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『糖尿病の治し方』3-4 回想(4)

もうその頃には、私のすい臓はへたばりきってインスリンを生産でき
なくなっていただろうから、糖質を多く含んだものを食べるのは
全くの逆効果だったんだけれども。(その時は分からなかった)
 
どれだけ寝ても食べても、私は元気にならなかった。
むしろ、どんどんやつれて弱り、終いには自力で起き上がる
ことすら不可能な状態にまで追いやられてしまった。
(削られすぎて、筋肉が用をなさなくなっていたのだ)
 
そして某日、意識を失ってくたばっているところを母に発見され、
救急車で病院に運ばれたんだそうだ。 あまり覚えてない。
(ちゅっと発見が遅れたらしい。母は後々までそのことを悔やんでいた)
 
周囲に誰か(母)がいたから、私は病院にギリギリでたどりついた
けれども、もしも一人暮らしとかだったなら普通に孤独死とか
していたと思う。(あの頃の私には『救急車を呼ぶ』という
発想がなかった。その時点でもう詰んでる)
 
私は私なりにベストを尽くしていたのに。
 
ビーガン生活を長く続けて、おはぎとおまんじゅうを食べすぎた
だけで。
 
死なねばならないようなところまで追い詰められるのである。
 
 
 
私はある意味、ここで一度、死んだのだった。
 
さようなら、ネコ1,0…。

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