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極東から極西へ10:カミーノ編day7(Los Arcos〜Viana)

前回の粗筋
ロスアルコスでオーストラリアの婦人と再会。台湾の女性と知り合う。

前回の話


 今回は、本来ログローニョまで行くところを手前のビアナで終了。ログローニョはロスアルコスから28kmあり、Sさんの脚が耐えられるか心配だった。




・Los Arcos〜Sansol


 再び早朝に出発。
 台湾の女性がバシッとザックを背負って、先に向かった。私達もザックを背負って、ライトを灯して出発。
 やがて東の空が明るくなってくる。
 陽の光が空に広がる雲に当たっていた。

「綺麗ねぇ」
「本当ですね」


明るくなってきた。毎回この時間が楽しみ。

 一緒のペースで歩いていた女性が呟いたので同意する。広大な大地と対をなす空が、ピンクとも紫とも言えない不思議な色で光っていた。
 来て、良かったなあ。
 きっと今が来るタイミングだったんだろうな。もう少し若かったら捻くれていたし、がつがつ先に進むことを優先してたかもしれない。いやでも、若い時ならもっと無茶をして別の楽しみ方をしていたかもしれない。
 分からないけど、自然や、建物を観たり、少し年配の人との静かな会話をしたりするのは、しみじみ楽しい。
 段々とSさんが遅れ始める。

「大丈夫?」
「大丈夫、左の足の小指が痛いから、右の大腿庇っちゃってるみたいで」

 ストックを前に突く姿勢になってしまっている。荷物の重さを肩でなく背中で受けるように無意識に身体を曲げてしまっているのだ。このままでは、腰と膝も痛めかねない。

「杖、脇を絞めて、身体の横で、歩幅より半歩前くらいについてみて。上手くすれば荷重軽減できるから!」
「はい」

 それでも姿勢が直らない。足先だけでなく、股関節と大腿にダメージが来ている。
 ちょっと、いや、かなりまずいな。

 サンソルの街に着き、カフェコンレチェとクロワッサンで朝ごはん。売店みたいな所で、おじさんがちゃきちゃき売ってくれていた。

 

クロワッサン。ざっくざくで美味しい。



 外で食べると大量の蚊が襲来。
 服の上からでも容赦なく刺してくる。韓国の人も、昨日のアルベルゲにいたおばちゃんも、フランス人の姉さんも皆、「蚊がすごい! 多すぎでしょ!」と悲鳴をあげた。スプレーを貸してくれたお兄さんのおかげで、少しはましだけれど、老若男女国籍問わずで刺されまくった。蚊にショバ代払って後にした。

・Sansol〜Torres de Rio


 サンソルの街を出て、しばらく歩く。
 雲行きが怪しく、空は明るいけれど、パラパラと雨が降ったり止んだりしていた。
 途中、畑の中の木陰に販売カーを発見。果物が山のように積まれている。美味しそうなモモが良い匂いをさせていて、ついストップ。

「あ、駄目だ。小銭が無い」
「出しましょうか?」
「いや、残念だけど諦め……」

 販売カーのおじさんが、いいから持ってって! と言ってくれた。


椅子とテーブルまで用意してくれている。

「カミーノなんだから。持ってって! いいから気にしないで!」
「でも」
「いいんだ、いいんだよ。ブエンカミーノ」

 モモは良く熟れていて、味も香りも濃くて美味しかった。おじさんありがとう!

 怪しい天気の中を歩く。
 程良いアップダウン。道端で何かしている三人組のスペインのおばちゃん達に遭遇する。なんだろう? 手元を見ると何かの実を持っている。

「これなんですか?」
「あなたも食べる? こういうのは駄目、これも駄目。これなら良いわ。はいどうぞ。もう一つどうぞ」
「あ、これイチジクですよ! 常さん食べたことないんでしたっけ。食べ方分かります?」

