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多様性を認めるとこれまでの当たり前を言いづらくなった話


多様性の時代。
性自認、文化の複雑化、価値観の尊重、いろんな場所でいろんな形で多様性が認められるようになった。その事実は間違いなく素敵なことだ。

私はその風潮を受け入れているつもりだが、その風潮からは受け入れられていない気がしている。

私の中で「多様性を認める」ということは、「それはそれで受け入れる」ということだと思っている。そこに共感は無くても良いだろうし、無理に"多様"になる必要もないと思っている。

ただ最近、いろんな出会いの中でこれまでの当たり前を言い出しにくい風潮があるなと感じている。例えば、結婚への価値観。私はできるだけ早く結婚したいし、結婚した方が幸せだと思っている。とはいえ、他人がそうあるべきだとは1ミリも思っていない。

それでも「早めに結婚したいんだよね」と話すと、「結婚だけが幸せじゃなくない?」「1人でも友達がいれば十分じゃない?」と怪訝な顔をされる。これは私の周りだけかもしれないが、普段ジェンダーや多様性に対して強い価値観を持っている方ほど、怪訝な顔をする。

何も考えずにこれまでの固定概念があるわけじゃなくて、それ以外の選択肢もあるとわかったうえで、これまでの当たり前を良いと思っている。それでも、「まだその古い価値観なの?」と言われてしまう多様性という風潮が好きになれない。

多様性の時代は少数派になれないといけないのかな。

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