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東の果てのブルース

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
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※この作品はフィクションです。

■登場人物

・イヤス
・王様
・カナ
・シンスケ

王様は、俺の肌を指で触って、こすったりした。

炭を塗っているのではないかと、思われたらしい。

裸にさせられて、水をかけられ背中をこすられた。

そして、この黒い肌の色が落ちないことに、王様や周りの人たちは、驚いていた。

 ■

 遠い遠い所から、俺は売られてきた。

俺とは違う感じの黒い肌をした人たちが住んでいる国――インドというところ――で、俺は、棍棒の使い方を習った。

俺は、筋がいいと、先生に言われた。棍棒で、先輩たちをすぐに叩きのめせるようになった。

そうしたら、あの男、ヴァリニャーノが、俺に目をつけて、俺を買った。

神の教えをはるか東の島に伝えるのだという。
どんな危険な所か、わからないから、護衛にしたいと言った。

そんな危険な所に、なぜわざわざ行くのかわからないが、俺は主人の言う通りにするしかない。

インドから2年の航海のあと、俺たちは、その島国についた。

俺は、目を見張った。この国は綺麗だ。

とにかく緑が綺麗だと思った。こんなに綺麗な水がたくさんある。俺の故郷にも、インドにも、こんな綺麗な草木や水はない。

そして、ヴァリニャーノは、神の教えを説くのを許してもらうために、この国の王様に会いに行った。

  

この国の奴らは、みんな背が低い。

王様も小さな体をしていた。

だが、目つきも身のこなしも全然違う。俺にはわかる。

棍棒の先生もそうだったが、威張っているだけの人ではない。

王様だが、相当に、頭もよくて武術もできる人だと思った。

王様は、ヴァリニャーノに、この奴隷を欲しいと言ったらしい。

最初、ヴァリニャーノは、渋っていたが、王様の機嫌を損ねると、
神の教えを広めるのが、難しくなりそうだと思ったようだ。

俺は、王様への贈り物になってしまった。

通訳を通じて、

 「名前はなんというか」

 と聞かれた。

「イヤス」と答えると、

あとから聞いた話だが

「どこかで聞いたような名前だ」と言われたらしい。

王様は、少し考えてから

「お前にヤスケという名前を与える」

と言った。

「お前は、私の家来だ。そばで、私を守れ」

そう言われた。

  

どういうわけか、俺は、王様にひどく気に入られて、いつもそばにいるように言われた。

立派な服も作ってくれた。美しい刀まで、持たせてくれた。
しかし、この刀は、俺にとっては扱いにくい武器だった。
俺の力が強いことを見て、
外国の武器だという「金瓜錘(きんかすい)」という武器を俺は、もらった。
金属の棒の先に、大きな丸い重りのようなものがついている。
武器や鎧(よろい)ごと相手を砕き潰す武器だ。
これは、棍棒を使ってきた俺にとても合っている武器だった。
慣れるために、毎日、俺は、この武器を使う練習を怠らなかった。

  

それから、しばらくして。
信じられないことに、王様は「家」と「女の召使」を俺に用意してくれた。

召使は「カナ」という名前だった。歳は17歳だと言った。最初、カナが、俺を怖がっているのが、よくわかった。

無理もない。俺は大きくて、カナは小さい。
俺の大きさからすると、カナは、幼い子どもだ。
怖いのが当たり前だ。

無理な注文なのに、命令に従わなくてはならない、そんな感じだ。

俺にも、そういう覚えはたくさんある。

でも、どういうわけか、カナはじきに、穏やかに笑って
俺に接してくれるようになった。

 

なんだこれは?

 

 戸惑った。

俺は、こんなふうに扱われたことがない。

王様は、俺を奴隷じゃなくて、普通の家来として扱ってくれてるみたいだ。

そして、カナ。

 俺は、自分が、誰かに仕えることはあっても、
誰かに仕えられることは、初めてだ。

それも、こんなふうに親切に丁寧に。

なんだか、体がむずむずする。

女に、こんなふうに優しくされるというのは、
なんだか、とても変な感じだ。

 