 分からない。
 ドライフィグなら食べたことはあるが、今まで生のものは遭遇したことがない。

「こうやって剥くんです。で、食べるの」
「こうやって……? あ、美味しい」

 2個あっという間に食べた。
 私達が食べている間に、おばちゃん達は先に行ってしまった。追いついた時に、お礼を言った。

「Muy bien!ありがとう」
「違う違う、この場合はね、Muy buenoって言うの。言ってみて?」
「Muy bueno!」
「そうそう、良くできました。buenoは英語のgoodだからね」

 改めてお礼を言って先にに進んだ。
 雨が本降りになり、レインウェアを着込む。どこからか、松の匂いがした。松の葉っぱが落ちている。
 いつの間にかに落葉松の林の中を進んでいた。

・Torres de Rio〜Viana


 大きな道を渡りビアナの街が遠くに見えてきた。時刻は11時。あと3時間もあれば次のログローニョまで行けそうだが、今日はここでストップだ。


街の入り口に着くとやったね! と言う気分になる。

「ビアナ、見えてきたよ! 後もう少し!」
「……常さん、先に行っていいですよ。ログローニョ、行ってください」
「なんて?」
「私ゆっくり行くんで。置いて行ってください。サンティアゴで会いましょう」

 カミーノに来る前、職場で冗談で「はぐれたりしてね!」とは言っていたけれど。
 Sさんを置いていく?
 1人の方が気楽なのだろうか。私が、ストックの持ち方や靴の事をあんまり言いすぎたのだろうか。それとも気を遣ってなのか。ぐっと言葉に詰まる。
 お互い調子が良いのなら、1人でもいいのだと思う。
 しかし、爪先だけでなく両足の甲、踵にまでまめができ、右脚を引き摺りながら歩いている人を、英語もスペイン語も聴けないし話せない人を、置いていけるだろうか。いけるわけがない。
 一方で、ずいぶん前に荷物リストや資料を渡したのに、結局準備不足だったSさんに軽く憤りも感じていたのも確か。訊けば本格的に荷物を揃えたのは3日前とのこと。
 Sさんと一緒にいる道を選べば、高校からの夢を諦める可能性がちらほら見えてきた事に落胆してもいた。
 
 置いていく?
 置いていかない?
 
 ものすごく悩んだ末に、今回は置いていかないことにした。

「次の街でさ、靴、買おう。足をなんとかしないと。あとできればザックも見たい。腰で支えられないから、故障しちゃうよ。……雨降ってるし、今日は私もストップね」
「靴は…….そうですね。ザックは考えときます」
「次の街までザックを送るのも手だからね」
「それも、考えときます。先に行ってください」

 意固地になってしまったのか、私もストップすると聞こえなかったようだ。目が合わない。表情が固い。こんなに綺麗な景色なのに、地面しか見えていないみたいに見えた。
 ああ、他の国の人みたいに感情を伝えてくれると、嬉しいのだが。私のコミュニケーション能力が低いのかな。それとも優しさが足りないのか、私も余裕がないのか……。悩みに悩んだ。
 
 同行者が段々と、確実に身体を壊していくのを見るのは、辛い。一方で私の身体は大分巡礼に慣れて歩くのはかなり楽になっていた。

 ビアナに到着した。

・多国籍晩餐会2/前後不覚に陥る


 雨の中、アルベルゲが開くのを待ってチェックイン。
 並んでいる人の中に知った顔がちらほら。ウクライナからの女性と、なんと、ほぼ全員ロスアルコスの広場で夕飯を食べていたメンバーだった。

 レインウェアをランドリーに干して靴を脱ぎ、指定されたベッドに行く。陽気な男性が現れた。

「僕のベッドはどこかな?」
「何番ですか?」
「8番だよ」
「8番ならここです!」

 ベッド見つけるの上手いねぇ! と褒められた。また次の男性がベッドナンバーを書いた紙を持ってやって来た。

「彼女、ベッド見つけるの上手いから聞くといい」
「3番、分かる?」
「3番はここ」
「本当だ! 本当に見つけたねぇ」

 わいわいしていたら、陽気な男性にどこから来たのかと聞かれたので、日本だと答える。

「日本! 韓国じゃないんだね」
「あなたは?」
「ふふー、当ててみて」

 この陽気さは……そう言えばどこぞでオレンジジュースを飲んでいた時に歌っていた。
 なんなら、昨日のアルベルゲで歌っていたのもこの人じゃないのか?
 じゃあもう一択でしょう。

