ヒッチハイクの夢
私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
フリーで朗読・声劇で使用できる物語です。
配信などでご利用される場合は文末の規約に従ってご利用ください。
■HEARシナリオ部公式(他の部員の作品も読めます。現在、150本以上)
■その他の ねこつうが書いたHEARシナリオ部投稿作品
■エッセイも含めたその他の ねこつうの作品の目次へ
※この作品は拙作ヌープの幕間の物語ですが、HEARシナリオ部の朗読作品として改めて投稿させていただきました。
◆
アイリス・ミラーはアントニオ・ベラスケスの運転するトラックに揺られながら、助手席で黙っていた。アイリスは、包帯を巻いてある右手をじっと見ていた。
アイリスは彼に言った。
「なぜ、私を乗せたの?」
前を向いたまま、アントニオは答えた。
「別に、危険は無さそうだと思ったからさ。だけど、手を貸そうとしただけで、あんな怒る事ないのになあ。今時は、ああいうのも、セクハラになるのかね?」
「私は……危険だから」
「あーはっはっは! ただの疲れたねえちゃんにしか見えないけどねえ。今は、男女平等らしくて、凶悪なねえちゃんもいたりするらしいけど。若くて綺麗なねえちゃんが、拳銃強盗やって、終身刑になったりさあ!」
アイリスはびくっとした。デソーサの家から持ってきた拳銃をナップザックに入れてある。デソーサはいくつも拳銃を所持していた。
いざというときは、自分を守らなくてはならない。若い女が一人で、しかもヒッチハイクで旅をするということは、そういうことだ。
「お、ほんとに、持ってるのかい? くれぐれも、使わないでくれよー!」
この男は、冗談で言っているのか、本気で言っているのか。
◆
祖父の家は、何百キロも離れている。移動手段を確保しなければならなかった。祖父に本当の事を言ったとしても、デソーサと同様、気が狂ったと思われるのだろうか。
自分の車は乗り捨てた。自分に嫌疑がかかっているかどうかは、わからないが、用心するのに越した事はない。
スマホも記憶媒体を取り出して捨てた。位置情報で追跡されるかもしれない。
警察で本当の事を言ったとしてもやはり「精神を病んだ者の妄想」としか思われない気がする。州を跨げ(またげ)ば、連邦警察の管轄になり、捜査の進行を緩める事ができるかもしれない。祖父の家に着いた所で、警官隊に取り囲まれたら、それは、もう運命だ。
アントニオは、ちゃかした会話をするが、必要以上余計な詮索をしなかった。適当な陽気さで話しかけて くれていたので、アイリスにとっては、とてもありがたかった。
窓の外の礫砂漠(れきさばく)を見ながら思った。
自分は、どこまで行けるのだろう。
サボテンを見るだけで心がざわざわする。以前は、植物を見るのは、癒しだった。それが…………あの酷い出来事を思い出しそうになる。植物を見ているだけで危険なことなんてあるはずがない。しかし、あるはずのない事ばかりが起きてもう耐えられない。
外の景色を見ていたアイリスは、目を見開いた。砂漠のサボテンに次々と紫の花が咲き始める。それが次々と歩きはじめた。無数のサボテンたちが走りだし、こちらへ向かってくる。
アントニオが悲鳴を上げて、トラックのスピードを上げた。
胸が苦しくなった。アイリスは胸を押さえた。ああ、ダメだ! 自分の胸を突き破って、大きな白い植物の芽が出てきて、アイリスも叫び声を上げた。
◆
「おい、大丈夫かい?」
アントニオが、心配そうな声で言った。
アイリスが、夢から目覚めた時、まだ、トラックは走っていた。
「ごめんなさい。悪い夢を見たの……」
「悪夢って嫌だよなー。寝た気がしねーし。悪夢とは違うんだが、俺も妙な夢を見る事ってあるんだよなー」
「どんな夢?」
「妙なリアルな夢だ。
夢って、普通はぼやーっとしてるだろう?
それがさ、くっきりはっきりしてるんだ。
こんな夢を見たことあったなあ。
カミさんが、娘を遊ばせてたんだ。夢の中で、娘が、青い風船を持ってて、きゃっきゃして、凄い嬉しそうだった。それが、突然、ブロック塀が倒れて、ドン!って。
カミさんも、娘も下敷きになった。土煙が上がる。そして、ゆっくり風船も空へ上がっていった。もうびっくりして、汗びっしょりで目が覚めたね。
数日後、仕事が休みの時、外でぼんやりしてたら、近所でカミさんが、娘を遊ばせてたんだ。娘は、青い風船を持っていた。大きなブロック塀の前だった。
あ、っと思った。
俺は、走っていって、カミさんと、娘の手を引っ張って、その場を離れた。ブロック塀が突然倒れて鈍い音がした……いやー、あんときは、びっくりしたね」
アイリスは、アントニオの顔を見た。
アントニオは続けた。
「昨日も、そういう妙なリアルな夢を見たんだ。あんたそっくりの顔を……いやーあんた、そのものだな。夢に出てきてさ。赤ん坊を抱いて、凄く必死な顔しててさ。道路で手を挙げてたんだ。一瞬、俺は、偽装かなと思った」
「偽装?」
「いいとこのねえちゃんだったら、経験ないだろうな。嫌な時代でさ。人の善意を利用して隙を作るために、赤ん坊抱えてるように見せかけたり、障害者を装って近づいたり、そういう腐りきった強盗がいるのさ。そういう奴は地獄へ落ちろって思うね!
でも、勘が鋭いのか、俺、そういうの見ただけでわかるのよ。そのねえちゃんは、ただただ、本当に困ってるだけだってわかった。だから、そのねえちゃんを乗せてやったら、無茶苦茶、夢でお礼を言われたのよ。
そしたらさあ、赤ん坊はいないけど、夢でそっくりのねえちゃんが、本当に、今日、道路で手を挙げてるのに出会っちゃったじゃない。
乗せてやるかなあって思ったのさ!」
アイリスは、本当に、本当に、久しぶりに微笑んだ。
「私、妊娠してるの……」
「おや、まあ! それは、おめでとう!」
「ありがとう」
アイリスは言った。
トラックは、走り続けた。目的地に着いた時、トラックを降りようとしたアイリスに、アントニオが手を貸してくれた。アイリスは、うっかり手を握ってしまった。
「あ!」
何も起らなかった。
アイリスは、ほっと、ため息をついた。私の中の怪物は眠り続けているようだ。
「どうかしたのかい?」
「いえ……アントニオ、本当にありがとう」
「どういたしまて~! 神のご加護を~!」
「アントニオ、あなたも……」
アイリスはアントニオのトラックが見えなくなるまで、見送っていた。
作品ご利用に関して
・この作品は朗読、配信などで、非商用に限り、無料にて利用していただけますが著作権は放棄しておりません。テキストの著作権は、ねこつうに帰属します。
・配信の際は、概要欄または、サムネイルなどに、作品タイトル、作者名、掲載URLのクレジットをお願いいたします。
・語尾や接続詞、物語の内容や意味を改変しない程度に、言いやすい言い回しに変える事は、構いません。
・配信の際の物語の内容改変をご希望される場合は、ねこつうまでご相談ください。
・また、本規約は予告なく変更できるものとします。当テキストを用いた際のトラブルには如何なる場合もご対応いたしかねますので、自己責任にてお願いいたします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?