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小説:人災派遣のフレイムアップ

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魔術師、サイボーグ、武道家、吸血鬼。現代の異能力者達は、企業の傭兵『派遣社員』として生活のために今日も戦う!
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2019年7月の記事一覧

第6話:『北関東グレイブディガー』23【完】

 そしておれ達は今。  なぜか六人揃って国道17号沿いのソバ屋でソバを喰っている。 「結局、休みを全部使っちまったなぁ。土曜中には終わらせたかったんだけど。うん、それにしてもこのソバ、思ったよりイケるな」 「あまり食事中に下品な音を立ててすするのはマナーがなってないのでは、亘理さん」 「何をおっしゃる風早クン。音を立てずに食べるのはヨーロッパのマナー。日本のソバはむしろ音を立てることに意義があるってもんだぜ」 「そーだよ清音ちん。マナーってのはしょせんローカルルール

第6話:『北関東グレイブディガー』22

「――形勢逆転、だな」  近づいたシドウが、スラックスのポケットから密輸品の証拠を奪い取る。すでに巫女さんと真凛は土直神を庇うように移動しており、ちょうど小田桐を包囲する形となっていた。  シドウを含めて戦闘向きの異能力者が三人。潜入専門の異能力者である小田桐にはもはや万に一つの勝ち目もない。しばらくぐったりと仰向けに倒れていた小田桐が、やがて力なく立ち上がる。 「……ハ、結局ここまでかよ」  そう言うと、刀身を射出し終えたナイフの柄をあっさりと地面に投げ捨てた。そし

第6話:『北関東グレイブディガー』21

「ば、馬鹿な……」  ”小田桐剛史”が”おれ達五人”を驚愕の表情で見つめている。獣道をようよう歩きながら、おれ達は小田桐と土直神の元へと近づいていった。 「お前達がなんでここにいる。それも一緒に!?」 「そりゃあ、一緒にここまで移動してきたからさ」  他人に化けて姿を隠し、事態を自分の思うように誘導する。おれ達を共食いさせて事件の黒幕を気取っていたつもりの小田桐の声は、全くの想定外の事態にすっかりとうろたえていた。 「そ、それに――さっきのアレはなんだ。お前達の誰か

第6話:『北関東グレイブディガー』20

「自分が小田桐剛史ではなく、どこの馬の骨とも知れない人間だと会社にバラされたくなければ昂光の機密情報をまとめて持って来い。そう伝えたら、奴はあっさり承諾したよ」  土直神の顔をした徳田。  いや、エージェント『貼り付けた顔(ティエクストラ)』。  あるいは本物の小田桐剛史。  どう呼ぶべきか定まらない男が、熱に浮かされたように語り続ける。瀕死の土直神にナイフを突きつけつつ、一向にトドメを刺そうとしないのは合理的ではなかったが、納得は出来た。この男は排泄の快楽を味わって

第6話:『北関東グレイブディガー』19

 そもそもの私、小田桐剛史は、公立高校から私立大学を出て総合商社に就職した程度の男だ。  田舎の街では神童と呼ばれ、末は博士かノーベル賞かと煽てられていたものの、大学に入ってからは自分の頭脳が”上の中”程度のでしかない、ということも思い知らされていた。  だからこそ私は、目に見えない頭の良さよりも、数字で残る金とチカラを求めるようになった。多少アクは強かったかも知れない。ラグビー部やサークルで対人関係のトラブルがあったりもしたが、だが逆に言えばその程度のものでしかなく、今

第6話:『北関東グレイブディガー』18

「うっわ、危ねぇ!マジで撃ってきてるし」  火を噴くような熾烈な剣戟を数十合に渡って繰り広げている真凛とシドウの背後で、おれはといえば『風の巫女』が放つ矢から、土砂を跳ね上げながら逃げ回るのが精一杯という有様だった。 「弓道家なら他人に弓を向けちゃ行けませんって最初に教わるだろうがよー!」  おれの非難など聞こえぬ態で、無慈悲にこちらに矢を向け放ってくる巫女さん。敵はなかなか割り切りが良いらしく、例の疾風の魔弾が通じないと分かった時点で、詠唱の必要のない『ごく普通の連射

第6話:『北関東グレイブディガー』17

『手弱女が髪の如く縺れる束縛の銀よ』  山刀を構え圧倒的なプレッシャーを伴って突進してくるシドウ。それにまず反応したのは、先ほどから黙して後方でおれに交渉を任せてくれていたチーフだった。  プレートを掲げた詠唱に合わせて、ペンを操るのに使っていた銀の糸が水に溶けた塩のようにほどけ、目映く輝く蜘蛛の糸と化してシドウを捕らえようと迫る。そして真凛は迎撃の態勢。チーフが移動を封じて真凛が仕留める、即席のコンビネーションだった。 「私たちに二度も同じ手が――」  そこに割って

