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死花-第3話-③

「ただーいまー」

「おかえりなさい。」

翻って、京都市内のとある長屋…藤次の自宅。

引き戸を開けると、絢音がパタパタと小気味良い足音を立てて、自分を出迎える。

「リクエストのおばんざい、買って来たで?メシにしよ?」

「うん!」

差し出したマイバックの中身を嬉しそうに見つめながら台所に向かう絢音を追って玄関を上がると、靴箱の上にコスモスを主役にした秋の花の生け花があったので、藤次は目を細める。

「なんや。家ん中、綺麗にしてくれたんか?」

「え?」

「いや、玄関に花あったさかい…綺麗やな。秋やなぁって…」

癒されたわと言って、上着とネクタイを脱いでハンガーに掛けていると、ご飯の乗った膳を持って、絢音がやってくる。

「藤次さんが、片付けに専念させてくれたから、お陰様で。明日からは、お弁当やお料理もするからね?」

「ホンマか?!うわっ!どないしょ!絢音の手料理に弁当…めっちゃ楽しみ!」

「期待に応えられれば良いんだけど。私、料理苦手だから…」

「かまへんかまへん。絢音がワシのために作ってくれるんやろ?全部きれいに食べたる!」

この白飯も美味い美味いと掻き込む藤次に、絢音はお茶を差し出し、差し向かいで食事を交わす。

「せや。明後日ワシ公判検事受けたさかい、見にくるか?」

「ホント?!行く!!」

食事を終え、ちゃぶ台の上を拭いている絢音にそう伝えると、彼女は嬉しそうに即答するので、藤次も嬉しそうに微笑む。

「まあ、事件自体はしょーもないけどな。10時に京都地方裁判所321号法廷。」

「分かった!アクセス方法調べとく。」

「タクシー使えばエエよ。せや、これ…」

「?」

忘れん内にと、藤次が財布から1枚のクレジットカードを差し出してきたので、絢音は不思議そうにそれを受け取る。

「とりあえずやけど、必要なもんあったらそれ使い。生活費諸々も、そっから自由に使てエエから。」

「でも、必要なものくらい自分で」

「かまへん。どっち道、ワシのお金の管理はお前に任そ思てたから…せやから、絢音のお金は、絢音がなんかあった時に使い?」

「でも…この間の入院費だって出してもらった訳だし、そんなに甘えられない。」

申し訳なさそうに眉を下げる絢音に、藤次は優しく笑いかける。

「ええんや。ワシは、お前のためなら、なんでもしてやりたいんや。せやから、遠慮なく甘えて。な?」

「でも、私は何にも…藤次さんにしてあげてない…」

「かまへんよ。ワシは、お前が側に居てくれるだけで、幸せやから。」

「でも…」

「ああまどろっこしぃ!せやったらもういっそ、ワシとけっ」

煮え切らない絢音に苛立ち、勢いでプロポーズしようとした瞬間だった。藤次のスマホが小さくなったのは。

「すまん。ちょ…電話。」

「う、うん。」

僅かに頬を赤くした絢音を一瞥して、藤次はその場から立ち上がって、スマホの液晶を見る。するとそこに記されていた名前は『恵理子姉ちゃん』。

互いに独立し、連絡も殆ど取ってない、5つ年上の姉からの電話。何事かと不思議に思いながら、受話器のボタンを押す。

「もしもし姉ちゃん?久しぶり。なんやねんこない時間に…」

電話を始める藤次を見つめながら、絢音は先程の彼とのやりとりを反芻する。

「(せやったら、もういっそ、ワシとけっ)」

「(あの後、なんて言おうとしたんだろ…)」

考えれば考えるだけ、期待している自分がいる。

藤次が言いたかった言葉は、きっと…

「はあ?!親父の十三回忌?来る?京都に?!」

「!」

急に声を上げた藤次に、絢音は瞬く。

「(藤次さんのお姉さんと…お父さん?)」

ふと、部屋の片隅にポツンと置かれた、扉の閉まった小さな仏壇を見つめる。

「(あれか?親父やねん。ワシが32の時に、脳出血で…な。)」

その時見せた藤次の複雑そうな表情が忘れられず、掃除の際も手が付けられなかった場所。

愛しい人の過去。

知りたいと思ってしまう自分がいる。

「せ、せやけど姉ちゃん!ワシにも都合言うもんが………いや、せやけど待っ」

一方的に電話を切られ、藤次は不服そうにスマホの液晶を見つめながら、絢音に仔細を話す。

「月末の日曜。親父の十三回忌やるそうや。そんでその時、恵理子姉ちゃんが奈良からやって来るからその…お前の事、紹介してエエか?」

「う、うん…」 

「真面目な付き合いやて言うから、そのつもりでおってな?」

「うん。あ!でもどうしよ。私、喪服古いものしか持って無い…」

「せやったら、さっきのカードで買い。お金の事は、ホンマ気にせんでエエから。」

「でも…」

「風呂、入ってくる。」

「………」

何か言いたげな絢音を残して、藤次は脱衣場へと向かう。

「(俺のようには、なるなよ…)」

今際の際の父親の顔と声が、まるで昨日のことのように鮮やかに脳裏によぎる。

「親父が死んで…13年…か…」

湯船に浸かり、湯気で白んだ天井を見つめながら、藤次はポツリと呟いた。





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