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極東から極西へ8:カミーノ編day5(Puente la Reina〜Estella)

前回の粗筋
ペルドン峠に登り、プエンテ・ラ・レイナでイタリア人と会う。

前回の話


 今回は、前回の失敗を今度こそ繰り返さないように早起きをして「星の街」を目指す話。


・Puente la Reina〜Maneru

 朝の5時頃より皆起き出している気配がする。私も起きていたのだが、日記を書いて暫くしてから動き出した。
 段々準備する時間は短くなっていたけれど、これは多分、普段からキャンプをしているのも練習になっていたのかもしれない。
 キャンプツーリングではパッキングが大事だし、チェックアウトの時間があるから自然と限られたスペースに荷物を詰めるのが上手になるのだ。

「Sさん大丈夫?」
「うん、大丈夫。もうちょっとで詰め終わるから」

 Sさんは好きなバッグで行きたいからとまさかの皮のバッグを持ってきていた。背面長測定したと言っていたから、てっきり山のやつかと思ったのだけれど。
 山用のやつじゃなくて良かったの? と訊いたら良いのだとキッパリ。世界各国の誰よりも古の巡礼者らしいいでたちとなっていた。

「……やっぱり、ザック買う? 郵便局で今の送れるし。あと靴も、見てみる?」
「いやー、マメつぶれたところは硬くなるし、大丈夫ですよ」
「無理して殉教はやだよ? 道端に十字架立っちゃうよ?」

 Sさんの足も痛そうだし、多分目視で荷物が8キロオーバー。関節を痛めないか心配だ。でもまあ、そこは自己責任なのがカミーノなのだけれど。自分の生活の全てと、人によっては人生をかけて歩いている。皆、自分で自分の荷物を持っているのだ。だから本当は言うのはお節介なのかもだけど。
 いざとなったら、故障する前に日本に送還するしかない。私達は元看護師だけれど、日本に戻ったらまた同じ仕事をするつもりだ。身体が資本なので、壊したら食いっぱぐれる。


毎回、朝日が見えると感動する。

 早朝の出発は気持ちがいい。
 彼は誰刻の薄ぼんやりした明るさの、冷たい新鮮な空気の中を進む。肌にひんやりと、でも日本ほど湿度は高くなくて、歩きやすい。

 途中、イタリア人グループが自転車に乗って通り過ぎた。フォルツァ! って言えば良かった。

 やがて、Maner(読めず)の街に着いた。
 私達はDay1のシャリバテを体験してからなるべくきちんと朝ごはんを食べるようにしている。
 スペイン語の注文も慣れてきた。カフェコンレチェとパウンドケーキのようなお菓子で朝ごはん。


みんなカフェに立ち寄る。ぼちぼち知った顔が増えてきて手を振り合ったり挨拶したり。

「明日は荷物、運んでもらう?」
「いや、あー、宿に着いたら考えます」

 アルベルゲには荷物配送サービスがある。行程表の次の街までバックパックを運んで貰えるのだ。 
 Sさんが休憩中、堪らずサンダルを脱いだ。足を見ると絆創膏だらけで痛々しい。私も前日は5本指ソックスが乾かず、普通の登山用靴下を履いたら右足にマメができてしまった。
 それでも。

「行きますか」
「行きましょう」

 それでも歩かなきゃ次の街に着かない。
 歩いて言葉が違うのに何故か喋れて、観て聴いて食べて。脚が痛いし大変だけど、それを覆す経験が毎日できる最高の旅。Sさんも同じだと良いのだけれど。表情が固いのが気になる。

・Maneru〜Lorca

 朝ごはんを食べたからめちゃくちゃ元気になった。昨日までが嘘みたいに脚が動く。筋肉痛はほぼ無い。
 汗は出るけれど、嫌な感じは無く、これはクライマーズハイならぬ、カミーノハイではないかと気がついた。


毎回オレンジジュースを飲んでいる

「次の街でオレンジジュース飲みたいな」
「いいですねー」
「因みに運動中ビタミンを摂るのは……」

 激しい運動をすると、筋肉に蓄えられたグリコーゲンをTCA回路でピルビン酸に、それから更に乳酸に分解しエネルギーを得る。
 よく陸上で「乳酸が溜まる」と言うのはこの仕組みである。乳酸は肝臓に戻されグリコーゲンに再度変えられるけれど、処理が追いつかないと身体が酸性に傾く(アシドーシスという)。分解の促進にはクエン酸、またアシドーシス対策にはビタミンCが有効。
 疲労軽減、むくみ防止に良し。
 それに、搾りたてオレンジジュースは単純に美味しい。

「……と言うわけ。高カロリー輸液にビタミン入ってる理由の一つ」
「へえ、知らなかった」
「ちょ、知っといて? てか、知ってたって言って?」

 と言いながらライムアイスを食べるSさん。
 それもクエン酸とビタミン入ってそうだよ?

