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死花-第12話-①

…秋霜烈日の意味は、大まかに3つ。

1つ目、秋の厳しい霜、夏の強い日差し、気候の厳しさを表現する例え。

2つ目、気候の厳しさから、刑罰・権威・志操・意志などが厳しく堅固。
 
…そして3つ目。日本の検察官が付ける検察官記章のデザインの呼称。

正義の信念貫き通すんは、時と場合によっては難しく厳しい立場となり、気候の厳しさに耐えきるように、そんな状況でも検察官としての真っ当な精神があれば、誤審起こったり保身に走る行動をせん。法に携わる者のプライド溢れる言葉が「秋霜烈日」。

せやのにワシは、ただ指咥えて、同期の桜に、願いを託すしかなかった。

こういう時の為に、なったんやなかったんか。

こういう時の為に、足棒にして、寝る間を惜しんで調書読み返して、折角出来た家族の寝顔しか見れんような過酷な仕事、してきたんやないんか。

歯痒うて、悔しゅうて、ワシはただひたすら、神さんに呪いの言葉を吐き続けた。

そうして、散々足運んだ、京都地方裁判所の傍聴席に、初めて座った。

白い包帯が痛々しい、純真無垢な目ぇした、何も知らん、絢音を連れて…

「ママッ!!ママッ!!!」

「あーぶー。うぅーー!」

「ハイハイ!待って頂戴2人共、ママ1人なんだから。」

「イーヤー!!ももたろーー!!よむのーーー!!」

「藤太!お兄ちゃんなんだから、せめて恋雪のご飯終わるまで待って?ね?」

「イーヤー!!」

「あー!ぎゃーー!!」

「あぁハイハイ!恋雪、ご飯よね!待って!」

「マァーマァー!!」

…恋雪(こゆき)が産まれて、益々賑やかになった、京都は北山二丁目ノワール北山の二階角部屋の棗家に、またも蝉時雨の降り注ぐ夏がやってきた。

2歳を迎えた藤太と、5か月になった恋雪を同時にあやしながら家事に育児にとこなしていると、オートロックのインターホンが鳴ったので、絢音は助かったとばかりに受話器に縋り付く。

「抄子さーん。待ってた〜!!」

その声に、電話の向こうの抄子は盛大に笑う。

「なんて声出してんのよ!そんな生半可な覚悟で、年子で産んだわけじゃないんでしょう?」

「そりゃそうだけど…とにかく上がって助けてぇ〜。藤太のイヤイヤが凄いの〜!」

「分かった分かった!行くから待ってな!」

そうして自宅に上がってきた抄子をみるなり、藤太はパァッと笑顔になる。

「おばたん!!」

「ハイハイ。元気?イヤイヤ期真っ只中のボクちゃん?」

「ん!ん!」

「何よ?どこつれてくの?」

一生懸命自分の手を引っ張り、藤太が抄子を連れてきたのは、恋雪に離乳食を与えている絢音の前。

「なに?代われってこと?ママにご本読んで欲しいの?」

「ん!ん!」

頷く藤太に、抄子は眉を下げる。

「そーしてあげたいんだけどさぁ〜。恋雪ちゃん人見知り凄いから食べてくれないんだよ。ねぇ、オバチャンと、桃太郎読もう?それとも、積み木で遊ぶ?」

「ママ…ママ…」

読み倒してボロボロになった桃太郎の絵本を抱えて、みるみる涙目になっていく藤太に、絢音は優しく笑いかける。

「じゃあ約束しましょう?恋雪が夜寝たら、ママ藤太が寝る前に桃太郎のお話してあげるから。ね?だから、抄子お姉さんと、遊びましょ?お願い。」

「いや…ママ…ママ…」

すりすりと、絢音の腕に縋る藤太に、抄子はため息をつく。

「こりゃイヤイヤ期って言うより赤ちゃん返りだね。まあ、ボクちゃんまだ2歳だもんね。ママに甘えたいか。」

「ママ…ボク、キライ?」

「嫌いじゃないよ。ただね、恋雪ちゃん…ボクちゃんの妹にご飯あげなきゃいけないの。ちょっとの辛抱だから、おばちゃんと遊ぼ?ね?」

「……ママ…ボク、スキ?」

そうしてジイっと自分を見つめてくるので、絢音は優しく微笑み、藤太の頭を撫でる。

「うん。大好きよ。藤太は、ママの宝物。約束、ちゃんと守るから、良い子にできる?」

「………うん。」

「ヨシヨシ、良い子だねボクちゃん。じゃあ、おばちゃんと遊ぼっか。何する?」

「つみき…」

「よっしゃ!じゃあ、あっち行こ?大きなお城、作っちゃうぞー?」

そう言って、名残惜しそうに絢音を見つめる藤太の手を取り、抄子はリビングの…絢音達が食事をしているちゃぶ台から少し離れた広い場所へ行き、おもちゃ箱を広げて、藤太と遊び始めたので、絢音は恋雪に離乳食を与える作業を再開する。

「…で。藤次君とはどうなのよ。その後順調?」

「えっ?!…えぇ、まあ、一応…順調…なの、かな?」

「なに、その浮かない返事。ご無沙汰になっちゃったの?夫婦生活。藤次君なら、もう1人くらい欲しがりそうな気がするけど。」

「まあ、なんというかその…いつか抄子さん言ってたじゃない?やっぱり男の人は若い女が良いって。…藤次さんも、そうだったみたいで…」

「えっ!?なにマジ浮気?!あんなに絢音ちゃんにゾッコンな藤次君が?!」

瞬く抄子に、絢音はだらりと冷や汗を流す。

「なら、もっと良かった…かな?」




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