八歳の王子候補四十名が、ツアーの目玉であるオーロラ鑑賞を楽しんでいるところです」
 どうやら時生の周りはツアーメンバーの他に、各国のメディアが溢れているらしく、スミス所長の「ロープの外には出ない様に。クレバスがあるかもしれないからね!」という声や、「すごいや、オーロラ最高!」「ファンタスティック!」などと口々に感嘆する少年達の声に混じって、様々な言語の中継が聞こえる。
 「現在、国土も国民も持たないこの特殊公国は、古くから伝わる『眠りの呪い』という秘密保持技術で大国をも凌ぐ程の莫大な富を築いたと言われていますが、それがどんな技術でどう使われるのかは明かされていません。え、後ろ? ペンギン……が行進してますね! うわ、かわいいな」
 ――これはフランス語? マンショ? て何? 「公国の資産は後ろ盾であるイギリス国が凍結管理していますが、もし、公国の悲願である女神アウロラの生まれ変わりであるオーロラ姫を見つけた場合、公国はその国に従属するとしていますので、当国は莫大な富を手に入れることとなり、各国は今回の王子募集イベントに多大なる関心を寄せています。え、後ろ? ペンギン……が行進してます! 可愛い!」
 ――アンかぁ。て、ペンギンが行進してるの?
「公国によりますと、オーロラ公国の王子は預言者の役割を果たす者で、日本人とケルト人の血を引き、十八になる年にオーロラを見る事でオーロラ姫の存在を予見すると言われている為、それがそのままツアーの参加条件になった模様です。果たしてこの中から王子は見つかるのか? そしてオーロラ姫は存在するのか? 存在するならどこにいるのか? 今夜その結果がわかります! え、後ろって、……ペンギンが行進してるぅ! キミ! 下向いて歩いてるキミ!! キミ、ペンギン王子?」
 ――さっきの日本国のレポーター? て、ん?僕の事?
 振り向くと、後ろをペンギン達がポテポテとついて来ていた。「何だよアイツばっかり目立って」と言う声が聞こえ、時生は内心、自分の事を「お前ペンギンと身長変わんないな」などと馬鹿にした男子達に舌を出し、ガッツポーズした。ペンギン王子、最高!
 


「君達がいつも見ているオーロラはね、暗闇の中で光る事から、暁の女神アウロラの名前をつけられたんだ。希望の光って意味だよ。そしてあの有名な童話・眠り姫のオーロラも、国の希望の光になります様にって意味で、その名前がつけられたんだ。素敵だよね。僕はね、お伽話のなかで、眠り姫が、一番、好き、なん、だっ」
 ようやく喧騒から逃れ、遠くで聞こえるケルトのリズムに乗りつつ、たまに雪にはまる足を引き抜きながら時生は前進していた。が、息が切れてハッとする。手にあの本を持ち、無意識にペンギン達に話しかけていた。
「あー、もうっ! だからチビは嫌なんだっ!今は誰よりも早く王冠に辿り着かなきゃいけないのに!」
 時生はたまに十五歳の無邪気な自分が顔をだす事がある。最近頭と心のアンバランスでイラつく事が増えてきた。
 ――後ちょっとで着く! 誰にも負ける訳にはいかない。特にあの……
「君は本気でオーロラ公国の王子になりたいの?」
 ギョッとしてフードの横から覗くと、タカフミが隣を歩いていた。
「そ、そんなの当たり前だろ?君はなりたくないの、かよ?」
「なりたくないよ。他の皆んなも、世界一の金持ち国が南極に連れてってくれるって言うから応募したんだろうし」
 一刻も早くこのイケメンから離れようともがいていた時生は、あまりの朗報にすっ転んだ。だってそうだろう。王子候補ナンバーワンが、あっさり戦線離脱したのだ。
「え、本当に? 本当に皆んな王子になりたくないの?」
「冷静に考えて、この現代に女神の生まれ変わりなんていないよ。なのにその生まれ変わりのお姫様が見つかるまで、王子は国民が一人もいない一人ぼっち。結局は一生ボッチ王子って事。誰もなりたくないだろ、そんなの。それとも君は本物のボッチ王子になりたいの? ほら、つかまって」
 その時の時生は王子が近づいた興奮に浮かされていたのだろう。あんなに嫌がっていたタカフミに助け起こされるのも構わず、気づけば普通に喋っていた。「ボッチ王子だって全然いいよ。僕は『眠りの呪い』を解いて大きくなりたいだけなんだから」
「……」
 ハッとして雪まみれの手袋で口を押さえたが、もう遅い。一瞬止まったタカフミの顔がみるみる歪む。「君……まさか、チビなのが呪いのせいだと思ってるとか?」
 時生と同じ様に手袋で口を覆っていたタカフミは、ついにこらえ切れなくなり大爆笑した。いつもなら、無視して我慢出来たはずだ。でも今日は違う。オーロラ、南極、氷点下、雪、ペンギン、そしてあまりにも自分とは違う理想の少年。
「そうだよ、僕がチビなのは呪いのせいだ! 見ろよ!」
 そう叫んで手袋を脱ぎ捨てポケットからキャンピングナイフを取り出すと、前髪を掴んでナイフで思い切り切り取った。前髪で隠れていた眼鏡とつぶらな瞳があらわになる。
 数秒後、ドサリ! と尻もちをついたのはタカフミだった。が、ザマアミロという気持ちにはならない。こんなの見たら、誰だって気味悪がるのは当たり前だ。

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