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人食い地蔵

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
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雨に濡れたアジサイを見ていると、あのときのことを思い出す。
アジサイが雨に濡れている中、私たちは歩いていた。
突然、友人から、旅に誘われ、休暇を取ってつきあった。
「恵みの雨だね」と彼女は言う。
恵みの雨も何も、今は、梅雨だ。
彼女が、最近、仕事を辞めたのは知っていた。なぜなのか、どうしても話してくれない。はぐらかされてしまう。
いくつかのお寺を巡った。
「なんで、お寺にアジサイが多いの?」
「昔、梅雨時は、疫病で死ぬ人が、多かったから、その時期に、花を手向ける(たむける)代わりに、アジサイを植えたらしいね」
――なんで、そんなことを聞くの?
と、私は、心の中でつぶやいた。
「これは?」
と、彼女は、一つの仏像を指さした。
違う寺に行くたびに、彼女は、仏像について、いちいち尋ねてくる。
「これは、不動明王(ふどうみょうおう)。明王たちは武器を持って、おっかない顔をしてるよね。悪を懲らしめる警察官ってところかなあ」
「これは?」
「観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)。菩薩は、悟りを開いてるんだけど、あえて、解脱(げだつ)しないで、人と交わりながら、人々を救済する仏さま」
「これは?」
――ねえ、カヨちゃん、あなた……
「これは、薬師如来(やくしにょらい)だね。如来は、解脱してる一番位の高い仏様」
「うんうん、キミちゃんがいると、なんでも知ってるから、便利!」
「ほら、こんなふうに、薬師如来には、手に水かきがついているの」
と、私は仏像の手を指さした。
「なんで、水かきなの?」
「救済した人たちが、指の間から、こぼれおちないようにだってさ!」
――こんな話じゃなくて、もっと……
「ふーん…… あ、これは、わかるよ!」
「そう。地蔵菩薩。悩みを気軽に聞いてくれる。
死んだ人たちが、ちゃんと、次の世界に生まれ変われるように、途中で迷ったりしないように導くんだって。
昔は、子どもたちが、病気でよく死んでさ。死んだ子どもが、迷わないように、子どもを亡くした親が、子どもが使っていたヨダレかけを、お地蔵につけたらしいよ。今までの話は、全部、かっこ諸説あります、だけどね。
ただ、変なお地蔵さんの話も、聞いたことあるなあ……」
「変なお地蔵さん?」
「うん。祈った人が、近い将来死んじゃうっていうお地蔵さん。通称、人喰い地蔵」
「なんで、そんなことになるんだろう……」
「そこは、よくわかんない……死者を導く役割もしているから、そんな話になったのかなあ……ああ、でも、そのお地蔵さんを、祈る人もいるんだってさ」
「どんな人たち?」
「不治の病にかかって苦しんでる人たち」
なんか、ふいに彼女の目が、大きくなったような気がした。
「『お地蔵さま、どうか、病気を、治してもらえるのなら、治してください。もし、治せないのだったら、早くお迎えに来てください』って……」
「………そのお地蔵さんは、どこにあるの?」
――カヨちゃん……
「ごめん、場所は、忘れちゃった」
「………もし、そのお地蔵さまの場所を思い出したら教えてね!」
彼女は、目を瞑り、手を合わせた。
――ねえ、そもそも、お寺にも仏像にも、カヨちゃんは関心無かったじゃない。それなのに、どうして……
彼女は、穏やかな笑顔を見せた。怖かった。まるでお地蔵さまの顔みたい。それ以上、何も聞けなかった。
あれから、何年かたった。彼女とは、ぷつりと、音信が途絶え、依然として連絡は、取れないままだ。
雨に濡れたアジサイを見ていると、あのときのことを思い出す。

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