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ヒッチハイクの夢

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
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※この作品は拙作ヌープの幕間の物語ですが、HEARシナリオ部の朗読作品として改めて投稿させていただきました。



 アイリス・ミラーはアントニオ・ベラスケスの運転するトラックに揺られながら、助手席で黙っていた。アイリスは、包帯を巻いてある右手をじっと見ていた。

 アイリスは彼に言った。

「なぜ、私を乗せたの?」

 前を向いたまま、アントニオは答えた。

「別に、危険は無さそうだと思ったからさ。だけど、手を貸そうとしただけで、あんな怒る事ないのになあ。今時は、ああいうのも、セクハラになるのかね?」

「私は……危険だから」

「あーはっはっは! ただの疲れたねえちゃんにしか見えないけどねえ。今は、男女平等らしくて、凶悪なねえちゃんもいたりするらしいけど。若くて綺麗なねえちゃんが、拳銃強盗やって、終身刑になったりさあ!」

 アイリスはびくっとした。デソーサの家から持ってきた拳銃をナップザックに入れてある。デソーサはいくつも拳銃を所持していた。

 いざというときは、自分を守らなくてはならない。若い女が一人で、しかもヒッチハイクで旅をするということは、そういうことだ。

「お、ほんとに、持ってるのかい? くれぐれも、使わないでくれよー!」

 この男は、冗談で言っているのか、本気で言っているのか。

 

 

 祖父の家は、何百キロも離れている。移動手段を確保しなければならなかった。祖父に本当の事を言ったとしても、デソーサと同様、気が狂ったと思われるのだろうか。

 自分の車は乗り捨てた。自分に嫌疑がかかっているかどうかは、わからないが、用心するのに越した事はない。

 スマホも記憶媒体を取り出して捨てた。位置情報で追跡されるかもしれない。

 警察で本当の事を言ったとしてもやはり「精神を病んだ者の妄想」としか思われない気がする。州を跨げ(またげ)ば、連邦警察の管轄になり、捜査の進行を緩める事ができるかもしれない。祖父の家に着いた所で、警官隊に取り囲まれたら、それは、もう運命だ。

 

 アントニオは、ちゃかした会話をするが、必要以上余計な詮索をしなかった。適当な陽気さで話しかけて くれていたので、アイリスにとっては、とてもありがたかった。

 窓の外の礫砂漠(れきさばく)を見ながら思った。

 自分は、どこまで行けるのだろう。

 サボテンを見るだけで心がざわざわする。以前は、植物を見るのは、癒しだった。それが…………あの酷い出来事を思い出しそうになる。植物を見ているだけで危険なことなんてあるはずがない。しかし、あるはずのない事ばかりが起きてもう耐えられない。

 外の景色を見ていたアイリスは、目を見開いた。砂漠のサボテンに次々と紫の花が咲き始める。それが次々と歩きはじめた。無数のサボテンたちが走りだし、こちらへ向かってくる。

 アントニオが悲鳴を上げて、トラックのスピードを上げた。

 胸が苦しくなった。アイリスは胸を押さえた。ああ、ダメだ! 自分の胸を突き破って、大きな白い植物の芽が出てきて、アイリスも叫び声を上げた。

 

 

「おい、大丈夫かい?」

 アントニオが、心配そうな声で言った。

 アイリスが、夢から目覚めた時、まだ、トラックは走っていた。

「ごめんなさい。悪い夢を見たの……」

「悪夢って嫌だよなー。寝た気がしねーし。悪夢とは違うんだが、俺も妙な夢を見る事ってあるんだよなー」

「どんな夢?」

「妙なリアルな夢だ。
夢って、普通はぼやーっとしてるだろう? 
それがさ、くっきりはっきりしてるんだ。
こんな夢を見たことあったなあ。

カミさんが、娘を遊ばせてたんだ。夢の中で、娘が、青い風船を持ってて、きゃっきゃして、凄い嬉しそうだった。それが、突然、ブロック塀が倒れて、ドン!って。
カミさんも、娘も下敷きになった。土煙が上がる。そして、ゆっくり風船も空へ上がっていった。もうびっくりして、汗びっしょりで目が覚めたね。

数日後、仕事が休みの時、外でぼんやりしてたら、近所でカミさんが、娘を遊ばせてたんだ。娘は、青い風船を持っていた。大きなブロック塀の前だった。

あ、っと思った。

俺は、走っていって、カミさんと、娘の手を引っ張って、その場を離れた。ブロック塀が突然倒れて鈍い音がした……いやー、あんときは、びっくりしたね」

 アイリスは、アントニオの顔を見た。

  アントニオは続けた。

「昨日も、そういう妙なリアルな夢を見たんだ。あんたそっくりの顔を……いやーあんた、そのものだな。夢に出てきてさ。赤ん坊を抱いて、凄く必死な顔しててさ。道路で手を挙げてたんだ。一瞬、俺は、偽装かなと思った」

「偽装?」

「いいとこのねえちゃんだったら、経験ないだろうな。嫌な時代でさ。人の善意を利用して隙を作るために、赤ん坊抱えてるように見せかけたり、障害者を装って近づいたり、そういう腐りきった強盗がいるのさ。そういう奴は地獄へ落ちろって思うね!

でも、勘が鋭いのか、俺、そういうの見ただけでわかるのよ。そのねえちゃんは、ただただ、本当に困ってるだけだってわかった。だから、そのねえちゃんを乗せてやったら、無茶苦茶、夢でお礼を言われたのよ。

そしたらさあ、赤ん坊はいないけど、夢でそっくりのねえちゃんが、本当に、今日、道路で手を挙げてるのに出会っちゃったじゃない。
乗せてやるかなあって思ったのさ!」

 アイリスは、本当に、本当に、久しぶりに微笑んだ。

「私、妊娠してるの……」

「おや、まあ! それは、おめでとう!」

「ありがとう」

 アイリスは言った。

 トラックは、走り続けた。目的地に着いた時、トラックを降りようとしたアイリスに、アントニオが手を貸してくれた。アイリスは、うっかり手を握ってしまった。

「あ!」

何も起らなかった。

 アイリスは、ほっと、ため息をついた。私の中の怪物は眠り続けているようだ。

「どうかしたのかい?」

「いえ……アントニオ、本当にありがとう」

「どういたしまて~! 神のご加護を~!」

「アントニオ、あなたも……」

 アイリスはアントニオのトラックが見えなくなるまで、見送っていた。

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