植物に聞いてみた カラスウリ ~違う相手 違う美しさ ~
(SE)電車の音
語り ずっとずっと眠れなくて、気がついたら、私は変な所にいた。
夜、谷筋に通っている線路の傍まで来て、金網に手をかけていたのだ。そこを登って、飛び降りれば、下の方を通る電車へ……
カラスウリ やめときゃいいのに……
語り 私は辺りを見回した。誰もいない。
カラスウリ やめときゃいいのに……
語り 幻聴か……当たり前か、私メンヘラだし。
カラスウリ 幻聴じゃないよ。私は、あなたの目の前にいる、白いレースの布みたいに繊細で幻想的な美しいお花だよ。
私 え? え? え?
語り 私は、その金網に絡まって生えているツル性の植物を見た。花が咲いてるなんて気づかなかった。
私 私、何としゃべってるの?
カラスウリ だから、レースの布みたいに繊細で最高に幻想的な美しいお花だよ。大事な事だから、二回言って見た(けらけら)。
私 花がしゃべるの? 私、もうダメかもしれない。
カラスウリ 何を今さら(笑)。まあ、やめとけば? ここ汚いよ?
私 汚い?
カラスウリ 谷底を電車が走っているけど、上からゴミが捨てやすいんだよね。ペットボトルとか、生ごみとか、信じられないものが捨てられる。酷い時は、石とか。
私 石? それは犯罪じゃない?
カラスウリ 石よりもでっかいものを落とす人もいるね。自分の体とか。石もヤバイけど、飛び込みも変な所で電車を急停車させなきゃいけなくなるから、乗客も凄い危険。
散らばった死体を線路で拾い集める人たちも、危険だし大変。
切断された手足、頭、場合によっては脳みそなんか、箸みたいのもので拾い集めるんだけど、拾い集めてる人の感情の無い顔って、見ものだねー。
電車に飛び込んだら、ぽんと死ねると思ってるみただいけど、体がずたずたなのに死に切れなくて動いてる人も見たことある。あれは、苦しそうだったよー
語り な、なんで、花がしゃべってるの?
私 この幻聴……凄く混乱する。
カラスウリ だから、幻聴じゃないんだってば。
私 ちょ、ちょっと待って、まず、あなたは何なの?
カラスウリ カラスウリと呼ばれてる植物よ。うーん、わかりやすくいうと、カラスウリの妖精って所? あ、なんか、人間界には梨の妖精もいるんだってねえ(けらけら)。
私 なんで、そんなこと知ってるの。
カラスウリ ん? 退屈しのぎに話せそうな人間に話しかけたりするから。
私 頭おかしくなりそう。
カラスウリ そうよねえ。自殺しようとしてたんだから、頭おかしいよねえ。
私 なんだか、あなたと話していると調子が狂う。
カラスウリ 調子なんか、もともと狂ってるんだから、気楽にしゃべったら?(けらけら) ただ、あなたに危害を加えるつもりも無いし、私は、そういう能力も無いから、そこんところは、よろしく。
語り 危害……夫だった男に、怒鳴ら、殴られたりしていた時の事を思い出してまた、金網をよじ登りたくなった。二十四時間営業の暴力。ようやく夫と別れたのに……
今度は、二十四時間営業の心の病。
カラスウリ なんでまた、死のうとしてるの?
変な男にでも引っかかった?
語り 私は、きっ!と、カラスウリをにらんだ。
カラスウリ おお、怖い怖い! 図星かー!
私 ……ほんとに酷かったのよ。蹴られて、肋骨を折られた事もあったけど、心の方も、あちこち複雑骨折って感じ。
カラスウリ 屑だねえ。そんなことする男も病気なんじゃないの?
私 そうね。あんな屑だとは思わなかった。面食いな私が、大馬鹿だった。もう男はたくさん!
語り カラスウリが、ふいに話題を変えた。
カラスウリ …………ねえねえ、私がなぜ夜咲いてるかわかる?
語り そういえば、この花は、夜なのに咲いている。
私は、そのことに、ようやく気がついた。
カラスウリ 夜、活動してる虫たちもいるんだよ。私たち、そいつらに、花粉を運んでもらってるんだ。
植物にとってのパートナーって、ちやほやされる、綺麗な蝶々だけじゃないのさ。
月下美人なんか――ああ、でっかい綺麗な花を夜に咲かせるサボテンなんだけどね。本当に綺麗だよー。死ぬ前に、一度見てみたらいいのに。
あれは、コウモリをパートナーにしてる。
世界は広いんだから、愛し合える人がいないって決めつけるのは、まだ早いんじゃない?
馬鹿も多いだろうけど、いい奴も絶対いるって!
私、地面に芋みたいなものがあって、栄養を蓄えてるから、相当しぶといっちゃあ、しぶといんだけど、でも、まあ、環境悪くなって、どうしようもなくなったら、枯れる。当たり前だけど、それは運命だよね。人間も、いつかは死ぬ。
でも、あなたは、まだ、枯れる時じゃない気がするんだよね。遅かれ早かれ生命はいつか終わる。それまで、楽しまなくちゃ。
酷いことした奴に対する、最大の復讐は、幸せになることだってよ?(けらけら)
私 もう! 簡単に言うけど……
……あなた綺麗な花なのに芋ができるの?
カラスウリ 私のは、人間が食えるような芋じゃないけどね。
「芋」って言葉、人間はイケてないって意味で使うみたいだけど、ジャガイモなんか、本当に綺麗な花が咲くよー。
マリー・アントワネットが、ジャガイモの花を飾りにしたくらいだからね。
見ようとしていないだけで美しいものは、あなたの手に届くところに、たくさんある気がするんだけどな。
私 カラスウリさん……
カラスウリ 花じゃないけど、パキラなんか育てたら? 私が話し相手になってあげてもいいけど、いちいち、ここまで来るの大変でしょう?
私 パキラ?
カラスウリ お店で普通に売ってる観葉植物だよ。花じゃないけどさ。あいつ、割合、信念のあるナイスガイだよ。ちょっとくらいなら、水やり忘れても、大丈夫だし。私みたいに口悪くないし。
老人ホームのお婆ちゃんに植物の世話させると、元気になる人が増えたなんて、研究があるらしいよ?
私 もう! 私は、お婆ちゃんじゃない!
カラスウリ 死のうとしてた人が、そんなことを気にしてる!(けらけら)
……………………乗っ取られ感で、わーっとなってる人には、鋭い衝撃音か、意外な話しかけ方をすると、それがきっかえで、衝動が止まる場合も、まれにあるんだってね。
私 え? え? え? カラスウリさん、なんで、そんなことを……
カラスウリ 患者を救えなかった医者と話したことがあるんだ……
私が人間だったら、抱きしめてあげられるのに……辛かったね……
私 カラスウリさん、もう! もう……! ううう、あああああ(泣)。
カラスウリ…………秋が深まったら、私も鳥の卵くらいの真っ赤な美しい実をつけるから、また見に来てくれたらうれしいな。
※カラスウリの仲間キカラスウリについては、根から採取されるデンプンは、天瓜粉、天花粉と呼ばれ、あせもなどの薬や白粉(おしろい)として利用されることもあったそうです。
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