 故郷で、俺は子どもの頃、親に売られた。

でも、俺の国では、そういうものだった。俺みたいなのは、たくさんいた。それが普通だった。

狭い船の中で食べ物や飲み物が少ない中、弱い奴はたくさん死んだ。

酷く重いものを持たされたり、燃えるように暑い中で、一日中働かせられたりして、半分以上の奴が死んだ。

 強い奴だけが、生き残った。

そして、中継地――インド――で、俺は体が大きくて強かったので棍棒の使い方を習わされて、護衛として優秀という触れ込みで、とてもとても高い値段で取り引きされた。

そして、この東の果ての国に来た。

 

 
一度、外で王様が散歩をしているときに、襲ってきた奴がいた。

物凄く素早い猿みたいに身軽な奴で、短い刃物を持っていた。

俺は、王様の前に立ちふさがり、すり抜けようとしたそいつをで金瓜錘で叩き潰した。

王様は、喜び、俺を褒めてくれた。

 俺は、王様に聞いてみたことがある。

なぜ、俺を買ってくれたのか、そして、こんなに、よくしてくれているのか。

王様はこんなような意味のことを言ったと思う。

 「世界は、本当に広い。ヴァリニャーノやお前のように、自分たちとは、まったく違う人間がいるのを知った。

この国は、愚かなことに互いに争っていて、まとまっていない。

この国を一つにまとめる。そして、もっと広い世界を見てみたい。

それに、お前は心も体も強い。そして、美しい。曲がっていない。私には、それがわかる。だからだ」

 俺は、この東の果ての国に来れてよかった。

もう、俺は奴隷じゃない。

俺は、この王様に一生ついていこうと思った。命をかけて。

  

 

ある夜、布団の中で、俺は、カナの髪を撫でていた。

カナは、体をくっつけて俺の首に手を当ててくれていた。

まるで、大木に子猫が、すり寄っているみたいだ。

でも、どういうわけか、こんなにも小さなカナを、俺はとてもとても大きく感じた。

カナと過ごしていると、緊張しているような、凄く安心するような、とても変な感じだが、ずっとこうしていたい。

 

こうやって、毎日がずっと過ごせたらいいのに。

そんなことを思った。

 

俺は、カナの背中に手を当てて尋ねた。

「オレヲコワクナイノカ」と。

「最初は、怖かったが、今は怖くない。あなたは、男なのに優しい」というようなことを言った。

「男は、皆、乱暴者だ。私は売られて、いろんな目に遭ってきた。あなたは、本当に優しい。なぜなのか?」と尋ねてきた。

それは、自分でもよくわからないし、細かい言葉ができないから、うまく言えなかった。

仲間も酷い奴がいた。仲間のはずなのに、弱い奴を殴ったり、仲間外れにしたり、騙したり、そんな奴だ。

世の中は、そういうものだと思っていた。

 

そんなとき、棍棒の先生の所で、俺は学んだ。

棍棒の先生は、酷い奴がいると、骨が砕けるくらいそいつを叩きのめした。

でも、きちんとやってる奴には、本当に、親切にしてくれた。奴隷かどうかは、関係なく。

なんで、先生は、そんなことができるのか、わけがわからなかった。

あんなに身分制度が酷い国なのに。

聞いておけばよかったと、今では思う。

 

 なんか、俺は、先生は、心が綺麗だと思った。酷いことをする奴は、心が腐った水みたいだと思った。

俺は、綺麗になりたいと思った。棍棒の練習を、一生懸命やった。そのうち、俺に敵うものはいなくなった。

そうしたら、イライラしたりすることが、ほとんど無くなっていた。

 

俺はカナの質問に答えた。

「キタナイモノ、イッパイミタ。キレイニナリタイ、オモッタ」

 カナは微笑んで、俺の胸を撫でながら言ってくれた。

 「あなたは、綺麗……本当に、美しい」と。

 カナは微笑んだ。

そのあと、カナは、俺の目を、真剣な顔で、じっと長い間、見つめていた。

カナは顔を動かさず、目を逸らして視線を下に向けた。

俺は、カナを抱き寄せた。カナは、すっぽりと腕の中に入ってしまう。

 カナの体は、本当にあたたかった。

 
 ■

俺は、王様と一緒に、この国の都(みやこ)に行くことになった。

西の方で大きな戦いの最中らしい。そして、それが、うまくいっていないらしい。

王様自ら、大軍の指揮を執るのだそうだ。

そんな大きな戦いをしているとは思えないくらい、道の途中は、穏やかだった。

王様と俺も含めた家来たちは、ある寺に三日泊まった。

 その翌日の明け方。

 

