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母の実家の片づけ

先日、空っぽの母の実家に帰った。
2年前の2020年夏、おばあちゃんが亡くなり
一緒に暮らしていた母の嫂も老人性鬱と認知症を併発し施設に入り
誰も住むことのなくなった築100年を超える古い家を片付けた。

田舎ならではの大きな松の木や椿、百日紅、藤棚、でっかい鯉のいた池。
増築に増築を重ね、たくさんの部屋と小屋や納屋、土間のある大きな家。
仏壇まで3つの畳間があり金色の仏壇がどーんと鎮座していた。

薄暗い屋根裏には歴史資料館にあるような古い農機具や
昔々の嫁入り道具だった布団を入れる大きな木箱。
電気のない奥の方は何かのミイラでも眠ってそうで
怖くて踏み入れたことがない。


昔は観光葬祭や何かと集まり事は自宅でするのが当たり前だったので
重い何十組もある布団
何十枚もある座布団
旅館のような無数にある食器類
でっかいやかんや急須、
小さいものからやや大きいものまである無数の人形たち
よくわからない額縁に入ったいくつもある賞状
何十冊もの古いアルバム
何個もある開け閉めしづらい古い衣装箪笥
たくさんの着物
いくつもある掛け軸
床の間にはキジのはく製
赤珊瑚の置物
ひいおばあちゃん100歳祝いの内閣総理大臣から頂いた銀杯
おじいちゃんの火縄銃

昔はお向かいにある田んぼで燃えるごみは燃やせていたので
(今は大気汚染の問題もあってできなくなったけど)
昔の人はモノをとても大事にしていたのでそう簡単に処分なんてできない。
わかってはいたけど、
引っ越しのたびに捨てることができなかったものたちを
母が実家に押し付けていたのだった。
処分してね!!と持って行った着なくなった洋服類や
バックもたくさん出てきた。
私の幼少期の洋服
母のマタニティ服まで。
おばあちゃんはどんな思いで取っていてくれたのだろう。
以前の私と母のように、またおばあちゃんと母の関係もあまりよろしくなかった。

それは亡くなる前も、亡くなった今も
まだ母はおばあちゃんのことを良く言うことがないくらい。

焼き物の町なので古い大皿や
時間と余裕があればメルカリやヤフオクで売りに出したら高値がつくものもたくさんあっただろうけどそんな余裕もなくすべてすべて処分。
もったいなかったなー。
写真撮るヒマもないくらい断捨離という言葉ではすまないくらいの全捨て。

唯一撮っていたものがこちら↓

これなーんだ?


豆炭を使ったあんか


昭和の時代のキンチョール
生命がざっくりすぎてかわいい
ぽってりとした厚みの硝子瓶

↑このガラス瓶だけは捨てずに持って帰ってきた。

墓じまいしてお墓も金色の仏壇も何もかもなくなってしまった母の実家。
田舎への移住が増えてきた昨今だけど
それも受け入れられる田舎はごく一部。
母の実家のある田舎はなかなか新参者を受け入れるのは難しい
お年寄りが多くてどんどん過疎化が進んでいくばかり。

おじいちゃんの田んぼも山も
今はうっそうとして荒れ放題。
悲しいけど私がどうにかできるようなもんでもないし
売れるような土地でもない。

持ち家や土地があるのも
令和の時代ではメリットではなくなってきているね。

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