「イタリア」

 Sさんと声が合った。
 ダニエルと名乗った男性は首を振る。
 じゃあ、女性と話すのに慣れてる感じだし。

「フランス?」
「違う違う。僕のこの身体をよーく見てよ。どっからどう見ても」

 分かった気がする。

「スペイン!」
「その通り!」

 韓国の女性、ソンヒさんはオーストラリアに住んでいるそうだ。ダニエルの声がいいと誉めていた。

「嬉しいねぇ」
「英語じゃなくて、ネイティブの方ね。スペイン語の声が素敵よ」
「英語は!?」

 どっと笑いが起きた。
 彼はシンガーらしい。だから歌っていたのか。

 雨なので、洗濯機を回した。夕方までSさんは休み、私は食堂で日記を書いていた。
 夕方になって出かける直前3番ベッドのガイさんに声をかけられた。

「7時半にサパーがあるんだ。僕も誘われたんだけど、君達も良かったら。ほら、オレンジの服の女性がいたろ? 聞いてみて」

 どうしようか迷っていたら、陽気な歌手さんに声をかけられた。同室のバーバラも一緒だ。ああ、オレンジの服って彼女か。

「7時半からサパーだよ。良ければ来て!」
「いいんですか? えっと何か用意するものありますか?」
「うーん、食べ物は沢山あるから、じゃあワインお願い」

 乾いた洗濯物を片付けて外に出ると、買い出しを終えた面々に会った。

「ワインは沢山あるから、チーズ買ってきてー!」
「ケソ(西で、チーズのこと)ですね。OK」
「そう。ケソ! ケソだよ!」


ガイさんに教わった店で軽く食事
レンズ豆のシチュー
ビアナの街。通ってきた道が遥か遠くに見える
広場の建物


 了解しました。
 巡礼ショップでSさんの靴を調達。店員さんが試着を何足か持ってきてくれた。
 ロスアルコスで出会った女性からのアドバイスは2サイズ上が良いというもの。普段のサイズを聞き店員さんに伝えた。

「彼女、靴どうだって?」

 翻訳機能を使ってやり取りした。指の位置を確認して、店員さんが良いサイズの靴を見繕ってくれた。

「どう?」
「大丈夫、指先痛くない」
「良かった」

 これで、つま先と足の甲は少なくとも守られる。高い買い物だし、ザックを買えとは言えない。今日の靴だって本当に良かったのか、ぐるぐるしながら帰りにチーズを買った。

 晩餐会は大盛況。
 良く見ると、プエンテ・ラ・レイナで一緒だった三人のオーストラリアの女性もいる。
 バーバラはあまり英語が得意では無いみたいだけれど、それはそれ。片言同士で楽しく話すことができた。テーブルにはクスクスやバジルのパスタ。サラダにパンとチーズが並ぶ。

 ところで私は、下戸である。
 
 味見する程度に飲むつもりが、勧められたワインが飲みやすくてつい普通に一杯飲んだ。すぐに真っ赤である。
 Sさんも少し飲んで真っ赤。オーストラリアの看護師さんが「日本人はアルコール分解酵素が生まれつき少ない人が多いのよ。彼女たち頑張った」と言っていた。流石看護師さん、良くご存知で。
 何語で喋っているのか良くわからないまま、バーバラとハグしたり、ガイと握手したり、兎に角笑ったりして楽しく時を過ごす。

楽しいサパー。
ダニエル、バーバラ、誘ってくれてありがとう!


 そして、この土地でしか飲めないという何かが注がれて……。

 多分あれは、グラッパみたいなものだった。

 イチコロだ。
 アイム トゥー、スリーピーなのでお暇するね! と言って退散し、横になった後の記憶がない。


次の話


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