 馬の鳴き声や大勢の人の叫ぶ声で、俺は目を覚ました。

俺は、金瓜錘を持って、寺の庭に出た。

寺の外囲いの壁の上に、薄い青い色の旗が、たくさん見えた。

わけがわからなかった。どこから、こんな大勢。

大きな弾けるような音が聞こえた。焼けるような匂いがする。

奴ら、ここに攻め込もうとしている。

堀と高い壁にてこずっているが、すぐに乗り越えてくるに違いない。

俺は、王様の所に行こうとしたら、家来の一人が、俺を止めて言った。

 何か言っている。

 「アケチ……ムホン……ミョウカクジ……ノブタダサマ……ハヤク!」。

 だいたいの意味はわかったので、俺は、金瓜錘を握り直して、寺を飛び出した。

 ■

寺はびっしりと武器を持った兵士に囲まれていた。

俺は、金瓜錘を振り回して、十数人を吹き飛ばして走り抜けた。

追ってきた者が数人いたが、歩兵は、吹き飛ばし、騎兵は馬の足を砕いて、落馬させてやった。

追手が皆、動かなくなったので、俺は通りを走り続けた。

びっくりした顔で、家の戸の隙間から覗いていた男を見つけて、

 「ミョウカクジ! ドコ!?」

  俺は尋ねた。男は、驚いて引っ込んでしまった。

 「弥助、どうした!」

 と、言われて、俺は、そちらを見た。

何人かの侍が走ってきた。騒がしいので、様子を見に来たようだ。

 この男には会ったことがある。

  

確か「シンスケ」という名前で、王様の息子、ノブタダさまの家来だ。

 味方だ。

 「シンスケ! ホンノウジ! ノブナガサマ、オソワレテル!」

  「信長さまが、襲われている? 誰に?」

  「アケチ!! ムホン!」

  「明智!? 真(まこと)か?」

  「アオイハタ! トテモタクサン!!」

  「なんということだ!!」

  ■

 俺や「シンスケ」は、ノブタダさまの所へ走った。

ノブタダさまも、驚いて、あちこちに連絡をして、味方を集めた。

しかし、もっとたくさんの、アケチの兵が押し寄せてきた。

 

王様を助けに行くどころではなかった。

 

俺たちは、ニジョウという砦に移動して立てこもった。

アケチの兵は、あまりにも多くて、数え切れない。

 

仲間と一緒に、俺は、一生懸命戦った。

次々と、仲間が死んでいく。俺は、金瓜錘を振り回し続けた。

俺は何人もの敵の刀や槍を叩き折ってやった。

俺の金瓜錘は、鎧兜ごと敵の頭を潰せる。

 

俺は、たくさんの敵を倒した。

俺は強い……あんな小さな奴らなど、簡単に跳ね飛ばせる。

……だが……敵が……多過ぎる。

いつの間にか、体を何カ所も、斬られていた。

 

血がたくさん……

体が……

 

風景がゆっくり見える。

いるはずのない人の姿が見え、声が聞こえた。

 

俺は、ノブナガさまのことを、思い出した。

「お前は心も体も強い。そして、美しい」

俺は金瓜錘を落として、座り込んだ。

「あなたは、綺麗……本当に美しい」

そして、カナの笑顔と温かい体を思い出した。

 

目の前が暗くなっていって、俺は何もわからなくなった。

 

 

 

歴史書によると、西暦1581年、イタリア人の宣教師ヴァリニャーノは、織田信長に謁見(えっけん)した。
その時、信長は、ヴァリニャーノが連れていた護衛の黒人に出会い、譲って欲しいと交渉。
信長は、その黒人をとても気にいり「弥助」という名前を与え、奴隷としてではなく、正式な侍として家来に取り立てた。その後、信長のそばには、常に弥助の姿があったという。
1582年、明智光秀によって、本能寺の変が起きたが、その時も、弥助は信長と共に、本能寺に滞在していた。
弥助は、明智勢の包囲を破って、本能寺の異変を近くに滞在していた信長の息子、信忠に伝えた。
信忠は、二条城に立てこもって、明智勢と戦った。弥助も、信忠を守りながら、明智勢と長時間、戦っていたが、力尽き捕えられた。
明智光秀は「この者は動物で、わけもわからず従っていただけだ。殺さなくていい」と部下に命じて、弥助の命を奪わなかったと伝わっている。
しかし、その後、彼がどうなったのかについての記録は一切残されていない。

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