第6話:『北関東グレイブディガー』16

 ものを作る人間と、それを盗み出して自分のものだと言い張る人間がいる。  どちらの人間ももっともらしいことを延べ、素人目には容易に区別がつかない。  それでは、どちらが本物の『作者』なのか。確かめるすべはあるのか?  ――ある。  古来あらゆる文献に載っているように、それはとても簡単だ。  新しく、別のものを作らせればよい。  偽物には、決して新しいものを作り出すことは出来ない。  笑えもしない話だ。  どれほどに精緻に模写(コピー)をしても。  どれほどに

第6話:『北関東グレイブディガー』15

「それにしてもとんだ食わせ者でしたね、小田桐って野郎は」  元城駅のそばにある、歓楽街とも言えないほどささやかな飲み屋街。そのさらに裏通りにあるごく小さな酒場『アリョーシャ』を出ると、おれはチーフに言った。アルコールで微妙にハイな声のおれと対照的に、チーフは一向に酔いが回ったとも思えない表情で頷いた。 「人の印象や感想というものは、書類やデータベースで検索してもそう引っかかるものではないしな」  コートから取り出した手帳に、今までの聞き込みで得た情報を手早く書き込んでい

第6話:『北関東グレイブディガー』14

「ンで。悪戦苦闘一時間、なんともならずオイラ達を呼んだってワケだぁね」  畳の上にふくれて正座する清音の前に、ちゃぶ台を挟んで土直神と四堂が座っている。  今三人がいるのは、彼らが今夜の宿と定めた、元城駅前にあるウルリッヒ保険御用達のビジネスホテル……とは一応名乗ってはいるものの、どうやら元々は旅館だった建物が、出張客を当て込んでホテルに転身したというのが正直なところのようだった……である。  畳、ちゃぶ台、押し入れ、床の間。部屋自体は多少古いものの、清掃が行き届いてお

第6話:『北関東グレイブディガー』13

 真凛がチーフを呼んでくる間、おれは残ったコーヒー牛乳をのんびりと飲み干しながら、ロビーの片隅のハイビジョンテレビに目をやった。画面内で繰り広げられる刑事ドラマの再放送ををぼんやりと眺めていると、おれのアタマがようやく、今回の仕事そのものについて考えを巡らせ始めた。  シドウの事を抜きで整理してみると、笑えるほど事態は進展していなかった。幽霊が出るという街に来て、ちょうどその頃行方不明になった人の事故現場に行ってみたら、何故か他所の異能力者と遭遇して叩き出されました、以上。

第6話:『北関東グレイブディガー』12

 切断する。  切断する。切断する。切断する。  男を切断する。女を切断する。若者を切断する。老人を切断する。幼子を切断する。  俺の認識に応え、意識野に召喚(ダウンロード)された魔神――禍々しい銀色に輝く、無骨な刃を纏った独楽――が、縦横自在にその鋼の刃を巡らせる。俺が意識野で引いた線の通りに空間が裁たれ、その延長線上にあるものが切り離される。  無謬の切り裂くための手段は持っていても、対象を探す方法は人の身のそれだ。  だから歩いて探した。見つけたら切った。女を

第6話:『北関東グレイブディガー』11

 彼からの手紙を受け取ったとき、私は少なからず驚いた。    彼とはここ数年すっかり音信が途絶えてしまい、こちらからの連絡もとりようがなかった。色々と言葉を取り繕ってはいるが、しょせん、我々のやっていることはやくざな仕事である。  正直なところ、最悪の事態も想定していないでもなかった。だから安堵もしたのだが――手紙の封を開いた途端、そんな安堵も吹き飛んでしまった。  手紙は二通。  一通は、彼から私への贈り物だった。こういう時、彼には到底かなわないな、と思う。彼に学

第6話:『北関東グレイブディガー』10

「……なんですか、あれは?」  アーチェリーを構えたまま清音は思わず叫んでしまったが、それも仕方がないことだった。何しろそこには、あまりにも場違いな人間……こんな山中には不釣り合いな女子高生と思しき少女と、もう一人、奇妙に印象の不鮮明な青年が居たのだから。  まして、その少女の方が、彼女の同僚にして白兵戦の達人であるシドウに手傷を負わせていたとなれば尚更だ。考えられる理由はただひとつ。彼女達もまた、”同業”だということだ。 「にしてもよぉ。いきなり警告なしでぶっ放すのは