ねこの星

適当に、思ったことを書く

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最近の記事

今日のつぶやき7

このコロナの騒動の前からその兆候は充分にあっただろうけれど 今回のコロナ騒動によってさらに、 人と人との分断は強まったように思うなぁ。 お金・仕事に恵まれた人達は、この騒動の中でより快適な仕事の仕方に変化をさせて 相変わらず稼ぐことができるだろうし、 食事を代わりに買って自宅まで運んでくれるサービスなんかがとてもわかりやすいけど「快適を買う=代わりの人間を使ってやらせる」というサービスの幅がさらに広がり、 使う人と使われる人との差はより明確になっていく。 使う人達

    • 今日のつぶやき6

      SNSで、スピリチュアルな世界の人たちの言動を眺めるのが面白い。 あの人たちの集団を見ていると ①落ち着いた笑顔で論理的に語るタイプの先生的な人  (男性が多い・かなり痩せているか メガネをかけているかのどちらかが多いと勝手に思っている) ②オラオラ系の、私にとにかくついて来なさい!なタイプの姉さん的な人  (女性が多い・エロを押し出しているか 自由奔放さをアピールしているかのどちらかが多いと思う) ③定期的に「私 もう楽になっちゃっていいんだ!素直に生きよう!」と宣

      • 今日のつぶやき5

        整体やボディワークに携わる人たちの中で一定の割合で 「“自分が”人の体を良くすることが出来きらずに行き詰る     ↓  人を良くするためには、体だけではダメなんだ!と目覚め、  精神世界やスピリチュアルな方向に突き進む」 という人々がいる。 食事とか睡眠とかの健康的な生活とか、 それに関連した 精神的にも健やかな生活を送ることが必要だ、という結論なら まあまあ分かるんだけど、 いきなりスピリチュアルな世界にぶっ飛ぶ人は結構いるんだよね。 単純に、自分の腕とか 自分が用い

        • きょうのつぶやき4

          自分の欠けているものを必死で埋めようと、 どこかで掘り出した石で作ったブレスレットを身に付ける人たち。 自分の欠けているものを必死で埋めようと、 自分の身の丈に合わない夢を描いてその重みに押しつぶされる人たち。 欠けているんじゃなくてその形に仕上がった生き物なんだと納得できればもっと楽になれるのに。 仕上がっちゃったものはしょうがないよ。 まあでも足掻くこと自体もその形ならではの事なのかもしれないから、それはそれで良いのか。 そういえば前にSNSで、 危険な大

        今日のつぶやき7

          きょうのつぶやき3

          無料で受けることができるサービスって、 無料で受けられることを「本来はお金を払わなければいけないのに、申し訳ない・ありがたい」という 気持ちを持つ人の中のある程度の人は、 その「申し訳ない・ありがたい」という気持ちを持つこと自体が耐えられないのか、 段々と「自分は無料でサービスを受ける資格のようなものを持っている」という勘違いに展開していって 傲慢な態度を取り始めたりする。 感謝の心を忘れるから、みたいな道徳的なことではないと思うんだよな。 〈「申し訳ない・ありがたい」と

          きょうのつぶやき3

          きょうのつぶやき2

          人間って、 ほとんど全てが 「生まれた時点で持っている本質的な能力や特質   +生まれた時点~少年期くらいまでの環境で得た後天的な性質」 で性格的な個性みたいなもの 思考や行動の特徴など も全部決まってしまうと思う。 で、残りの人生は 少年期までに出来上がってしまったそれらと その後に自分が所属した環境との折り合いをどうやってつけていくか、だけで生きていく。 気持ちの良い折り合いがつけられる人もいれば、辛い折り合いしかつけられない人もいる。 それは、出来上がってしまったもの

          きょうのつぶやき2

          きょうのつぶやき

          人はおそらく、今生きている人生の中でも 次の人生があったとしても あるいは 以前の人生があったとしても きっと個々人の持っている本質的なところは何も変わらないんだろうと思う。 大抵の人は、その時生まれた環境によって その人生で先々にまで影響を与えるであろう 後天的な素養を獲得して、それに半ば誘導されるようにして 次の環境(あるいは生まれた時の環境のままということもあるかもしれない)に移行し、 その環境に染まりながらも基本的には「変わらない本質+生まれた環境で得た後

          きょうのつぶやき

          ただのつぶやき

          心のどこかで「やっぱり彼らとは、どこか肝心なところで心が交わらないかもしれないなぁ」と 思っていながらも 万に一つかもしれない奇跡を期待してしまっていたけれど、 まあやっぱり無理だったんだなぁ。 わかっていることではあったけれど、直面することはなかなかハードなことだ。 でも仕方がないか。 交わらなくなったからこそ、それぞれの流れが滞らずに流れていけるものなのだろう。 僕には完全に心を開くことのできる友人はいない。 それはきっとこれからも変わらないだろう。

          ただのつぶやき