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海の花〜第9話〜

「あっ…」

それは、仕事を終えて帰宅していた夕刻のことだった。

人混みの中を歩いていると、隆とみっくんによく似た男の人達が見えたので、私は足を速める。

またこっちに来てたんだ!

水臭いなぁ〜

メールくらいくれたら良いのにぃ〜

そうして、隆と呼ぼうとした時だった。

「秋永ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「!!?」

路地からいきなり刃物を持った男が、隆に向かってまっしぐらに駆けていく。

危ない隆!!って言おうとしたら。

「よっ!!」

側にいたみっくんが、怯むことなくナイフの男の手首をつかみ捻り上げて、羽交締めにする。

「あれぇ、夏樹じゃん!ひっさしぶりー!」

離せとがなる男に構わず、みっくんは私に話しかけてくるので、群衆は一斉に私を見る。

「おい。光男。」

「あ、悪ぃ。ま、あとは任せてさ、夏樹とデートでもしてこいよ。」

「ああ。頼む。」

「うん。」

そう言って、隆は何事もなかったかのように私の元にやってくる。

「久しぶり。まさかこんなとこで会えるなんて思わなかった。時間、良い?」

「え、あ、う、うん。良いけど、あの人、みっくんも、大丈夫?」

そう言うと、隆は複雑そうに笑って、私の肩を抱く。

「光男は、俺のボディガードみたいなもんだから、大丈夫。弁護士ってさ、結構恨まれやすいんだ。さ、気にせず行こ。」

「う、うん。」

そう言って、隆とその場を後にしようとした時だった。

「秋永ぁ!!なにが弁護士だ!!こンの極道モン!!お前のせいでウチの家族は……ッッ!!」

…えっ?

極…道…?

みっくんが素早くナイフ男の口を塞いだけど、確かに聞こえた。極道って…

ねぇと隆に聞こうとしたら、肩を強く抱かれ、その場を足速に去るように、通りから離れたレストランに連れていかれる。

「好きなもん頼めよ。奢るから。」

「ね、ねえ隆、さっきの」

「ほら、智枝の好きなクリームパスタ。あ、サーモンのカルパッチョもあるぞ?」

「違うの!はぐらかさないで!ねえ、さっきの、その…極道って…」

「……………」

急に黙った隆。嘘だよね?恨み節で、言われただけだよね?

そう願っていたけど、思いは見事に破られた。

「そう。俺、弁護士は弁護士でも、ヤクザに雇われてる弁護士。背中の彫りは、前話した、俺を養ってくれたオヤジとの一生裏切り裏切らない、約束の証。」

「じゃあ、みっくんも?」

「ああ、光男も、俺と一緒にオヤジに拾われてな。俺のボディガードとして、護身術叩き込まれたんだ。」

「ねぇ、オヤジってなんなの?前も聞いたよね?隆、おじさんとおばさんは?」

「……オヤジってのは、光涛みつなみ組の組長。名前は、前教えたろ?親父とお袋は……死んだ。」

「……えっ。」

瞬く私に、隆はソムリエにワインを頼み、ゆっくり口を開く。

「俺が中学の時に、交通事故でな。部活でいなかった俺だけ生き残った。頼る身寄りもなくてさ、施設入って、たまたま親の暴力で逃げ込んでた光男と出会って、でも、施設の職員とソリが合わなくてさ、よく抜け出して悪さしてたら、光涛組の連中に目ぇつけられて、ボコボコにされてオヤジの前に突き出された。」

「わ、悪さって?」

ワインを注がれ、グラスで泳がせながら、隆は苦笑う。

「まあ、俺…昔から口だけは達者だったろ?だから、ヤクザ騙くらかして、クスリとか横流ししたり、流行りのオレオレ詐欺とか?ま、もう時効だけど…軽蔑する?」

「そんな…こと…」

正直、複雑だった。

そんな悪いことしてたなんて!って言う怒りと、そうして行かなきゃ生きていけなかったんだって言う哀しみ。

どう言う顔してればいいか悩んでいたけど、隆は構わず話を続ける。

「オヤジの前に引き出された時は、正直人生終わったなって思った。けどオヤジは、俺と光男を施設から引き取り、それだけ口が立つなら弁護士にでもなってうちに来いって言ってくれてさ。なんか嬉しくなって、認めてもらえた気がして、極道の道に入ることも、オヤジと親子の盃を交わすことも、抵抗なかった。けど…」

「けど…」

問う私に、隆はまた複雑そうに笑う。

「智枝と出会って、付き合うようになって、考えるようになったんだ。このままで良いのかなって…もっと真っ当な道に進むべきじゃないかなって…けど、背中の彫りモンがある以上、俺はオヤジを裏切れない。分かってくれとは言わないけど、これからも、俺と一緒にいてくれるか?」

「隆…」

怖かった。

今日みたいなことがまたあったら、隆に何かあったらと思うと、真っ当な道に来てと言いたかったけど、隆はそのオヤジって人を本当に尊敬してるみたいだし…

なにより、私は隆が好き。その想いは変わらない。

だから私はこくんと、力強く頷き、その日は一緒食事をしだ後、私は隆に誘われるままホテルに行き、身体を重ねた。

浅黒い肌に描かれた巴御前の刺青に、チクリと爪を立てて、隆の下で、女の声を上げ、朝日が登る直前まで、ベッドを共にした。

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