 身体が欲してるものって結構身体に足りないものだったりするんだ。

「因みに、興奮してる状態は交感神経優位だから食欲抑えられちゃうんだよね……」
「いま摂取したの、オレンジジュースだけじゃないですか」

 テンションが上がりすぎると落ち着くまでお腹が空かなくなる。闘争と逃走の神経が働く。実に動物的な1日。

・Lorca〜Estella

 エステージャ(エステーリャ)の街まで後もう少し。一気に歩ききり、無事に街に着いた。
 まだ14時過ぎで、余裕がある。街中の通り沿いのアルベルゲに突撃してみる。

「アイ ドス カマス ウナ ノーチェ?」
「Si、Si!」

 よっし通じた!
 カミーノ中の方の、良く使うスペイン語記事、すごく役に立っている。怪しげな発音だけどなんとかなるものだ。

「なんて言ったんですか?」
「今夜、ベッド二つありますか? カマがベッドでウナ ノーチェが一晩。ノーチェはナイトとか、ナハトとかと似てるね」

 案内された場所は2階。
 ベッドは上の段だった。下の段には既に誰かいて荷物の整理をしていた。

「上の段です。今夜は宜しくお願いします」
「あら、宜しく。どちらから?」
「日本からです。あなたは?」
「オーストラリアよ」

 オーストラリアの上品な年配の女性。前日に出会った同じオーストラリアの元気な3人とは違い、静かで落ち着いている。

「よい経験ばかりです。素敵なものも見られるし。初日の嵐には参ったけど」
「嵐は酷かったわね。その通り、よい経験ができる。でも私には今のカミーノは、人が多すぎるみたいですよ」
「私達パンプローナで宿にあぶれてしまってホテル取ったんです」

 女性は、早く起きて最低12から1時に着かないと宿を取るのは難しいと教えてくれた。

・Estellaの街へ

 教会を何軒か周る。
 王宮跡の説明には、公開処刑の場所だったことが書かれていた。日本でも外国でも、血生臭いことだ。

「常さんがコンシェルジュ見た時と同じ顔してる」
「いや。やっぱ殺すだのなんだのは苦手だよ」
「今でもSNSで公開処刑とかありますもんね」

 あるけども。
 デジタルタトゥーとか言うんだっけなとぼんやり思う。

 サン・ミゲル教会はロマネスクとゴシックの混じった建築物らしい。外観は確かにがっしりとしたロマネスク調。でも中はバロック様式(歪んだ真珠と言う意味。かなり派手な装飾)もあるとか。
 そっと扉を押して中に入ると、大きな柱で支えられた高い天井が目に入った。部分的にリブが使われている。なるほど、混じっている。一人の男性が、コインを何かに入れようとしていたので、寄付ですか? と訊いたら1ユーロで内装を照らしてくれるのだと言う。
 男性は、見たかったけれど50セントしかなくて諦めたらしい。

「君は1€持ってる? 僕の50セントと交換してくれるかい?」
「いいんですか?」
「いいとも!」

 男性に1€を渡すとパッと電気がついた。
 物凄い彫刻と絵。
 右にはゴシックのステンドグラスが室内に色を落としている。


中も撮らせてもらったけど、いつか行く人の為にアップロードはやめときますね!


 左側は華美な彫刻が施されたパネル式の何か。バロック……ちょっとグロテスク(バロック様式の一つ。人によっては悪趣味と感じるくらいゴテゴテした装飾)に近い。

「すごい、綺麗。本当にありがとうございます」
「大丈夫、短い時間しかないから、良く見てね」

 男性はウインクしてくれた。

「柱も種類があるんだよね。確かコリント式が女性的なんだったかな。イオニア式、ドーリス式、後はイタリアの柱」

 Sさんにロマネスクとゴシックの違いを簡単に説明した。事前にサントシャペルを観ている為、伝えやすかった。

 街中は中世の様子を残していて、とても美しい。
 一通り街を回ったあと、ロス フェロース広場でご飯を食べた。初めてピルグリムメニューを頼んでみたけれど、とても優しい味だった。鐘が鳴る。巡礼を始めてから良く聴く音色だけれど本当に綺麗。
 

野菜のシチュー
メインはフライドポテトたっぷりハンバーグ


「確かさ、15分で1回。30分で2回。45分で3回。で、後はその時刻の回数だったよね」
「そうですね。45分でさっきも3回じゃ無かったかな」

 じゃあ次は7回かな?
 そんな事を思っていたら、打ち鳴らされまくる鐘。7回でも19回でもきかない。
 大きな音だけど、カラッとした空と街の空気に響き渡り、びっくりするくらい綺麗だった。

 宿に戻り、日がまだ沈まないので中庭でのんびりした。
 それから部屋に戻り、オーストラリアの婦人に声を掛ける。

「明日は何時ごろ起きますか?」
「さあ、1時かもだし、2時、3時かも。でも、なんで?」
「ベッド、揺れるから」
「まあ、気にしないで、好きに起きていいのよ。慣れてるわ」

 明日は5時起き6時出発。
 おやすみなさいと言ってベッドに横になった。


次の話


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